(2012.1.15) 
【参考資料】ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ 

<参考資料>ユーリ・バンダシェフスキー(バンダジェフスキー)による緒言

 インターネットでバンダシェフスキー(バンダジェフスキー)を検索すると様々なデータが見つかる。なかでも2008年にリトアニアの民主政治研究所<The Institute of Democratic Politics (Lithuania)>が発行したユーリ・バンダシェフスキーによる論文集は極めて興味深い。(<バンダシェフスキー編集による論文集>)

 リトアニアの民主政治研究所は西側志向の政治問題をテーマとしたシンクタンクらしい。この論文集自体はアメリカの全米民主主義基金(USA)<National Endowment for Democracy (USA)>の協力で実現している。全米民主主義基金(本部:ワシントンDC)は欧米的な人権と自由の価値を世界に普及させる目的で設立された基金のようで、本当のスポンサーは誰かわからない。(<http://www.ned.org/fellowships>)こうした基金の背景がアメリカ国務省であったり、アメリカ支配層のためのシンクタンクであったりするのはよくあるケースだ。大きくいえば、欧米的価値観を世界中に根付かせようとする息長く続いている試みである。

 全米民主主義基金がリトアニアの民主政治研究所に金を出し、同研究所がバンダシェフスキーを編集者として指名し、バンダシェフスキーが論文執筆者を選んでこの論文集が成立したということだろう。

 しかし、だからといって、放射線の人や生物や環境に与える影響、そしてそれが政治経済に与える深刻な影響という観点からみるとこの論文集に価値がないということにはならない。特にチェルノブイリ事故による影響が様々な専門家から報告されており、さすがにバンダシェフスキーの着眼点だなという感じが強い。

 ここで是非とも紹介したいのは、この論文集の「緒言」(Foreword)である。この緒言はバンダシェスキーが執筆しており、病理学者としてのバンダシェフスキーが、チェルノブイリ事故による深刻な国民的影響を被っているベラルーシでの研究を通して得られた知見や見識、大げさにいえば「放射線」の視点からみた世界観や哲学が語られている。

 A4版にしてわずか2枚たらずの緒言であるが、フクシマ放射能危機に直面する私たちにとって傾聴すべき世界観であろう。

 奇妙なことにこの論文集には表題がない。恐らくこの論文集はこの年2008年10月に開催される予定のチェルノブイリ被害者支援の目的をもった国際学会の発表抄録集の性格を持つものだと思う。しかしこの文書には表題がない。従ってこの記事の表題も「ユーリ・バンダシェフスキー(バンダジェフスキー)による緒言」とした。青字の中見出しは後での私自身の検索用に私がつけた。もし文中に「(小さめ青字フォント)」があれば、それは私の註か補足である。なおこの論文集で、バンダシェフスキーは「環境と健康研究センターの放射線、生態学および人々の健康財団」教授の肩書きを使っている。

以下本文。



救済には政治経済の構造的転換が必須

 最も強烈な人類発生論上の一つの要因、すなわち放射線に被曝した人口集団の健康防護に関する諸問題は、国際社会の活動において主要な重要性を持つべきである。

 1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故は、諸国や諸国民に影響を及ぼしかなりな財産や健康を損なう原因となったばかりではなく、放射線の使用に対する無責任な態度がいかに危険な事でありうるかを示すことともなった。

 しかしながら私たちは、チェルノブイリ破局がヒトと動物の体に対して放射線因子がいかなる影響を及ぼすかについて研究する機会を、またかなりの科学的データと実際的意味のあるデータを獲得する機会を与えたことも認めなくてはならない。

 ベラルーシの人々にとってチェルノブイリ破局はこの世界のいかなる意味においても真の悲劇となっている。病気発生率の巨大な上昇は死亡率の急増へと導き、人口集団における出生率の急減は最近のベラルーシでの人口動態を決定づけている。その人口動態はもうひとつの破局の一段階である。

 ベラルーシ人の国家を救済するには、政治経済活動の構造的転換が必要であるばかりでなく、国際社会によるそれもまた必要である。

 (ここは極めて重要な指摘である。“フクシマ放射能危機”−実はそれはまだ本当の現実になっていない。これからじわじわと日本の首根っこを真綿を締めるようにしてやってくる−に直面している私たちを救済するには、政治経済活動の構造的転換が必要なのである。日本政府は、この政治経済の基本構造をそのままにして“復興・再生”を唱えている。従ってその復興・再生は見せかけである。バンダシェフスキーがいうように、「救済なくして復興なし」なのである)

 科学者および代表的な公共人(public figures)、中でもとりわけ大切なのは医学分野と生態学分野の公共人がこのプロセス(すなわち政治経済の構造的転換のプロセス)を作動させる課題に関して声を大にして発言しなければならない。

チェルノブイリ・イニシアティブ・ネットワーク

公共社会の健康を防護するという点に照準を合わせた運動の中で、こうした努力を合わせもつ必要がある。この点においては、総体的に「チェルノブイリ・イニシアティブ・ネットワーク」の創設に関して触れることと関連があるし、また特に、国際的な研究者のネットワークと、人体に対する放射性媒体に起因する影響とチェルノブイリ破局の結果を除去しようと取り組む諸組織の形成に関して触れておくことにも関連する。
(太字は原文強調)
(チェルノブイリ・イニシアティブ・ネットワーク−Chernobyl initiatives network。チェルノブイリ破局から世界を救おうとする学者・研究者の国際的なネットワーク。代表的には国際チェルノブイリ・ソリダリティ−International Chernobyl Solidarity などがある。<http://chernobyl-today.org/index.php?option=com_content&view=article&id=63:conference&catid=19:news&Itemid=35&lang=en>。2010年4月には、ウクライナ、フランス、イギリス、ベラルーシなどの代表がウクライナのキエフに集まって国際会議を開いている。)

 このようなネットワークの中で科学者と公共人の連合強化(Consolidation)は、放射線影響に関するバイアスのかかっていない情報やその他の人体に関する外部環境要因に関する情報の獲得を保証する活動を整合することになろう。とりわけ、こうしたことは、科学的研究や、この情報を世界の一般大衆や政府機関の中に周知徹底させることや、提案を進めたり、ある特定の健康防護措置を実現させていったりする過程の中で達成されることになろう。

希望を持って絶望と闘うバンダシェフスキー

『チェルノブイリ大惨事鎮圧者および犠牲者支援科学人道イニシアティブ』(Scientific and Humanitarian Initiatives in Support of Chernobyl Disaster Fighters and Victim)は2008年10月9日ヴィリニュス(リトアニアの首都)で開催されることになっているが、こうした取り組みもまたこの目標を達成するための努力の一つである。

 (チェルノブイリ事故の爪痕は深くかつ広かった。チェルノブイリ事故を鎮圧するために現地で働いた兵士、警察官、炭鉱労働者やその他の人々の救済、一般市民の救済は2000年代に入ってやっと開始されたといっても過言ではない。チェルノブイリ事故を徹底的に過小評価しようとするIAEAや国連科学委員会、ICRP派の科学者や放射線防護行政担当者のいうこと、それを無批判に取り次ぐ大手既成マスコミの報道がいかにウソにまみれているかがわかる。“フクシマ”が“チェルノブイリ”の後をたどることを冷静に計量してみれば、“チェルノブイリ”の過小評価はそのまま“フクシマ”の過小評価となる。)

 発言論題の形を取っているこの会議の参加者による発表資料は、放射線因子に被曝する公衆の健康問題に対する科学的一般大衆や人道主義的な一般大衆からわき起こる関心がいかばかりかを立証するものとなろうし、また現在の状況を好転させたいとする欲求がいかに強いかを立証するものとなろう。

 私は、この会議が、国際社会によるチェルノブイリ破局がもたらした放射線の人々に対する影響に向けて十分な支援を提供するという目的に照準を合わせた科学と人道主義の固い連合軍にとって切れ目のない連続したステージの一つとなるという私の希望を表明しておきたいと思う。