(2010.6.7)
<関連資料>日米安保条約と日米地位協定
<参考資料> 「5・23岩国大集会」における女子高校生、岡田瑞歩(みずほ)のスピーチ全文 ―私にも選挙権があったら―

<2010年5月23日、「5・23岩国大集会」にて壇上でスピーチをする岡田瑞穂さん(井原勝介「草と風のノート」5月24日付けより)>
2010年5月23日、岩国市内で「見直せ!米軍再編 5・23岩国大集会」が開かれ、降りしきる雨の中を4000人の市民が集まった。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/zatsukan/
011/011.htm
>)
当日、61歳の私がもっとも感銘を受けたのが、この16歳の岡田瑞歩(みずほ)の演説である。
 この集会の代表、井原勝介は自分のブログで「涙があふれてしまった。」と書いている。
(<http://ihara-k.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/
post-05f8.html
>)同感である。
この演説の中で、岡田は日本の政治のありかたを、岩国基地機能強化に至る欺瞞を、鋭く糾弾し、「もし私に選挙権があったら」、このような政治を許さないのに、と述べている。またそのような政治家を批判し、返す刀で「目先の利益にとらわれている大人」(すなわち選挙権有権者)も鋭く批判している。いかに慣れようとも「基地騒音」は「あってはならない騒音」だとも述べている。そして結びで「私たちは静かで安全でひとりひとりが大切にされる町で勉強し、暮らしたいのです。」と訴えている。選挙権のない彼らこそ訴える権利がある。選挙権をもつわれわれ一般市民に、選挙権を武器に戦う権利はあっても、「訴える」権利はない。
この演説の原文は先の井原勝介のブログで入手できる。タイトルは私がつけた。また適時、行替えも行った。


みなさんは「うそつきは政治家のはじまり」という言葉を耳にしたことがありますか。

この言葉は「うそつきは泥棒のはじまり」をもじって作られたものですが、今の日本の政治家や官僚たちにあてはまるのではないでしょうか。

愛宕山は基地の滑走路を沖合い移設するために、切り崩され、跡地は市民のために使われると聞いていたのに、ふたをあけてみれば艦載機移駐に伴ってやってくる米軍の住宅のための土地になろうとしているのです。

(* 「愛宕山再開発計画」は当初、岩国基地新滑走路建設に伴う海上埋め立てのための土砂を愛宕山を切り崩して供給し、跡地は山口県住宅供給公社が一般市民用の住宅として開発する、と説明されていた。ところがいざ移駐が近づくと、政府はこれをそっくり買収し、厚木から移駐してくる第5空母航空団の住宅用地とする計画を公表した。そのため平成22年度予算では200億円に近い買収費用を計上している。もっとも2010年2月20日、岩国市で開かれた「米軍再編と岩国を考えるフォーラム」で防衛相の北沢俊美は、「別にこれはアメリカ軍住宅用地として購入するわけではない。使い方はみなさんと相談して決めてもいい。」と述べた。これは白々しいウソというべきであろう。16歳の岡田瑞歩に完全に見抜かれている。「厚木から岩国にやってくるもの 第3回」の「飛行大隊自体が大規模組織」の項参照のこと。<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/US_JP_ST/04.htm>)

これを知ったのは私が中学2年生の時でした。私に「うそつきは政治家のはじまり」という言葉を確証づけたできごとです。

その政治家達に聞いて貰いたいことがあります。

私は授業中にものすごい騒音を聞いてびっくりすることがあります。話している先生の声を掻き消してしまうほどの戦闘機の爆音です。そのせいで授業は中断し、みんなは「またか。」という顔をして窓の外に目をやるのです。

今でさえこんなにもうるさいのに、その上59機の艦載機が来たらと思うと、高校時代の大切な授業を、その騒音の中で日々受けなければいけない後輩たちのことが心配でたまりません。

そして同じ岩国市民のみなさんにも考えてほしいのです。

私は飛行機の音を爆音と感じますが、何人かの友達は気にならないと言います。

私はこれを聞いてびっくりしました。しかし、そう思ったのと同時に「慣れ」というものは恐ろしいと思いました。その子たちは家の近くでも戦闘機が飛び交い、その爆音を耳にすることに慣れてしまっていたのです。
 
しかし、慣れたからといってそれをそのままにしてはいけないと思うのです。

それは絶対普通のことではないし、あってはならない騒音なのです。このことに今、何人の岩国市民が気づいているでしょうか。

艦載機がやって来てから気づいて後悔したのでは遅いのです。

私はこの騒音被害を全国にそしてアメリカに訴えたいのです。

私は大人たちに言いたい。

あなたたちは私たち子供の未来のことまで考えて政治に参加していますか。

目先の利益だけにとらわれ過ぎてはいませんか。

沖縄や広島で女の子たちが米兵にひどい目に遭わされたということを聞くと、岩国もそんな危険な町になってしまうのではないかと不安でしかたがありません。

この前の市長選挙が終わった後、私はその当時14歳でしたが、私にも選挙権があったらなあと強く思いました。

せっかく選挙権を持っているのに選挙に興味がなかったり、投票にいかなかったり、自分の意思を持たず頼まれた人に投票するという大人を見て情けなく思いました。

その人たちが岩国のことや私たち子供の未来のことを考えて投票してくれていたら今、こんなに不安な思いをすることはなかったのではないでしょうか。

大人のみなさん、私たちの願いを聞いて下さい。

私たちは静かで安全でひとりひとりが大切にされる町で勉強し、暮らしたいのです。』