(2011.1.12)
オバマ政権と核兵器廃絶 関連資料

<参考資料>拡大“核の傘”はバッド・アイディア

 インディペンダント研究所(Independent Institute)のサイトに掲載された論文。“Extending Nuclear Umbrella Is a Bad Idea”の翻訳と解説である。(<http://www.independent.org/newsroom/article.asp?id=2950>)

 論文の筆者イヴァン・イーランド(Ivan Eland)は、同じ論文を2010年12月29日付けの「反戦ドット・コム」にも寄稿している。(<http://original.antiwar.com/eland/2010/12/28/extending-nuclear-umbrella-is-a-bad-idea/>)。インディペンダント研究所は、左派リベタリアンの立場からの政策シンクタンク。(右派リベタリアンと左派リベタリアンはリベタリアンとひとくくりに出来ないほど政策・考え方が違っている。日本では、保守派の運動と、乱暴にまとめられている茶会運動の本質は“リベタリアン”であろう。)筆者のイーランドは、同研究所の「平和と自由」センターの所長である。イーランドはジョージ・ワシントン大学で博士号を取得(国家安全保障政策)、アメリカ議会で国家安全保障問題を専門に15年間働いた経験を持つ。著作も多い。

 この論文の中で、イーランドはアメリカの国家安全保障政策としての「核の傘」(拡大核抑止力)の拡大に反対を唱える。しかし彼の主張は、反核抑止論者の立場ではなく徹底した左派リベタリアンの立場からの「核の傘」拡大反対論であり、反戦論である。しかもその主張は至極まっとうである。

 2010年中間選挙で民主党=オバマ政権に大敗北をもたらした茶会運動の本質を単にアメリカ保守派層の勝利、民主党=リベラリズム=オバマ政権の敗北と捉えたのでは、このイーランドの政治的立場は理解できないだろう。またアメリカの反戦・反核運動の潮流も理解できないだろう。中間選挙では議席は増やしたが共和党もまた敗北したのだ。もちろんアメリカの左派リベタリアンの立場と私たち広島・長崎市民の核兵器廃絶の立場は核兵器を全否定するかしないかなど根本的違いがある。しかし、オバマ政権のその実、核兵器を中核とするグローバル覇権主義に反対する立場ということになると、その違いはわずかでしかない。私の解説は小さめ青字フォントとしている。以下本文。


拡大“核の傘”はバッド・アイディア 2010年12月29日

 タカ派(The hawks)は再び頑張っている。新START条約批准の議論の中で、(タカ派の)あるものは、アメリカの核弾頭と発射装置の数量を削減することは中東諸国の核の傘拡大能力を弱める、とほのめかしさえした。彼らによれば、もしイランが核兵器をもてば、これは(核の傘拡大は)イランの隣国が核兵器武装を行う必要性を取り除くのに必要なんだ、という。

 もちろん、タカ派はそうなることを防ぐためにイランを爆撃したいだろう。しかし結局のところ、国際問題におけるチェス・ゲームの中で、盲目的対外強硬論者(the jingoistsだから盲目的愛国主義者でもいいか)はいつも多く前進あるのみ、を考えている。通常は曖昧模糊とした起こりそうにもない脅威を言い立てて、国外でのあらゆる種類の戦いの泥沼に我々を連れて行くのだが。だから、喧伝されているイランの核へむけての取り組みがどうであれ、アメリカの干渉―それはもの凄いものである―は必要とされるだろう。

 またイランが核兵器を持つその時のタカ派の究極の計画は、彼らに、軍事的オプションは問題を解決するのもではないことがわかっているが故のものとなるかも知れない。“大量破壊兵器”獲得しようとするサダム・フセインの努力(現実には全然努力していなかったのだが これは原文カッコです。)を大げさに見せかけようとする時、アメリカは不運だったが(見せかけることそのものが出来なかったという意味)、アメリカの諜報体制は、イランの核施設が一体どこにあるのか全部は把握していなかったようだ。

 イーランドは面白いことを書いている。私はブッシュ政権のイラク侵攻の真の狙いはイラン侵攻にあったと推測している。すでにアフガニスタンを抑えたアメリカにとってイラクを抑えることは、地図をよく見て欲しいのだが、イランを東西からサンドイッチに挟むことになる。イラク侵攻の真の狙いはイラン侵攻ないしはイラン爆撃だった、という私の推測は、イーランドにあっては推測以上のものがあるようだ。

 だから(イラン爆撃は)、イランの核への取り組みを終わらせるものではなく、遅らせるものに過ぎなかったであろう。実際のところ、いかなる攻撃もイランに、アメリカのそれ以上の攻撃を抑止するための核兵器を獲得しようとフル回転する蹴りを入れるだけになったかも知れない。(アメリカのイラク侵攻はイランの核への取り組みを加速させることになった。これは原文カッコです。

 イーランドもまたイランは核兵器を持とうとしているという見方をしているのかも知れない。しかし、これはIAEAのこれまでの報告を見ても、これまでのイランの声明を見ても、2010年NPT再検討会議の時の非同盟諸国のイランに対する対応をみても、これはあり得ない。しかしだからといってイーランドのこの論文の価値が減ずるわけではない。

 しかし、イランが事実上核爆弾を獲得するといった事態に対応して、イスラエルとかサウジアラビアやエジプトなどのアラブ諸国のようなイランの敵に対してまでアメリカの核の傘を拡大するということになるとどうであろうか?悪い考えである。(Bad idea.)

 アメリカ科学者連盟のハンス・クリステンセンは「私は、アメリカが現在核で拡大抑止している国は30カ国しか数えられない。」といっている。(「日本、トマホークそして拡大抑止」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/strategic_posture_etc02.htm>参照の事。)それに対して31カ国という説も根強くある。要するに核兵器保有国であるイスラエルがアメリカの核の傘にはいっているかどうかという議論である。イーランドもまたイスラエルは核の傘にはいっていない、と考えているようだ。しかしこの議論は意味がないのかも知れない。イスラエルは事実上アメリカとフランスの援助で核兵器を保有しているのだから、同じことである。イーランドはエジプトをイランの敵国と考えているようだが、2010年の動きを見るとそうとも言えなくなる。確かにムバラク政権下のエジプトは親アメリカだが、イクオール反イランとは言えない。特に中東非核兵器地帯創設では、エジプトは、トルコやイランと共にイニシアティブをとった。今年の大統領選挙でエルバラダイがもし当選するようなことがあれば、エジプトは親アメリカですらなくなるだろう。

 冷戦時代の(そして今ですらそうだが 原文カッコです)伝統的な知恵は、西ヨーロッパの富裕な諸国にアメリカの核の防禦を拡大するのが良い考えだ、というものだった。従って、彼ら(西ヨーロッパの富裕な諸国)は、ソ連/ロシアの脅威に相対して核兵器能力を拡張保有する必要がない、とされた。(奇妙なことに、これはイギリスとフランスが最初に核兵器を保有するのをアメリカが援助して以来のことだ。原文カッコです
 
 伝統的な考え方にもかかわらず、これは冷戦真っ盛りの中に置いてすら、ヨーロッパ諸国を助けるためにアメリカの諸都市を絶滅させる危険を考えて見ると、意味をなさなかったようにみえる。西ヨーロッパがソ連の戦車軍に蹂躙されたことは良いことではなかった。とはいえ、アメリカの安全保障にとって、アメリカが灰燼に帰すほど価値のあったことだろうか。もちろん、ソ連がアメリカの威しに屈して、従ってアメリカの核兵器が西ヨーロッパが攻撃されることを抑止するというのは賭けだった。

 ソ連が崩壊したとはいえ、アメリカは今もヨーロッパ諸国の拡大グループ、日本、韓国、台湾、そして恐らくはその他の秘密にされている諸国に対してその核の傘を拡大している。(もしかしてイスラエルすらその中にいるかも知れない。原文カッコです

 若干用語の混乱があると見られるかも知れない。ここでイーランドが「核の傘」(nuclear umbrella)と言っているのは、イーランドに限らずアメリカ人の用語法では、「核の傘」はアメリカ本国が「核の傘」で守られていることを意味している。従ってアメリカの外に核の傘を拡大する、という言い方になる。ところが日本ではアメリカの「核の傘」に入っている、という言い方をする。これは日本中心にみた言い方で、アメリカの側から見れば、厳密には日本はアメリカの核の傘そのものに入っているのではなく、アメリカが拡大した「核の傘」に入っていることになる。拡大核抑止力=核の傘、なのではなく、拡大核抑止力=拡大「核の傘」なのである。

 現在のところ、中国の急襲から台湾を救うことあるいは北朝鮮の侵攻から韓国を救うことでアメリカの諸都市を犠牲にすることは、冷戦時代の間西ヨーロッパ諸国のはるかに大きいGDPを守ることに比べてあまり賢いやり方ではないようにすら思える。

 そしてアメリカの核の防禦をはるかに不安定で暴力的な中東地域に拡大することはとてつもなく向こう見ずなように思える。世界のどこに比較しても中東での「核の交換」は、無計画で不必要な将来に、アメリカは容易にたぐり込まれるであろう。

 アメリカの海外干渉主義の立場からなされる議論のうち、もっともベストなものでも次のようなものであろう。もしアメリカが核の防禦をその友好国に拡大しなかったら、それら友好国は、イランや北朝鮮のような新たな“ならずもの”の核のパワーを抑止するため核兵器を獲得するだろう・・・。

 しかし、この拡散議論ですら期待に添えないことはあきらかだ。現在アメリカの核の傘にいる全ての国は友好国か同盟国だが、アメリカは“ならずもの”が核兵器を保有するよりこれら諸国が核兵器保有することをはるかに心配しなくて済む。加えて学術研究者の中には、核兵器がさらに諸国に拡散することは、国境侵犯を削減するので世界はより安全になるだろうと主張するものもいる。この種の考え方に信頼性を加えるとすれば:1945年に核兵器が発明されて以来、国境侵犯戦争の数はまっすぐ下に落ちている・・・。

 現実の話は、アメリカは友好国や同盟国ですらそのような兵器を獲得して欲しくないのだ。というのはそれらの国が核兵器を持つことは、(アメリカがそれらの国を)支配しにくくなるし将来起こりうるアメリカのいかなる干渉に対しても(それらの国から見て)防禦となりうるからだ。思い起こして欲しい。友好国は敵対国になりうる。それはイランの経験が示している。リチャード・ニクソンとヘンリー・キッシンジャーはイランのシャー(イラン・イスラム革命以前のイランの皇帝)の核計画を援助した。そしてその結末を見てみよ。

 アメリカはイランと北朝鮮の核計画を憂慮もしているが、それは主としてアメリカの軍事行動に対する防禦となりうるからだ。結局のところ、この2つの国のいずれにしてもアメリカに核攻撃を加えることは絶対にといっていいほどあり得ないことなのだ。北朝鮮とイランが核弾頭をもったところで、アメリカがグローバルに圧倒している数千発もの核兵器庫に比較すればほんのわずかでしかない。アメリカはこれら2つの核ピグミー(これは差別用語ではないか)からの攻撃を簡単に押さえ込むことができる。

 従って、アメリカは、一触即発の中東地域の諸国に核の傘を拡大するのを控えるべきであるばかりか、その友好国や同盟国からそれ(拡大核の傘)を引き揚げるべきである。もしその代償がアメリカ本土の灰燼に帰すことならば、海外での敵意が大きくならないことは抑止よりも価値のあることだ。それは冷戦中だろうが冷戦以後であろうが当てはまる