【参照資料】フクシマ放射能危機と汚染食品 2012.6.27

<参考資料>食品安全委員会 
食品安全評価ワーキンググループ 第1回会合 議事録解説

 
核利益共同体に魂を売り渡した
日本の食品安全委員会

その③ それは宗教的信念ではあっても科学ではない

「チェルノブイリのウソ」をいまだに繰り返す松原

 食品安全委員会の「食品安全評価ワーキンググループ」の第1回会合は、なんと元原子力安全委員会委員長代理、松原純子の講義からはじまった。そして松原の講義の中に不可分に取り込まれているICRP学説を批判し、その学説体系が国際核利益共同体にとってきわめて都合のいい仮説にみちみちた「非科学」の体系であることを見てきた。

 さて松原の講義を続けよう。

 『 さて、今回の事故ですが、私は工学者ではありませんので、事故の原因とか規模の大きさというのはいまだによくわからず、新聞の記事を読むだけなのですけれども、やはり同心円状に汚染が広がっているのではなくて、風向き等に支配されて、特に南風に支配されて、この区域ですね。いまだにそうなのですけれども、当時これ3 月24 日だったと思うのですけれども、4,000 Bq/kg 土壌だったのですが、現在はこれが大体1 万8,000 とか、これもやはり8,000 とか、大体これの5 倍とか4 倍とか、そんな値に現在蓄積線量はなっているようですけれども、蓄積線量がこの倍程度だということは、初めにたくさん出た後はだんだん減っているという感じではないかと思います。それに応じてこういった土壌とか大気が汚染され、その土壌から、これから申し上げますような食品連鎖を通じて食品にまで入るのではないかと想像されます。』

 松原の言うところは、事故直後4,000Bq/kgだった土壌の放射能汚染濃度が約1ヶ月後にはその4-5倍になっているということだ。これは説明にさほど困難ではない。空気中に浮遊していた放射性物質が時間の経過と共に降下し地表を汚染しはじめているということになる。またその後大量の放出は見られないので、空間線量は逓減し始めている。

(事故後15ヶ月も経過した今日、文部科学省は未だに空間線量率を公表し続けている。大手新聞もそうだ。全く意味がない。「ほら、次第に安全になっているでしょ」と言わんがため、としか言いようがない。地表=土壌、海底、水底の放射能濃度を計測しなければ、私たちの危険度はわからない。なお細かいことだが松原は、土壌の汚染を「蓄積線量」と言っている。これは松原の言い間違いであろう。土壌の汚染は、ベクレルで表示する限り、「放射能濃度」である。線量は線源から受ける影響を表す単位名称である。)

 また松原はこれからは土壌汚染(環境汚染)から食物連鎖を通じて食品に放射能が入り込み食品汚染がはじまる、という趣旨のことを述べているがこれもまた真実である。

 ところが、次にはこれと矛盾したことを言う。

 『 ・・・回り回って東京まで来たような場合には、普通の人は、それでも例えば金町浄水場の水がどうこうというような話が出てきますと、これ飲んでいいでしょうかというような質問が来ます。そのベクレル数の濃度をよく考えてみますと、まず普通の子どもが飲んでも心配ない濃度なのですが、できれば野菜などは水で洗って食べれば、放射性物質は水で洗うことによって9 割以上は落ちるというようなことで説明しています。』

 洗って落ちるような放射能を食物連鎖による放射能食品汚染とはいわない。放射性物質が生態系の様々な結節点(土壌の栄養を吸い上げる植物、その植物を摂取する昆虫や動物、それらを捕食する動物など)で濃縮された放射性物質が、それぞれの食物を通じて食物連鎖の頂点に存在する人間の体の中に入り込み、それが内部被曝の主要因子となるので、食物連鎖による放射能食品汚染という。これは、「碩学」松原純子の言い損ないというものだろう。

その後松原は、チェルノブイリ事故による健康損傷について、IAEAやWHOの報告に基づく極端な過少評価を2011年になっても繰り返している。

 『 そんなことで、甲状腺の子どもの被ばく線量ですけれども、甲状腺の線量が1 Gy 以上という高い被ばくをした子がウクライナで2,000 人、それからベラルーシで3,000 人以上おります。こういう子どもの中から甲状腺癌が発生しているのではないかと思います。

そういうことで、チェルノブイリの蓄積の人への影響というのは結局は28+19 人の死亡があったということと、4,800 人の甲状腺癌が出たということです。』

 だから、福島原発事故でもそれを上回らないだろうといいたいのだが、この現状認識は今となってみれば、極端な過少評価、あからさまに言ってしまえば「ウソ」である。今でもIAEAやWHOなど国際機関に協力的な、ウクライナ政府の2011年緊急事態省報告でも読んでみるがいい。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/ukraine_go_report.html>)


「がん」発生の機構に論点をすり替え

 最後に松原は次のような話をして、長い講演を終了する。

 『 ・・・というのは、私は日本も将来こうなる(様々な階層の人たちが入り交じって生活をするポピュレーション・ミキシングのことを指している)と思うのですが、今の子どもは過度にきれいな環境に育っていまして、非常に感染などの経験が弱いので、免疫力が弱いのですね。だから、白血病のような弱いウィルスでも結構ある地域では(白血病が集団的に発生する)クラスターとして出てくることがあります。

そういったようなことで、発がんという問題は、単に食品添加物、放射線というような単純な発想ではなくて、その人のライフスタイル、食生活、感染歴、いろんなものに関係しているのだということがこの事実は物語っているのではないかと思います。』

 松原に限らない。ICRP学説を「正しい」、「科学的」と説く学者・研究者には共通した特徴がある。低線量放射線被曝による健康損傷の話を「がん」発生の原因因子の話にすり替えて、その原因を論じるという詭弁論法だ。論理学では「論点のすり替え」という。

 ICRP学徒は、一応「100mSv以下の被曝領域でどのような健康損傷がおこるのかはわからない。」と口先ではいう。建前の上では「健康損傷はない」とはいわない。しかし、この松原の講演に見られるように、健康損傷のエンド・ポイントを「がん」だと限定し、今度は「がん」発症の要因分析に話を逸らしていく。

 電離放射線のエンド・ポイントが「がん」だけであるかないかという話と、がんがいかなる要因で発生するかという話は、全く別な話題だ。私たちは「がん」発症の要因を議論しているのではない。低線量放射線による健康損傷について議論している。

 松原純子の講義は結構長い。この日の会合は議事録によれば約2時間20分だが、松原の話は1時間以上を占めていた。このことは厚労省の役人を含む日本の核利益共同体を構成する人たちが、食品安全委員会の結論をどこにもっていきたいかを表している。

「セシウム」はどこに行った?

 松原の講義の後、座長の山添は「なにか質問はないか?」と促す。すると専門委員ではなく、出席していた食品安全委員会委員の熊谷進(微生物学。国立予防衛生研究所出身。東京大学名誉教授)が不可解な質問をする。内容はこうだ。

 『 先ほどのスライドの中で、農業、環境、森林での核種挙動という、セシウムがジャガイモでしたか、(チェルノブイリ事故で汚染した)作物の中でセシウム濃度が落ちてくるスライドを見せていただきましたけれども、10 年ぐらいの間に結構速い速度で落ちて、その後一定に保たれますけれども、速い速度で落ちてくるその物理的な半減期がたしか30 年ぐらいだとしますと、どこにいったのだろうと思うのですが、それはいかがでしょうか。』

 この質問の答えは非常に簡単だ。しかし、熊谷がこの答えを知らないはずがない。本当に知らないのか、とぼけて質問したのか、それとも他に狙いがあったのか、それが私には不可解だ。ともかく答えの鍵は「セシウム」という括りにある。ICRPやIAEA、WHOなど国際核利益共同体の学者・研究機関・規制当局(日本でもそうだが)が、セシウムという括りをする時、それはほとんどセシウム137とセシウム134の合計を指している。セシウム137の物理的半減期は約30.1年。それに対してセシウム134の半減期は約2.06年。これを合算して「セシウム」という括りにすること自体に無理がある。というのは、こと土壌汚染や食品汚染という観点から見ると、この2つの核種は全く別な動き(挙動)をし、環境や人体に対する影響の大きさも全く異なるからだ。

 前述の「フードウォッチ・レポート」は次のように述べている。

 『 (原発の原子炉内の)燃料棒が2年間燃焼すると、燃料棒内に残る残存性の長い放射性核種の割合は以下のようになる。

セシウム137 : 100
セシウム134:  25
ストロンチウム90 : 75
プルトニウム239: 0.5

(ところが)チェルノブイリの降下物の場合は、セシウム137とセシウム134の割合は2:1だった。(原子炉内では上記から4:1)これまで日本で公表された測定結果によると、日本の降下物ではセシウム137とセシウム134がほぼ同じ割合になっている。ストロンチウム90とプルトニウム239の含有量についてははっきりしておらず、十分な測定結果はすぐには入手できないと見られる。福島第一原発で使用されていた混合酸化物(MOX)燃料集合体(プルサーマル用)には他の核燃料よりも多くのプルトニウムが含まれているが、すべてがすべて放出されているわけではない。ストロンチウムは過去の原発事故では、事故施設近くに飛散しているだけで、事故原発から遠くはなれた地点では多くの場合わずかな濃度でしか飛散していない 。そのため以下では、日本では全体として放射性核種の割合が以下のようになっているものとして計算する。

セシウム137 : 100
セシウム134: 100
ストロンチウム90 : 50
プルトニウム239: 0.5 』(同p24-p25)

 原子炉内の比率とは違って降下物の場合、チェルノブイリ事故の場合セシウム137と134の比率が2:1だったが、フクシマ事故の場合は恐らく1:1だろう、といっている。

「セシウム」という括りの誤魔化し

 ところがセシウム137とセシウム134の割合を明示せずに「セシウム」とくくってしまうと何が起こるか?当然半減期の短いセシウム134が急速に減少し、時間が経つにつれてセシウム137の減少は逓減していく。それに対して半減期が非常に長いセシウム137は1年や2年ではなかなか減らない。それに対して134は2年で半減する。しかし10年も経つと134の低減効果は全体としてみれば小さくなり、見かけ上10年後はあまり減らない、ということになる。

 つまりは、セシウム137と134を合算して同じ核種とくくってしまうと、正確な放射線防護体制を構築するための現状認識はできないということでもある。フクシマ事故の場合、137と134の比率が1:1だとすると、見かけ上逓減速度はもっと速くなるであろう。恐らく5年くらいで減少が止まるのではないか。そのかわり「セシウムは急速に減少しています」と最初の5年くらいは言うことができる。しかし本当の問題は「セシウム137」なのだ。これは5年や10年ではなかなか減らず、執拗に食物連鎖の中に入り込み、内部被曝の原因因子として私たちを苦しめることになるだろう。

 次の図は、2011年4月にウクライナ緊急事態省が公表した「チェルノブイリ事故後25年:未来へ向けての安全」と題する報告書に添付されているウクライナ全土の「セシウム137汚染マップ」である。最初のマップは1986年5月時点、次のマップは2011年5月時点(予測ではあるがほぼ現状と考えていい)、3枚目のマップ2036年、事故から50年後の5月時点での予測マップである。セシウム137がいかに執拗に大地を汚染し続けるかがわかる。同時に137と134を合算して「セシウム」とひとくくりにして考えることがいかに有害な結果をもたらすかも了解される。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/ukraine_go_report.html>を参照のこと)



【1枚目】1986年5月時点のセシウム137 土壌汚染マップ


【2枚目】2011年5月時点のセシウム137 土壌汚染マップ


【3枚目】2036年5月時点のセシウム137 土壌汚染マップ(予測)

 このように熊谷の疑問に対して答えることはさしてむつかしいことではない。ところが、この簡単極まりない質問に、松原は驚くべき回答をするのである。

 『 実はそれに対する記載はWHO の報告書にないのですが、私の想像でございますけれども、やはりセシウムは非常に水に溶けやすいから、初めは降水などを通じて地表の、セシウムはかなり地下に流れていくことが多いと思うのですけれども、同時に土壌から植物に少しずつでも生物濃縮が進んでいきますよね。一回、土壌から生物系に入ったセシウムというのは、やはりある種の濃縮の能力があるために、ただの水とは違って、そんなに簡単に流れないのではないかと思うのです。ですから、初めの相はまだ濃縮が行われていない単純な物理的な流出が支配的な相で、後半のほうは土壌から食物連鎖を通じて入っていくために多少排泄が遅くなったのではないかというふうに、私は考えたいと思っています。』

 正解の鍵は「セシウム」と一括りにすることの誤りにある。大体この回答では「(セシウムは)どこにいったのだろうと思うのですが、それはいかがでしょうか。」という熊谷の質問に全く答えていない。セシウム134が核崩壊して最終的にキセノン134という安定した同位体になったために「セシウム」が減少したのである。しかし、137は執拗に残っている。

「フクシマ」と「チェルノブイリ」の重要な相違点

 熊谷はもうひとつ重要な質問をしている。

 『 ・・・先ほどのウランとか重いやつなのですけれども、あれというのは例えば海に流れ込んだときに、海底に生息している二枚貝とか、そういうところに蓄積されるということはないのでしょうか。』

 熊谷の質問は、海洋における生態系、食物連鎖の問題を問うている。チェルノブイリ事故による放射能汚染と「フクシマ放射能危機」では、様々な類似点がある、と同時に相違点もある。相違点の中で最大のものは2点ある。「フクシマ放射能危機」は東日本大震災と同時に起こったため、大量の低レベル放射性廃棄物が発生したことだ。(日本の環境省の言い方では「震災廃棄物」。政府・環境省に誘導された日本の大手新聞・テレビの言い方では「震災がれき」)これまでの核事故ではこれほど大量の低レベル放射性廃棄物が発生したことはなかった。(環境省の発表では約2000万トン。ただし沿岸海底に沈む低レベル廃棄物についてはまだ把握されていないと思う)この大量の低レベル放射性廃棄物の処理を誤れば、放射能汚染を時間的にも空間的にも拡散させることになる。

 熊谷の質問との関連で言えば、もうひとつの大きな違いは大量の放射能が太平洋側に直接流され、または降下物として海底に沈んだことだ。(原子力推進勢力の学者の中には、海に流れた放射能は海水で希釈されて薄まりやがては無害になる、という人物もいる。かといって科学的にその説を積極的に裏付けようと研究や調査を開始したわけではない。)

 チェルノブイリ大惨事ではこれほど大規模な海洋汚染は起こらなかった。むしろ私たちが参考とすべきは、アイリッシュ海に面したイギリスのカンブリア州沿岸地区などで発生した人工放射線による健康損傷のケースかも知れない。

1957年のウィンズケール事故

 イギリスほぼ中部、アイルランドを対岸にのぞむアイリッシュ海に面した西カンブリア州のウィンズケールに、兵器級プルトニウムを生産するウィンズケール原子力工場(現セラフィールド核燃料再処理工場)があった。この兵器級プルトニウム工場で1957年10月10日大火災が発生するのである。この後は、日本語ウィキペディア「セラフィールド」に説明してもらおう。

 『 この事故は世界初の原子炉重大事故となった。英国北西部の軍事用プルトニウムを生産するウィンズケール原子力工場(現セラフィールド核燃料再処理工場)の原子炉2基の炉心で黒鉛(炭素製)減速材の過熱により火災が発生、16時間燃え続け、多量の放射性物質を外部に放出した。避難命令が出なかったため、地元住民は一生許容線量の10倍の放射線を受け、数十人がその後、白血病で死亡した。現在の所、白血病発生率は全国平均の3倍である。当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。なお、現在でも危険な状態にあり、原子炉2基のうち一基は煙突の解体が遅れている状態にある。2万キュリーのヨウ素131が工場周辺500平方キロを汚染し、ヨウ素(ヨード)の危険性を知らせたことで有名である。また水蒸気爆発のおそれから、注水に手間取った。』

 このために、ウィンズケール工場の周辺は深刻な放射能汚染に曝された。ばかりでなく風向きのため、アイリッシュ海やその対岸のアイルランドまで深刻に汚染された。

 この後は、ECRR2010年勧告「第11章 被曝に伴うがんのリスク:最近の証拠」に語ってもらおう。

 『 1983年のこと、あるテレビ局が、西カンブリアにある核燃料再処理工場・セラフィールド(以前の「ウィンズケール」)近くのシースケールにおいて、核施設近傍の小児がんと白血病の発生群を初めて見出した』(日本語テキスト p1)

 先の日本語ウィキペディア「セラフィールド」で、「当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。」と書いていたが、もちろん進んで公開したわけではない。この地元テレビ局の勇気ある報道がきっかけになったのである。

 ここでウィンズケール工場と「シースケール」という村の位置関係を確認しておこう。


左の図は、イギリスの大ブリテン島とアイルランドのある小ブリテン島の位置関係図である。両島の間にあるのがアイリッシュ海だ。話題のカンブリア地域は、大ブリテン島のちょうど中央部分に位置している。タックスヘイブンで有名な「マン島」と向かい合っている感じだ。

左の図で、ピンクに囲った地域が「カンブリア地域」だ。『カンブリア (Cumbria) はイングランド北西端のカウンティ。1974年にかつてのカンバーランドとウェストモーランド(Westmorland)に加え、ランカシャー、ヨークシャーの一部が統合する形で誕生した。古くはケルト系のカンブリア人(ウェールズ人に近い)が住み、カンブリア語が話されていた。湖水地方をはじめとした豊かな自然で有名。』(日本語ウィキ「カンブリア (イングランド)」) イギリスでも最も貧しい地域の一つ。 



 このカンブリア地域のほぼ西半分が西カンブリア州である。シースケールは貧しい漁村(左図の赤囲い)で、現セラフィールド核施設(以前はウィンズケールという名称だったが変更)からは直線で4kmと離れていない。(右図参照)

左図は現在のセラフィールド核施設。

 『 セラフィールド (Sellafield) は、原子力廃止措置機関 (NDA) のもと、イギリスのセラフィールド社が管理する原子力施設。20世紀後半頃からは受け入れ使用済み核燃料の全収容量の4分の1近くが日本からのものに想定されていたほど日本との関わりが深く、2010年からは中部電力との独占契約状態にあった。その中部電力の管理下にある浜岡原発の2011年における全面停止に伴い存続の危機が指摘されている。』(前出「セラフィールド」)

 中部電力浜岡発電所という顧客を失いかけて、セラフィールド再処理工場は閉鎖直前の状況にある。是非とも止めを刺さねばならない。また永年にわたる「浜岡原発反対運動」が浜岡のみならず、悪名高い「セラフィールド」に止めを刺すことになれば、これほどの快挙もなかろう。

イギリスCOMAREの包括的調査

 前述のようにこの事件が、事故後30年近くも経って大きな社会問題・政治問題になった。

 『 英国政府は、(a)小さな地域を対象にした疫学的監視の手法を開発し 、(b)核施設周辺の白血病の過剰発生の原因を調査するために、二つの新しい委員会を立ち上げた。』(前出・ECRR2010年勧告「第11章」)

 その一つがイギリスで現在も続いている、「環境における放射線の医療的観点に関する委員会」(Committee on Medical Aspects of Radiation in the Environment-COMARE)である。日本でも最近単に「COMARE」(コマレ)としてその名が知られるようになった。(<http://www.comare.org.uk/>)

 COMAREはセラフィールド核施設以外にも、スコットランドのドーンレイ(Dounreay)、(このドーンレイ核施設も、スコットランド独立運動と絡んでいるので詳しく見ておきたいが先を急ぐ)や東南イングランドのアルダーマストン(Aldermaston )、その近くのバーフィールド(Burghfield )にある核施設近隣の健康障害を子どもたちの「白血病」と「がん」に限定して調査した。またこうした動きを見て大陸ヨーロッパ諸国の科学者や政府機関もそれぞれの国で同様な調査を行った。1986年から2007年までの動きである。

 次の表は「第9章第1節 核施設とその周辺」に掲載されている「核施設近隣に居住する子どもたちにおける過剰な白血病とがんのリスクを立証している研究」と題する表である。

 中で「ICRPリスクの何倍か」という項目は、もちろん非ICRP系の学者・研究者側からの評価である。

 

 上記調査によると、いずれの核施設も大気、海、河川に放射性物質を放出しており、近隣の子どもたちへの健康影響は、「がん」や「白血病」に絞って調べてみると、ICRPリスクモデルに比べると100倍から1000倍のリスクが実際にあったという。もちろんICRP学派の学者・研究者はこのリスクを無視している。彼らがどうしても無視できないのは、イギリス政府の正式な調査委員会であるCOMAREとドイツ政府の正式な調査機関であるKiKKの報告だ。COMAREの場合、ICRP派の学者と非ICRP派の学者が合同で調査をして以上の結果を得たのだが、最終報告書作の段階で非ICRP派の学者の見解は本報告から排除された。

ドイツのKiKK研究

 ドイツのKiKK研究は、ドイツ連邦政府・放射線防護庁(BfS)のプロジェクトであるが、そのWebサイトは、KiKK研究の背景について次のように述べている。(<http://www.bfs.de/en/kerntechnik/kinderkrebs/kikk.html>)やや長くなるかも知れないが、抜粋引用する。断っておくが、これはICRP派の見解でもなく、非ICRP派の見解でもなく、ドイツ連邦政府・放射線防護庁の見解である。

 『 原子力発電所近辺のがん発生率増加に関する議論は、核エネルギー使用が問題含みの課題、とみなされるようになって以来、継続している。例えば、1987年と1989年のイギリスでの研究(COMAREの調査研究を指している)は、イングランドとウエールズにおける核施設から半径10マイル(約16km)以内で小児白血病が有意に増加していることを報告している。

1992年、1980年から1990年の期間について研究した「ドイツ小児がん登録」(German Childhood Cancer Registry-GCCR)は、核施設周辺5kmゾーン以内で5歳以下の子どもたちに白血病の発症が有意に増加していることを観察した。

  これらの結果は非常に激しい論議を呼びまた同時にクリュメル原子力発電所の近辺で発生している白血病が統計学的有意に増加していたので、1997年に2回目の環境学的研究が公刊されたのである。この研究もまたGCCRによって実施され、その後の連続した5年間すなわち1991年から1995年まで5年間データを含んでいた。
・・・・
  2001年、ドイツ放射線防護庁長官ウォルフラム・ケーニッヒの招聘で、カッセルにおいて様々な研究グループを集めた円卓会議(Round Table)が開催された。そしてこの会議で、それまでの知見を基礎とした研究を委任することが決められた。研究は方法論的に見てさらに野心的であるべきであった。さらに信頼性を増すため、いわゆる「ケース・スタディ」的方法が開発された。これがいわゆるKiKK研究である。(ドイツ語で“Kinderkrebs in der Umgebung von Kernkraftwerken”の頭文字をとったもの。英語表記では“Childhood Cancer in the Vicinity of Nuclear Power Plants”であり、日本語表記では「原発周辺の小児がん」研究ということになる)で、2003年にスタートした。(委員会は12名のメンバーだったが)、この研究の実施はマインツのGCCRに委ねた。4年間の調査と5回の専門家会議を経て、GCCRは2007年の11月に最終報告書を公表した。
・・・・・・・・
 その結果は・・・原発周辺の5歳以下の子どもたちに白血病が増加している明白な証拠と原発から離れるにつれ白血病発症が減少している明白な証拠を示している。』

ポピュレーション・ミキシング

 もちろん、ICRP派の科学者たちはこのKiKK研究の結果を無視するか否定している。しかし、ドイツ放射線防護庁の正式な委託研究だけに頭から無視はできない。

 この後は、ECRR2010年勧告『第11章 1節「核施設とその周辺」』に語ってもらおう。

 『 核施設周辺に住む子供たちにおけるガンや白血病発生群の確認は、ICRP の科学的モデルにかなりの圧力を与えてきている。過剰な小児ガンが核施設の付近で慢性的に観察されていることは、科学的基礎となっているICRP の理論的枠組みの中では対応できない不整合があることを証明している。これに取り組む唯一のまじめな試みは、キンレン(Kinlen)らの研究であって、彼らの提案は人口混合(population mixing)の研究に基づいている。彼らの考えは、核施設近隣の白血病発生群は、新しい人々が感染に対する免疫抗体力が弱い地方の集団と混合しているという状況の下で最も起こりやすい、あるウイルス感染に対する珍しい応答によって引き起こされているというものである』(第11章日本語テキスト p3-p4)

 以上のような研究は、これまでのICRP学説やそのリスクモデルと著しく差がある、またうまく説明できない。またICRPの側から積極的な反論や反応があるわけではなかった。無視といえば聞こえはいいが、事実上反証できなかったのである。しかしその中でも唯一真面目な試みは、キンレンらの「人口混合説=ポピュレーション・ミキシング」であろう、とECRR2010年勧告は述べている。

 この説に従えば、核施設近辺では人口混合が起こりやすく、白血病の「ウィルス」を新たな人口集団が持ち込む、ところが感染に対して免疫抵抗力が弱い地方の集団があり、この2つの集団が混ざり合うと、白血病発症が多くなる、これが核施設近隣で白血病発生群が多発している原因だ、と説明する。

 しかしながら、ECRR2010年勧告はこれは真面目な研究だとしながらも、

 『 本委員会はこの理論を注意深く考察し、セラフィールドの発生群を説明するのは不可能であると感じている。それは実際に起こったどの人口混合の後も長く持続しており、その施設の建設よりもそれの核操業の開始により密接した関連をもっており、そして白血病と同様にがんにも著しい過剰なリスクを含むからである。』(同p3)

 と一蹴している。私は全くのシロウトだが、「ポピュレーション・ミキシング」は「白血病のウィルス」なるものを発見・同定してからなされるべきものだと思う。殺人事件に例えれば、犯人を名指ししたものの、アリバイも調べていなければ、凶器すら発見していないということになる。およそ非科学的な議論ではないか?白血病の「ウィルス」自体が仮説で、このウィルスが未発見では話がはじまらないだろうと思う。

松原純子の宗教的信念ないしは信仰

 実は、松原純子も、先に紹介した「食品安全委員会・食品安全評価ワーキンググループ 第1回会合」で、KiKK研究に触れ、ポピュレーション・ミキシングに触れている。前の引用も重複するが、関係箇所を引用しておこう。

 『 ちょっとそれから1 点だけ。これは、ドイツにおけるKiKK 研究というのがありまして、ドイツに原子力発電所がたくさんあるのです。それで、原子力発電所のそばに小児白血病が多いのではないかということが欧州で問題になりまして、長いことディスカッションして、私もその研究会に加わっていましたが、結論的には、小児白血病というのはもともと原子力発電所がなくてもクラスターというのでしょうかね、イギリスなどにも、いろんなところに地域的なクラスターというか集積が見られるのですね。そのクラスターがたまたま原子力発電所の近くで起こるというのはどういうことかというと、これ全部の原子力発電所で全部クラスターがあれば問題ないのですけれども、この中で1 つの原子力発電所だけが非常にはっきりクラスターがあって、あとはないのです。そういうことでいろいろ議論があったのですが、結論は、原子力発電所のような新しい建築物の建築のときはいろんな地方からいろんな人が入ってきて、そしていろんな人間の交流が起こると、ポピュレーションミキシングというのが起こって、そして白血病のような弱いウィルスが持ち込まれて、もしかしたら免疫性の弱い子には発病するのではないかというようなことで、原子力の放射線にするには余りにも放射線レベルが低すぎる、発がんするには放射線レベルが低すぎるので、やはりそれ以外のポピュレーションミキシングの要因ではないかというのが、大体のコンセンサスだったように思います。』(p18)

 ここでの、松原の説明と先の「KiKK」の説明とは相当に違っている。また「私もその研究会に加わっていた」といっているが、少なくとも12人の委員の一人だったとか、GCCRに加わっていたとかという話は全く聞かないし、どの資料にも出てこない。KiKK研究に反論するICRP系の研究会のメンバーだったというのなら話は別だが。実際はこれまでに見たように、KiKK研究はイギリスなどでの先行研究や良心的な科学者の研究がまずあって、その問題の深刻さにドイツの世論が動き、本来はICRP派のドイツの牙城の一つだったドイツ放射線防護庁を動かし、全ドイツ規模の大掛かりな調査研究となったものだ。またKiKK研究に対する評価も高く、ほぼ信頼されている。また、「ポピュレーション・ミキシング」も、松原がいうように「大体のコンセンサスだったように思います。」どころか、ウィルスが未発見のままでは、仮説の土俵の上にも乗っていない。松原の説明は「不正確」という表現よりも「デタラメ」と表現した方が近い。こうした「知見」が、堂々と「食品安全委員会」のワーキンググループで述べられ、専門委員か真に受けるというあり方では、本当に「放射線弱者」の立場にたった放射能汚染食品駆逐のための「リスク評価」が可能なのかという疑問がどうしてもぬぐえない。

 松原の話の中で、きわめて興味深い点がある。上記コメントの中で、「原子力の放射線にするには余りにも放射線レベルが低すぎる、発がんするには放射線レベルが低すぎ」ると言っている点だ。何と比べて低すぎるといっているのかというと、それは当然のことながらICRPのリスクモデルと比べた時の話である。

 しかしイギリスのCOMAREの研究にしろ、KiKK研究にしろ、事実関係を調べて研究して行くと、「ICRPリスクモデルはおかしい」という点にポイントがある。ところが、松原は、「ICRPリスクモデルは絶対的に正しい。これに反する事実は、事実の方がおかしい」といっていることになる。

 これは松原の信念(あるいは宗教的信仰に近いかもしれない)とも云うべきもので、この信念(あるいは信仰)は、別な資料で強烈に告白されている。それは「KiKK研究評価に関するBONN会議(26.Feb.2009)」という資料だ。この資料の中の結語には次のように述べて、KiKK研究の結論を批判している。

 『 • 原子力施設周辺の標準人への年間被曝線量は年間1.9μSvである。
• この被曝は、施設5km以内で観察されたリスクを説明する1000分の1の量である。
• このリスクを示すためには12-30mSv必要。
• LNT仮説に基づいて逆の推論をすれば、自然放射線が年間10万人あたり5人の白血病の自然発生に寄与しているかもしれない。』

 ここで松原が言っていることは、KiKK研究で示された子ども「白血病のリスク」は、年間1.9μSvという被曝線量とまったく合致しない。これだけのリスクが現れてくるためには、年間12-30mSVの被曝線量が必要。この間には約1000倍の開きがあり、KiKKの観察結果・評価は誤りであろう、と言う点にある。

 ところが、ICRPのリスクモデルは事実上ほぼ100%、広島原爆・長崎原爆の1950年以降の生存者を永年にたって調査研究した「原爆生存者寿命調査」(LSS)に依拠している。従って松原もLSSに依存して、先の主張をしていることになる。あくまでLSSが正しいのか、それともKiKKが正しいのか。しかし松原にはこの二者択一は存在しない。松原にとってLSSはどんな事実が起ころうが、絶対的に正しいのである。それは“神”への信仰にも似ている。しかしそれは宗教ではあっても、少なくとも科学ではない。

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