<参考資料>トリチウム | (2013.5.5) | ||||||||||||
カナダ・オンタリオ州飲料水諮問委員会 『トリチウムのオンタリオ州飲料水質基準に関する報告と助言』 2009年5月21日 “Report and Advice on the Ontario Drinking Water Quality Standard for Tritium” |
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<http://www.odwac.gov.on.ca/> |
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2009年5月カナダ・オンタリオ州の飲料水諮問委員会は州環境省長官に対して飲料水に含まれるトリチウムの上限値を1gあたり20Bqとする内容の報告書を提出した。この経緯については、諮問委員会委員長がオンタリオ州環境省長官に提出した報告書のカバーレター(表書き)に比較的よくまとめられている。引用しておく。
ここでざっとまとめると、2009年5月のODWACの『勧告と助言』にいたる経過については、まずカナダの核施設からのトリチウム健康被害の実態があり、それに基づいて1994年に「トリチウムに関する基準」の勧告が出された。しかし十分な効果を出すことができなかったために、カナダの環境保護団体である「カナダ・グリーン・ピース」が2007年に報告を出した、この報告に触発されて同じく2007年にトロント市の医療健康局長がオンタリオ州の環境長官にもっとトリチウム基準を厳しくするように要請した、この要請に基づいて環境省長官がODWACに「報告と助言」依頼した、という流れになる。ここから環境団体や市民団体が証拠を突きつけて、州の規制当局がやっと重い腰を上げて動いた、という構図が垣間見えてくるようだ。カバーレターを続けて引用する。
この記述は興味深い。というのは『放射線核種のリスク評価を行う伝統的なアプローチ』とはとりもなおさず、ICRP(国際放射線防護委員会)に代表されるような『物理学的アプローチ』のことである。すなわち放射線核種が電離エネルギーの量を計測し、それを人体に与える影響として表示し(すなわち“シーベルト”の単位名称で表現される)、放射線核種とその量のリスクを評価する方法である。諮問委員会はこの方法はとらず、化学的アプローチをとったといっているのである。電離エネルギーの量を評価するアプローチでは、トリチウムは人体にほぼ安全という結論が出てしまう。しかし、実際にトリチウムは人体に有害である。これを説明するには“化学物質”としてのトリチウムが、いかに人体の細胞損傷を引き起こすかについて細胞に関する科学の力を援用した、と述べていることになる。
この記述は実に驚くべきである。2009年5月、この『勧告と助言』が出される時点ではすでに、少なくともオンタリオ州では、トリチウム飲料水の水質基準は事実上、20Bq/gを達成していたというのである。この時点ではカナダ健康省(Health Canada)の基準は7000Bp/gだったのである。 『基準上限値』を根拠のない『安全値』とみなして、「基準値以下ならいくら摂取しても安全」とほとんど犯罪的な宣伝を繰り返す日本政府と規制当局の対応と、こうしたカナダの規制当局及びカナダ市民の対応の基本的違いは一体何であろうか?私は市民同士が、原発など核施設の運営者も含めた利害関係者を交えた話し合いの中で、「安全サイド」に立つ基準を目指して合意形成していったことが大きな違いと考える。そのためには単に規制当局を一方的に責めるのではなく、市民自体が自ら調査研究し、幅広い合意形成を目指して根拠をもって政府や市民社会全体を粘り強く説得していった過程がこの記述の背後に見て取れる。皆さんはいかがお考えだろうか?事態を変えるには規制当局や核産業界が変わらなければならないのはもちろんだが、反原発・反被曝を標榜する市民グループの側もまた大きく変わり、運動の次のステージを目指さなくてはならないことを示唆しているのではなかろうか? このカバーレターの最後を引き続き引用する。
トリチウムを『他の放射線核種とは全く別に扱うべきだ』とはけだし至言である。と同時にこの委員会がいかに科学的に、また最新の研究成果を参照しながら誠実に放射性核種としてのトリチウムを研究したかを証拠立てている。というのはトリチウムによる内部被曝は、他の放射線核種による内部被曝とは全く別種のユニークな健康損傷をもたらすからである。 トリチウムとは一体何であろうか?
重要元素である水素は3種類の同位体をもっている。陽子1個・電子1個の軽水素(1H)、陽子1個・中性子1個・電子1個の重水素(2H)、陽子1個・中性子2個・電子1個の三重水素(3H)である。このうち三重水素がトリチウムと呼ばれている。軽水素、重水素は安定した同位体だが、トリチウムは不安定な同位体で半減期約12年で元素転換しヘリウムに変わってしまう。水素は重要元素であり自然界には大量に存在する。一方私たちの地球には中性子線を含む大量の宇宙からの放射線がやってくる。しかし地球は幸いなことに2重のバリアで危険な宇宙放射線から守られている。 一つは地球を取り巻く『地磁気』である。宇宙からの放射線は地磁気圏を通過する際、エネルギーを大きく減衰する。地磁気圏を通り抜けた放射線は、次に地球の大気圏にぶつかりここで減衰する。地表に達する頃には相当に弱まっている。弱まっているというのは私たちが宇宙からの放射線で障害を起こさない程度に弱まっていると意味だ。地表に達した中性子線は、海の水の中や空気中にある大量の軽水素とぶつかり、軽水素は中性子1個を吸収して重水素となる。さらに重水素は中性子1個を吸収して三重水素、トリチウムになる。従って海水中にも空気中にもトリチウムは存在することになる。こうした微量のトリチウムは、人体に害を及ぼさない。濃度が低いからだ。別ないい方をすれば、自然界に微量のトリチウムが存在することを前提として生物や人類は進化してきた。 こうした自然界のトリチウムに対して今私たちが問題にしているとリチウムは、原子炉の中で生成する人工トリチウムである。原子炉の中は水と中性子だらけである。当然大量のトリチウムを生成する。カナダでまずトリチウムが問題となったわけは、カナダの原子炉は、普通の水(軽水)の替わりに、重水を冷却剤・減速材に使用している。カナダが独自発展させたこのような原子炉のことを“重水炉”と呼ぶ。(CANDU型原子炉)中性子1個を吸収してトリチウムができやすいわけだ。日本ではほとんどの商業発電用原子炉は、冷却材や減速材に軽水を使用する“軽水炉”(沸騰水型原子炉と加圧水型原子炉)であるが、重水炉ほどではないが人工トリチウムを大量発生させる。特に加圧水型原子炉では沸騰水型に比べて大量に人工トリチウムを発生させる。 濃度の高い人工トリチウムは人体に入るとほとんど体の中に吸収する。そして普通の水素のかわりに、人間の体を構成する重要分子の材料として使われる。(OH基=ヒドロキシ基など)こうしていわば誤って使用されたトリチウムが、もし細胞の重要構成分子であるさまざまな高分子を構成すれば、やがては元素転換してヘリウムとなり、高分子結合を担えなくなる。高分子結合が破壊され、それはダイレクトに細胞損傷に直結する。これが、トリチウムによる内部被曝の細胞損傷モデルである。(下図1を参照のこと) 従ってたとえばICRP(国際放射線防護委員会)の被曝モデルを忠実に踏襲するATOMICAが指摘するような従来の「放射線内部被曝の損傷モデル」が全く通用しないモデルとなる。ATOMICAの関係部分を引用しておく。
すなわちICRPモデルではトリチウムの危険をあくまで、放射線核種が放出する電離エネルギーを人体に与える影響の度合いを数値化した指数、すなわち実効線量で表現し、その実効線量の大きさで影響を図ろうとする。しかしトリチウムの健康損傷は、実効線量概念とは全く無縁なところで生じている。 カナダ・オンタリオ州飲料水諮問委員会の報告が、「放射線核種の影響に関する伝統的なアプローチやガイドラインあるいは基準」は考慮しなかった、と言っているのはこういう意味である。 |
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【参照資料】ATOMICA『放射線影響と放射線防護』の中の『トリチウムの環境中での挙動』 http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-01-03-08 |
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