<参考資料>ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ  (2011.5.28)
 <参考資料>欧州放射線リスク委員会(ECRR)レスボス宣言
−2009年5月6日 沢田 昭二 訳

 世界の放射線防護に関する唯一絶対の権威であった国際放射線防護委員会(ICRP)のリスクモデルは、イギリスを中心とする原子力発電所汚染水事故などで発生した放射線障害を、特に低線量における内部被曝を全く説明できなかった。ヨーロッパの良心的な医師・科学者たちはこの信頼の置けない「絶対権威」に対して、世界の市民たちが依拠できる全く新たな「放射線防護リスクモデル」を構築しようと決意した。こうして、彼らは1997年、欧州放射線リスク委員会(ECRR)を創設した。

 『  そのような権威筋のモデルが安全を確保するものでないことを示す、この50年の間に築き上げられてきた極めて現実的な証拠をまとめ上げようとしています。そして、現実の放射線被曝による結果が説明でき、また予測もできるようにするために、全ての証拠を考慮に入れた、新しい合理的な放射線リスクのモデルを開発するという難しい課題にとりくんでいます。』
(ECRR 2003年勧告「日本語版へのメッセージ」より<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/ECRR2003_00-04.pdf>)


 彼らの努力は、「欧州放射線リスク委員会 2003年勧告 放射線防護のための低線量電離放射線被曝の健康影響」という報告書となってまず結実した。「2003年勧告」はRCRR自身の予測と期待を越えてヨーロッパ大陸、特に原発による放射線被害に苦しむイギリス、ドイツ、アイルランドなどの西ヨーロッパ諸国、またチェルノブイリ事故によって苦しむロシア、ウクライナ、ベラルーシなど東ヨーロッパ諸国、やはりチェルノブイリ事故の影響と見られる諸症状の発生したスエーデンなどの北ヨーロッパ諸国、ギリシャなどの南ヨーロッパ諸国で大きな反響を呼び、各国の放射線防護規制当局の考え方にも大きな影響を与えはじめた。

 2003年勧告に続く勧告を提出する必要に迫られたECRRは2009年ギリシャのレスボス島に集まり、討議を重ねて新たな勧告を出す準備を行った。

2003年以降の大きな変化としては、ユーゴスラビア内戦(バルカン紛争)や湾岸戦争、イラク侵攻などで生じた劣化ウランによる放射線障害、不十分な調査・研究のために実態が明らかにされてこなかったチェルノブイリ事故での健康被害の実態が明らかになっていったこと、日本の広島と長崎における原爆放射線被害の実情に内部被曝の視点から新たな光が当てられる研究が出てきたこと、日本やフランスなどを含む各国の法廷闘争で、内部被爆問題があらたな注目を集めるようになったこと、2000年以降急速に発展したゲノム研究の成果が取り入れられ、放射線と細胞・遺伝子の関係が急速に明らかになりつつあること(そのために新たな未知の分野が急速に拡がりつつあるのだが)、そして2000年代以降世界に急速に原発ブーム(原発ルネサンス)が拡がり、低線量内部被爆問題が人類にとって大きな脅威になりつつあったこと(2009年4月のアメリカ大統領バラク・オバマの「プラハ演説」は、その実原発再開始宣言でもあった)などが新たな勧告の必要性の背景にあった。レスボス会議の翌年2010年には、「ECRR2010年勧告」の提出となって彼らの努力は結実する。そして全く不幸にも2011年3月、日本の東京電力福島第一発電所の「レベル7原発事故」となって彼らの心配と警告は的中する。
  
 2009年5月、最新の研究や評価を持ち寄ってギリシャ・レスボス島に集まったECRRの科学者たちは、レスボス会議を閉幕するにあたり、「レスボス宣言」を出す。このレスボス宣言自体は「ECRR2010年勧告」の付属文書として日本語訳ですでに読むことが出来る。
(「ECRR2010年勧告」のうち「勧告の概要 付録A 放射線学上重要な主要な同位体についての線量係数 欧州放射線リスク委員会(ECRR)レスボス宣言- 2009年5月6日」の項参照の事
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/ecrr2010_summary.pdf
なお英語原文は<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/
ECRR_2010_recommendations_of_the_european_committee_on_radiation_risk.pdf
>のp246-P248で読むことが出来る。)


 私はこの「レスボス宣言」を何度も読み直すうちにこの宣言は独立した項目として扱うべきだと考えるようになった。というのは極めて簡潔に、ICPRのリスクモデルに依拠する危険性を指摘しており、その代案(すなわちECRRリスクモデル)を提示しているのみならず、低線量内部被曝の極めて長期間にわたる危険性を訴え、行政・規制当局を含めて私たちが何をなすべきかを示唆しているからだ。特に「フクシマ危機」に直面している私たちにとっては極めて重要な意味を持つ。

 そう考えていたところへ、まったく別な事情により、沢田昭二がこの宣言を日本語訳していることを知った。のみならず彼の日本語訳を提供してくれた。沢田の日本語訳にはまた特別な意味がある。というのは沢田自身、このレスボス会議の直接の参加者であるのみならず、「レスボス宣言」の署名者の一人であり、宣言の中身にも大きな影響を与えた人物の一人だからだ。

 こうした理由により、今回「レスボス宣言」を付属文書でなく、沢田昭二訳の独立項目とすることとした。以下全文。

 レスボス宣言
(The Lesvos Declaration)
2009年5月6日

A. 際放射線防護委員会(ICRP)は電離放射線被曝に対する危険係数を公表してきたことに鑑み、
B. ICRPの放射線危険係数が連邦政府と各国政府の、放射性廃棄物、核兵器、汚染された土地や物質の取り扱い、自然および技術的に増強された放射性物質(NORMおよびTENORM)、原子力発電所とすべての核燃料サイクルの過程、補償と修復の機構、などに関し、労働者と一般人に対する放射線防護の法律や基準に広く用いられてきたことに鑑み、
C. チェルノブイリ事故は、核分裂生成物の被曝によって起こった不健康の発生量がわかる最も重要でかけがえのな国い機会を与えており、現行のICRPの危険率模型を、とくに胎児、幼児の放射線被曝に適用することが不適切であることを実証してきたが故に、
D. ICRPの危険率模型は、事故後の被曝に対しても、内部被曝をもたらす放射性物質に対しても適用できないことに異議がないことに鑑み、
E. ICRPの危険率模型は、DNAの構造が発見され、ある種の放射性原子核はDNAに化学的親和力有することが発見されるより前に展開されたために、通例ICRPによって用いられている概念は、このような核種による被曝影響に適用できないが故に、
F. ICRPは、遺伝物質の不安定性、バイスタンダー効果あるいは2次的効果のような非標的効果のような新しい発見を、放射線危険率に、とくに結果として起こる一連の疾病について理解するに際に、考慮していないが故に、
G. 死亡原因に混在しているために、放射線被曝の非がん影響は、被曝によるがん発生のレベルにまで正確に決めることは不可能であるが故に、
H. ICRPは純粋に忠告に関する報告の地位であることを考慮するが故に、
I. 人類全体と声明環境を防護するため、放射能にかかわる現状の適正な規制のために、直ちに、緊急かつ継続的な必要性があるが故に、

われわれは、われわれの個々人の資格で末尾に署名した。

1. ICRPの危険率係数は事実から離れており、これら係数を用いることは放射線危険率を大幅に過小評価になると明言する、
2. ICRPの危険率模型を放射線の健康影響の予測に用いることは、少なくとも10倍の過ちを導く一方、われわれは、誤りがさらに大きいことを示唆するある種の被曝に関する研究を認識していることを主張する、
3. 放射線被曝による非がん疾病の発症、とりわけ心臓血管、免疫、中枢神経および生殖器官に対する障害は重大であるが、なお定量化されていないことを主張する、
4. 責任当局者、放射線被曝を引き起こすことに責任を持つ当局者も、放射線防護の基準を決定し、危険を管理するに際し、もはや現行のICRPの模型に依拠しないことを主張する、
5. 責任当局者およびすべての被曝を引き起こすことに責任を持つ当局者は、一般的予防手段を採用すること、および他に利用可能で十分に予防的な危険率模型が存在しない中で、最近の観察を反映したより正確な危険率に制限を付けている暫定的なECRR2003年危険率模型を、不当に遅滞することなく適用することを主張する、
6. とくに、日本の原爆被爆者、チェルノブイリや他の影響を受けた地域の資料の再検討と被曝した集団における放射性物質に関する独自の監視を含め、多くの歴史的な疫学的研究を再検討することにより、放射性核種に結びついた健康影響の早急な研究を要求する、
7. 人々が被曝した放射線のレベルを知り、その被曝によって潜在的な結果についても正しく情報を与えられることは、個々人に対する人権であることを考え、
8. 医学的な研究と他の一般的応用に放射線利用が増大していることを考慮し、
9. 患者への放射線被曝を含まない医学的技術の相当額の公的資金供給による研究を主張する

ここに述べたことは、以下の署名者の意見を反映したもので、われわれが所属するいかなる機関の地位を反映したものではない。


  Professor Professor Yuri Bandazhevski (Belarus),
Professor Carmel Mothershill (Canada)
Dr Christos Matsoukas (Greece),
Professor Chris Busby (UK),
Professor Roza Goncharova (Belarus),
Professor Alexey Yablokov (Russia),
Mikhail Malko (Belarus),
Professor Shoji Sawada (Japan),
Professor Daniil Gluzman (Ukraine),
Professor Angelina Nyagu (Ukraine),
Dr Hagen Scherb (Germany),
Professor Alexey Nesterenko (Belarus),
Professor Inge Schmitz-Feuerhake (Germany),
Dr Sebastian Pflugbeil (Germany),
Professor Michel Fernex (France),
Dr Alfred Koerblein (Germany)
                          Molyvos, Lesvos, Greece