<参考資料>イスラエルとイランの政治危機 エジプト:アル・アフラーム紙
(2009.7.17)

2009年7月7日付け エジプトの有力紙アル・アフラーム紙の「意見欄」に掲載されたムハンマド・アル=サイード・イドリース博士の寄稿論文である。
アル・アル・アフラーム紙(<http://en.wikipedia.org/wiki/Al-Ahram>または
<http://ja.wikipedia.org/wiki/アルアハラム>
)は1875年創刊のエジプト有力日刊紙。
日本語・英語Wikiによれば、現在のオーナーはエジプト政府で一貫してエジプト政府寄りの報道姿勢だということだ。この新聞の有力論客が、現在アル・ジャッジーラの論客としても活躍しており、アル・ジャッジーラが同じイスラム世界といっても、イランと一線を画した報道姿勢であることを念頭において読んで欲しい。
この記事の原文は、東京外語大学の中東ニュースである。
<http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=16949>
記事の翻訳者は志水創一である。アラビア語の日本語表記はすべて志水に従った。
文中(*青字)や(青字中見出し)はすべて私が後から付け加えたものである。

<以下本文>



【コラム】イスラエルとイラン政治危機
2009年07月07日付 Al-Ahram紙HP意見面

■イスラエルとイラン政治危機

【寄稿:ムハンマド・アル=サイード・イドリース博士】

中東には三つの地域大国

 中東地域におけるパワーバランスの分析と、同盟パターンの分析は、二つの重要な事実を明らかにする。

 第一に、中東には三つの地域大国が存在する。そのそれぞれが民族的もしくは国家的な計画を持つ強固な国家であり、他の勢力に不利益を与えてでも 、地域でより大きな利益を得ようとする。 

 その3つの大国とはすなわちイスラエル、イラン、トルコである。このことが意味するのは、この3大国に力で競合できるアラブの国はこの地域に存在しないということだ。

(*  政治的・軍事的に見ればその通りだが、経済的に見れば、イスラエルははるかに見劣りする。たとえばCIAの各国購買力平価によるGDPは、08年トルコが世界16位、イランが17位に対して、イスラエルは51位と22位のサウジアラビアや27位のエジプトよりもはるかに下位にいる。世界銀行やIMFによるランキングもおおむね変わらない。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/kono/GDPranking.htm>

 第二に、これら3つの大国同士は基本的に闘争関係にある。しかし協力関係が成立する特定の場も存在する。特にイスラエルとトルコ、トルコとイランの間がそうだ。それゆえ中東の地域秩序の構造は、前述の3大国が秩序の心臓部・中心軸を形成するという形をとることになった 。イスラエルは地域の覇権を握る勢力 として勝手に振る舞い 、イランは覇権を求めるイスラエルの動きに抵抗し拒否する役割を演じつつ、自身が第一位の覇権国家になろうと欲している。一方でトルコはこの争い合う2つの国の間でバランスを取る役割を演じつつ、自身が中東地域のボス になろうとしていることを隠さない。だがトルコは闘争に巻き込まれることを避けて、ハードパワーでなくソフトパワーを大きく活用している。


イスラエルに対抗できるのはイランのみ

 これら二つの事実から、最近4年の間にイスラエルとイランの争いが過熱した秘密をわれわれは理解することが出来る。ここ4年の間にイランの核開発という危機がくっきりと姿を現し、地域大国としてのイランが出現したことで、イランはヘブライ国家〔=イスラエル〕にとって最も危険な敵となった。イスラエルの目からすれば、イランはイスラエルが核兵器を独占している状態を打破することが可能な 、軍事用核計画を保有しようとしている。さらにイランは、アラブ・イスラエル紛争でイスラエルが押し付けようとしている公正でない和平 を拒むアラブの抵抗勢力を支援している。ゆえにイスラエルの戦術的立場からすれば、イランはシオニスト政体〔=イスラエル〕にとって第一の敵となったのだ。 

 一方でイスラエルと本気で刀を交えようとするアラブ国家はもはや おらず、今や「和平」がアラブ諸国の戦略的な選択肢、もしくは唯一の選択肢になってしまっている。

(* この論者もイランが核兵器開発を目指している、という疑惑を隠していない。しかしそれよりも重要な事は、イスラエルが、「イランが核兵器開発を行い、その保有を目指している。」と考えている、ということだ。これはイスラエルにとって真実でもデマでも構わない。)


この情勢を受けてイスラエルは、対イラン闘争において二つの路線に重きを置き始めた。一つは、イランの核開発を無に帰そうというもの。もう一つは、地域に反イラングループを生み出そうとする路線である。このグループにはイスラエルと、いわゆる“アラブ穏健派諸国”が含まれる。これらの国々は対テロ戦争に参加しているという観点から、「イランは敵だ。反イラン同盟にはイスラエルとアラブに共通の利益がある」との言説に拠って立とうとしている。


イランの政治危機に歓喜したイスラエル

 ゆえにイランで政治危機が噴出したことに最大の関心と歓喜を表した国は、イスラエルであった。この政治危機は、イラン共和国大統領選挙でマフムード・アフマディーネジャードの対抗馬三人が、一回目の開票で63%の票を得たアフマディーネジャードが勝ったとの結果を拒否したことから始まった。この拒否の決定を支持し、「敗れた」候補たち、特に有力候補のミール・フセイン・ムーサヴィーが選挙のやり直しか全開票作業のやり直しを要求したことに賛同する大規模なデモが複数行われた。

 イスラエルはこの危機に大いに興味を示したが、この興味は独特なものである。西洋やアラブの多くの政界・メディア業界での理解とは逆に、イスラエルは惑わされることなく、この危機の現実をあるがままに理解した 。彼らは正しい情報とでっち上げの情報や偽情報を混同せず、願望を事実に捻じ曲げることはなかった。イスラエルは危機をあるがままにとらえ、それに対処した。だがもちろん彼らにも意見や好みはあり、イランで政治危機に発展することを望む向きもあった。こうした願望は、イスラエルとアメリカの間でイランへの対応を巡って生じた意見対立の延長線上にあった。具体的に言えば、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とアメリカのバラク・オバマ大統領のワシントン会談で、イラン問題とパレスチナ問題のどちらが重視されるべきかをめぐって生じた意見対立のことだ。


イラン情勢を正確に分析するモサド

 西洋やアラブ世界での大方の予想が、イランの体制が崩壊する確かな、あるいはほとんど確かな可能性を性急に吹聴し、ビロード革命だの緑の革命だのと言い始めたのとは裏腹に、イスラエル諜報機関「モサド」のメイール・ダガン長官はイスラエルのクネセット(国会)の外交防衛委員会を、このような発言で驚かせた。「イランで現在起こっている激しい混乱は、一部の限られた者が行っている限られた抗議活動に過ぎない。事実上終息しているか、さもなければまもなく終息する」。

 以下にメイール・ダガン長官のこの件に関する見解 を挙げておこう。

−−−− 「現在の抗議活動では、イランの現状の変革は成功しないだろう」。

−−−− 「保守派のアフマディーネジャード候補の方針をイスラエルは承知している。しかし、改革派のミール・フセイン・ムーサヴィー候補が勝った場合、イスラエルにとって重要なのは、『イスラエルに対するイランの脅威は未だに存在している』とイランの世論や国際社会の各方面を説得するのがきわめて難しくなるということだ」。

−−−− 「イランでの選挙結果に不正があったという話は、西洋の自由主義諸国での選挙に不正があったという話と大差ない」。


イスラエルには武力行使の権利がある

 こうした理解に基づき、メイール・ダガン長官は「イランは核開発を続ける。今のまま続けば、2014年には核爆弾製造が可能になるだろう。またイランはヒズブッラーとハマースを支援し続ける筈だ。イラン核開発を中止させるためにイランにより一層の制裁を課すよう、イスラエルは国際社会に圧力をかけ続けねばならない」と述べた。しかし長官が言わなかったことで、イスラエル国家安全委員会のウズィ・アラド議長が言ったことがある。それは、ネタニヤフ首相がオバマ米大統領に、「イスラエルはイランに対する行動の自由を持つ」、すなわちイスラエルには武力行使の権利があると伝えたことだ。西洋やアラブ世界に広がったミール・フセイン・ムーサヴィーに勝って欲しいという願望や、改革派はイランの体制に否定的だという誤った評価とは反対に、アフマディーネジャードの勝利をイスラエルは望んだ。それゆえアフマディーネジャードが勝利してムサヴィーが敗北したと確認して、イスラエル人は安堵のため息をついたのだ。

 イスラエル人の望みは、イランとの闘争を続けることである。危機の解消でも、アメリカ=イラン間の対話計画の成功でもない。だからイスラエルはアフマディーネジャードの方を望んだのだ。街頭デモにも、民主主義を求めるスローガンにも、イスラエル人は騙されなかったのである。
 
(* この記事はここで終わっている。物事の一面を切り出しただけだが、極めて鋭い分析である。この記事の投稿者については、私は何もわかっていない。)