(2002.2.3)
アメリカの戦略態勢<America's Strategic Posture>

Appendices-2.Estimated World Nuclear Warhead Arsenals (推定 世界の核弾頭保有量)

推定 世界の核弾頭保有量
(Estimated World Nuclear Warhead Arsenals)(a)(註1)


 「アメリカの戦略態勢」(ペリー報告)の中の追補2の資料である。特別に目新しい点があるわけではないが、核兵器保有国にイスラエルを上げ、推定保有量100−200発としている点は注目すべきだろう。

 イスラエルが核兵器保有国である事は長い間公然の秘密だった。しかし、2009年5月5日、再検討会議準備委員会の2日目、アメリカ代表の国務長官補佐官、ローズ・ゴットモーラーは、公式にイスラエルが核兵器保有国であることを認める発言をした。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_05.htm>

 この報告書が議会に提出されたのはその翌日5月6日のことだ。報告書作成には約1年近くかけているから、アメリカが「イスラエルを核兵器保有国」として認める方針は、ゴットモーラー声明の以前に立てられていた事になる。つまりオバマ政権になって急に方針変更した事ではないということだ。このわずかA4版1枚の資料であるが、その他にも極めて興味深い点がある。そのまま見過ごせない部分は註として補った。以下本文である。原文の註は1箇所で
(a)で表示されてある。私の註は赤字で(註1,2・・・)としてある。


推定核弾頭在庫量(註2)

  アメリカ ロシア
ピーク核弾頭数(年)  32,000(1967年)  40,000(USSR、1986年)
直近の核兵器(合計)  
   戦略作戦用兵器(註3) 9,400 13,000
   非戦略作戦用兵器(註4) 4,700 4,100
   準備または廃棄待ち 4,200 5,100

アメリカは冷戦終了後、その核弾頭をほぼ1/4までに削減した。
ロシアはほぼ1/4削減した。―国家核安全保障局(註5)2009年3月16日


その他今日の核兵器保有国

国名 核兵器数
中国 400
フランス 300
イギリス <200
イスラエル 100-200
インド 50-60
パキスタン 60
北朝鮮 数発<10(註6)
出典:核脅威イニシアティブ(註7);シグ・ヘッカー博士(註8);アメリカ科学者連盟(註9)

(a):註 更に正確な数字については一般的に非公開。これらの数字、特にロシア、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮についてはおおよその数字と考えられるべきであろう。




註1  核弾頭保有量(Nuclear Warhead Arsenals):「 Arsenal」は「兵器庫」「兵器敞」の意味。だから単に保有しているのではない。実際に使う兵器として保存する、という意味である。だから「保有量」という言い方には抵抗があるが、日本語訳では「保有量」とするのが一般的なのでそれに従った。もうひとつ「stockpile」という言い方があるが、これは実戦で使う使わないにかかわらず、「貯蔵」という意味になる。

註2  核弾頭在庫量:原文は「Nuclear Warhead Inventories」であり、在庫量とした。ところで核兵器保有量を「核弾頭数」で表現することになったのはいつ頃、なぜだろうか?というのは「核弾頭」はそれぞれ同じ破壊力を持っているわけではない。質的に異なるものを単に数として表現したもの過ぎない。たとえて云えば、ミカン3個、リンゴ2個、スイカ4個あるから果物が7個といっているようなものだ。
(別表「アメリカの戦略ミサイルと戦略爆撃機(1977年1月)」参照の事)

<別 表>
アメリカの戦略ミサイルと戦略爆撃機(1977年1月)

名 称 種別 射程(海里) 配備数 弾頭破壊力 弾頭数 合計弾頭数
タイタン2型 ICBM 6300 54 5-10Mt 1 54
ミニットマン2型 ICBM 7000+ 450 1-2Mt 1 450
ミニットマン3型 ICBM 7000+ 550 170Kt 3MIRV 1650
ポラリスA-3型 SLBM 2500 160 200kt 3MRV 480
        1Mt 1 160
ポセイドンC-3型 SLBM 2500 496 40kt 10-14MIRV 4960-6944
B-52型 爆撃機 大陸間 330 170-200kt 20 6600
        2.4Mt 4 1320
合  計      15674

* 弾頭数の合計は1万5674発になる。このうち1320発はB-52に搭載された重力投下方式の爆弾で核弾頭ではない。だから、合計から核爆弾を差し引くと核ミサイル弾頭は約1万4300発程度になる。
* ICBMは大陸間弾道ミサイル。SLBMは潜水艦発射弾道ミサイル
* MIRVは多弾頭独立目標再突入ミサイルで、要するに一つの核弾頭に複数の核爆弾を格納して、ばらまく事ができる。一つの核弾頭に24発格納できると云われている。
* MRVはMIRVと同じタイプだが、MIRVのように子核爆弾を誘導できない。
* 破壊力はすべてTNT火薬換算。Ktはキロトン。だからポセイドンの潜水艦発射ミサイルは40ktだから、破壊力が4万トンということである。長崎に墜ちた原爆のちょうど2倍、広島型の約3倍の破壊力という事になる。この時代からすでに4万トン程度は小型核兵器であり、通常は20万トン程度だった。
* MtはTNT火薬100万トン。だからタイタン2型の核弾頭が10Mtということは、1発の破壊力が1000万トンということになる。長崎型の約500倍、広島型の約670倍ということになる。この表では明記されていないが、恐らくは原爆型ではなくて水爆型だろう。
* この表は「核先制攻撃症候群」(R・C・オルドリッジ著 服部学訳 岩波新書 1978年 p39の表から作成した。)

 この表は1977年時点のアメリカの戦略核兵器の一覧表だ。「ピーク時」から10年近く経っている。アメリカの核兵器の破壊力や攻撃力は削減されたかというと決してそうはいえない。たとえば破壊力1000万トン(NTT火薬換算)のICBM核弾頭も、4万トンの核弾頭も同じ数量としては「1」である。1000万トンといえば1国が消えてなくなる破壊力を持つ。広島型が約1.5万トン足らず、長崎型が2万トンだったことを思うと質的に異なる兵器と云わざるを得ない。またこの時期から、登場してくる「多弾頭独立目標再突入ミサイル」は1発の核弾頭に複数個の核爆弾を格納しており、これをばらまくようにして核攻撃をする。最大24発、1発あたり20万トンの破壊力をもつ核爆弾だ。これもこの表では「核弾頭1発」である。よくよく内容を吟味しなければならない。


註3  戦略作戦用兵器:原文は「Strategic Operational」である。

註4  非戦略作戦用兵器:原文は「Non-Strategic Operational」である。Non-Strategicとは核兵器においては戦術核兵器しかない。普通戦略核兵器というと全面戦争で用いられる兵器のことをいい、戦術核兵器とは、潜水艦とか爆撃機、戦闘機、戦艦など戦闘現場で用いられる核兵器のことをいう。(といっても本質的には同じものだが。)なぜ、こういう表現をしたのかわからない。

註5  国家核安全保障局:National Nuclear Security Administration。NNSA。エネルギー省の一部門で国家核安全保障局と訳されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%
E6%A0%B8%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%
9A%9C%E5%B1%80
>2000年ブッシュ政権の時に新設された。
英語Wiki
<http://en.wikipedia.org/wiki/National_Nuclear_Security_Administration>
の書き出しは、「核エネルギーの軍事的応用(要するに核兵器のことである)を通じてアメリカの国家安全保障状況を改善する。またNNSAはアメリカの核兵器貯蔵の安全性、信頼性、働きを維持向上することもその機能である。こうした活動には、国家安全保証の要求を満たすための(核兵器の)設計、製造、実験能力維持向上させる事も含まれる。」である。そしてアメリカの国家安全保障に関する4つの使命を次のように記している。

アメリカ海軍に安全で、軍事効率に優れた推進力工場を提供し、それらの工場の安全で信頼性の高い運営を保証する事。
国際的に核の安全と不拡散を推進する事。(カン違いしないで欲しいのは、世界のために行うのではなく、アメリカの安全保障のために必要な使命であることだ。)
大量破壊兵器による地球規模の危険を削減する事。
科学技術の分野におけるアメリカのリーダーシップを支援する事。』

 現在職員数は少なくとも1500名、年間予算規模は91億ドル(いずれも2006年)。なお「マンハッタン計画」の時に電磁分解法でウラン濃縮を行ったテネシー州オークリッジ工場は、「マンハッタン計画」、米原子力委員会を経て、サイトY−12として現在は同局の傘下にある。

註6  北朝鮮の核兵器保有数:原文は「a few、<10」10発以下数発。A fewは2−3発という意味ではなくむしろわずか数発という意味だろう。

註7  核脅威イニシアティブ:Nuclear Threat Initiative。2000年、元上院議員のサムエル・ナンとCNNの創立者のテッド・ターナーが設立した。財団基金。そのモットーを見ると「核兵器を含む大量破壊兵器の使用を防止し、不拡散を目指してその危険を削減する。」ということになっている。

 英文Wiki<http://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_Threat_Initiative>を見ると慈善基金と書いてあるが、NTIの活動を見ると単に慈善団体ではなく、研究・広報活動に力をいれており、一種のシンクタンク的なプロバガンダ機関になりつつある。理事会メンバーを見ると凄い。テッド・ターナーが共同会長、サム・ナンが共同会長兼CEO、国連基金の副理事長だったチャールス・カーティスが理事長兼COO、ロシアの外務大臣だったイゴール・イワノフ、「ナンールーガー法」で有名な上院議員のリチャード・ルーガー、日本の外交官で今国際司法裁判所所長の小和田恆、そしてウィリアム・ペリー、イギリス貴族院のシャーリー・ウイリアムスなどがズラリと並んでいる。また顧問委員会には、実業家ウォーレン・バフェット、ロス・アラモス国立研究所の名誉所長、ジーグフリード・ヘッカー、投資家のジョージ・R・ラッセルなどが並んでいる。

 08年の年次報告(<http://www.nti.org/b_aboutnti/annual_report_2008.pdf>をみても資金や資産については全く触れていない。(ま、これだけ顔ぶれを揃えれば、金などはどうにでもなるか・・・。)
<http://www.nti.org/index.php>

註8  シグ・ヘッカー博士:NTIの顧問委員会にも出てくる、ロス・アラモス研究所名誉所長のジーグフリード・ヘッカー(Siegfried S. Hecker)のことである。1986年から1997年までロス・アラモス研究所の所長を11年間つとめた。
<http://en.wikipedia.org/wiki/Siegfried_Hecker>)2008年、非核化のために北朝鮮を訪問している。


註9 アメリカ科学者連盟:Federation of American Scientists。
あるサイト(<http://denjihajapan.spaces.live.com/blog/cns!1FFCCD770B
9D5101!178.entry>
)に「原子力科学者を中心とした非営利団体。核廃絶に向けた運動を行なっている最古参の団体でもある。」という記事が載っている。

 世界初の原爆を開発した「マンハッタン計画」に携わった科学者たちが1945年に設立した科学者の非営利団体。サイト(<http://www.fas.org/about/index.html>)を見ると、「これら科学者は、科学が多くの主要な公共政策問題の中心となってきたという認識をもった。そして科学者は、科学的また技術的進歩が、いかに潜在的な危険をもたらすかについて、大衆と政策指導者に警告し、新たな科学的知見の利益を増進するような優れた政策を示すそうした独特な責任を負っていると信じるに至った。」と設立の動機について述べている。
(「フランク・レポート」を思わせるような文章だ。)

 その後この科学者の団体は、専門的な立場から、おおやけにされた核兵器情報や軍事情報を掲載するだけでなく、陰に陽にアメリカ政府の政策に影響を与えてきた。ブッシュ政権の時に、「バンカーバスター開発計画」があったが、ともかくこの計画が議会で棚上げにされたのは、アメリカ科学者連盟の強い反対の働きかけがあったからだと云われている。

 現在サイトを見ると世界の核兵器や軍事情報の科学的知見をふんだんに得る事が出来る。
(是非日本語サイト作るべきだ。)

 2007年の年次報告(<http://www.fas.org/pubs/_docs/FAS_Annual_
Report_2007.pdf>
)を見ると、年間収入約250万ドル(2億5000万ドルではない。)で内訳は各機関からの補助金と契約収入が76%、会費及び個人からの寄付が5%、投資収益が19%となっている。支出は約340万ドルで各計画の推進費が83%、運営人件費が13%、残りが基金繰入金となっている。(公明正大な組織は収支決算を公表するものだ。)なお支援会員のうち、84名がノーベル賞受賞者だという。