2012.11.13 | ||||||||||||||||||
<参考資料>ICRP(国際放射線防護委員会)勧告 Pub.109(日本語)2008年〜2009年 | ||||||||||||||||||
『緊急時被ばく状況における人々に対する防護のための 委員会勧告の適用』 |
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フクシマ事故”を予見したかのように 国際的公衆被ばく強制を合理化・正当化する迷妄の勧告書 |
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公益財団法人日本アイソトープ協会のWebサイトに掲載されている国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告『緊急時被ばく状況における人々に対する防護のための委員会勧告の適用』の日本語訳(ICRP Publ. 109 日本語版・JRIA暫定翻訳版)である。いわゆる『Pub.109』と呼ばれる文書である。ここで『委員会勧告』と言っているのは2007年に公表された『2007年勧告』(Pub.103)のことである。<http://www.jrias.or.jp/books/pdf/20110428-174501.pdf> ICRPは2007年勧告でそれまでになかった新たな『被曝状況』を考え出す。それが原発などの核施設が苛酷事故を起こした時に適用する『緊急時被曝状況』である。そしてそれまでの『被曝状況』、すなわち苛酷事故を起こしていない状況、正常に原発などの核施設が運転している時の状況は、『計画被曝状況』に格下げされる。苛酷事故を起こしていないのに『計画被曝状況』とはいったいどうしたわけか?と訝る向きもあるかも知れないが、原発などの核施設は正常運転でも普段に人工放射能を環境に放出する。環境に人工放射能を放出しない核施設や原発などは歴史上一度も作られたことがない。しかしその人工放射能は“ごく低いレベル”であり、また核施設ごとによって放出量は計算・調整できる、従って『計画被曝状況』というわけだ。 そして『緊急被曝状況』と『計画被曝状況』の中間が、『現存被曝状況』である。現存被曝状況というのは、緊急時被曝状況が一段落しても、放射能の危険はなくならない、しかし緊急時被曝状況のように大量の放射能が出続けているわけではない、かといって『計画被曝状況』のように、『公衆の被曝線量年間1ミリシーベルト以下』に抑えられる状況でもない、いわば宙ぶらりんの状況だ。この状況を『現存被曝状況』とした。 整理すると2007年勧告では、
の3つの『状況』を新たに打ち出したわけだ。 2007年勧告で新たに『3つの被曝状況』を作り出したいきさつについては、この勧告の『序文』で若干触れている。引用する。
第4専門委員会(Committee 4)というのは、ICRPの勧告を実際に適用する際のガイダンスや基準、実施政策を検討する委員会である。第4委員会の委員長は例の悪名高き『エートス・プロジェクト』の国際的旗振り役、フランス放射線防護評価研究センター(CEPN)のジャック・ロシャール(Jacques Lochard)である。いいかえれば『エートス・プロジェクト』はICRP勧告の実際現場への応用、適用として推進されていることがわかる。副委員長はドイツ連邦放射線防護庁(BfS)のウォルフガング・ワイス(Wolfgang Weiss)、幹事(Secretary)は、フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)のジャン・フランソワ・ルコント(Jean-Francois Lecomte)。その他各国の放射線防護規制当局の役人や学者が名前を連ねている。どんな感じの人たちかは、第4委員会の日本人メンバーの名前を挙げた方がてっとり早く見当がつくだろう。日本原子力研究開発機構・安全研究センターの本間俊充(としみつ)。本間は日本原子力学会の安全部会の幹事でもある。(<http://www.aesj.or.jp/~safety/H24%20yakuin%20list.pdf>) 大分県立看護科学大学の甲斐倫明(みちあき)。甲斐は文部科学省の放射線審議会委員でもある。(<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/meibo/1299544.htm>)今のところこの2人が第4委員会の日本人メンバーである。 (以上ICRPのサイト<http://www.icrp.org/icrp_group.asp?id=10>を参照のこと) 『序文』を続ける。
すなわちこのタスクグループに課せられた任務は、『緊急時被曝状況』において公衆の被曝線量をどの範囲で決定するか、それにいつの時点で『復旧段階』、すなわち『現存被曝状況』に入るかを決定する、の2つが大きなポイントだったといえよう。 因みに『緊急時被曝状況』は2007年勧告(Pub.103)で次のように定義されている。
ずいぶんもって回ったいい方であるが、「悪意ある行為」とは核テロを想定している。「計画状況の操業中」とは具体的にいえば、原発や再処理工場など核施設の正常運転中、ということである。『チェルノブイリ事故』や『フクシマ事故』を思い浮かべてもらう方が手っ取り早い。上記の文言で最大の問題点は「その他の予期しない状況によって発生する可能性」を想定していることだ。『可能性』を想定する限り『予期しない状況』は本来ありえない。可能性を想定するかぎりそれはすでに予期できる状況だ。たとえば、地震、津波、人為ミス、あるいは運転員の発狂やキーパーソンの突然死、機器の経年劣化やメーカーの製造ミス、あるいはこれらが複合して発生する可能性もある。機器の経年劣化やメーカーの製造ミスなどはありえないと思われる方もあるかもしれない。しかしあるのである。たとえば、独立行政法人原子力安全基盤機構が毎年公表している『原子力施設運転管理年報』の中の核施設トラブル報告の一覧を年次別に見ていくと、「人為ミス」、「経年劣化」、「メーカーの製造時のミス」などはざらである。中には「設計時のミス」などと言うものもある。原発事故には決して「予測できない事故」はない。すべての事故は細かく見ていくと必ず予測・予見できる。ここでいう「予期しない状況」は決して「予期できない状況」という意味ではない。正確にいうと「予期したくない状況」という意味だ。あるいは「予期を放棄した状況」という意味だ。核施設は事故が起こりうることを暗に認めている文言だといえよう。 さて問題の参考レベルの設定だが、59項(7.1.5参考レベルの設定)で次のように述べている。
非常に回りくどい表現で何を言っているのかわからないが、要するに被ばくを「低減する・・・、多くの場合極めて極限的な状況」とは避難または移住を指している。つまり20〜100ミリシーベルトの範囲で、その場を退避(永久退避、すなわち移住を含む)させなさい、といっているわけだ。 ICRP2007年勧告を完全に追認している。このことは20ミリシーベルト未満の被曝は避難の対象にしない、ということを意味している。この勧告の最初の実際適用例が2011年3月に発生した『フクシマ原発事故』における上限20ミリシーベルトの予想被曝地域である。1986年に発生したチェルノブイリ事故では実質的に5ミリシーベルト以上の予想被曝線量地域が避難対象地域だった。2007年勧告では新たに『緊急被爆時状況』を作りだし、上限20ミリシーベルトの予想被曝線量地域は避難対象地域とはならなかった。 被曝強制の大幅な強化である。その措置を正当化・合理化しているのが、ICRP2007年勧告であり、それを追認しさらに具体化したのがICRP勧告Pub.109だといえる。 しかしICRP勧告の基本的な問題は、『被曝強制強化』ですらない。ICRP自体が抱える問題である。ICRPは公平に放射線被曝から私たち市民を守ろうとする組織ではない、と言う点だ。ICRPにとって最も護るべきは原発など核施設の存在そのものであり、世界の核産業の利益である。そのことは、この勧告の冒頭『総括』の『基本原則』の中で極めて率直に述べられている。総括では、緊急被爆時の市民の被曝線量を20ミリシーベルトから100ミリシーベルトの間に設定すべきだ、と述べ、「これらの状況(緊急被曝時のさまざまな状況)の場合、このような被ばくを完全に回避する計画を立てることは不可能である。」(<b>)と率直に認めた上で「害よりも多くの便益がもたらされることになるように総合的な防護方策も正当化されなければならない。」(<c>)と述べる。 害とはいったい何か?いうまでもなく放射能によって発生する人々の健康損傷である。便益とは何か?いうまでもなく原発などの核施設を運営することによって得られる利益のことである。それは『社会全体が受ける利益・便益』と別なところでは定義しているが、原発などの核施設で社会全体が受ける利益などは存在しない。原発などの核施設を運営することで利益を得るのは社会のほんの一部の人たちであり、多くは企業や業界団体である。 すなわちここで言っていることは、放射能による人々の健康損傷よりも原発などで受ける便益が大きくなるように総合的に放射線防護政策をとる、ということだ。さらに次のようにも述べる。
そこまでわかっているのなら、そのような危険を生じさせるあらゆる核施設を地球上から根絶すべきなのだが、ICRPの勧告はそうはならない。続けて引用する。
いかにも最もらしいが、「広範かつ透明な形で話し合った後に決断を下す」ことは不可能である。その時間がないほど危険が切迫しているからこそ『緊急時被曝状況』ではなかったか?従ってこの文言は文章を飾るためのつけたりに過ぎない。本当に言いたいことは、避難や移住にあたっては、社会的な混乱や人々の動揺や核施設に対する不信感などを十分考慮し(社会的)、避難や移住にかかる費用、“フクシマ事故”に即して言えば、政府や東電の経済的負担のことを指している(経済的)、危険な原発政策を進めてきた政府への不信や不支持(政治的)、それと人工放射線から受ける健康損傷や人々の生活の質の低下(放射線上の側面)を総合的に考慮した上で“避難や移住”を決めなさい、という点にある。 従って国際放射線防護委員会(ICRP)は言葉の正しい意味での放射線防護を純科学的観点から検討・勧告を行う組織なのではなく、原発など核施設は絶対になくしてはならない存在であることを大前提に置いた政治・経済委員会なのである。その意味で人々に被曝を強制せざるをえない“国際放射線被曝強制委員会”なのである。 もし国際放射線防護委員会が公平で科学的な国際学術組織だとまだ信じていて、その勧告は妥当なものだと勘違いしている人があれば、是非この勧告を読んでみて欲しい。彼らは『国際放射線被曝強制委員会』の本質を決して隠してはいない。それでもまだこの勧告が妥当だ、と思う人があれば、それは立派にそれはあなたが『被曝強制の側』に立っていることを意味している。『被曝の絶対無条件最小化の側』に立つ私とは全く相容れない。残念ながら妥協の余地はない。私にとってこの勧告は、健康や生活の質よりも原発などの核施設から得られる利益を最優先する人たちによる迷妄の書なのだから。 |
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