(2010.4.15)
No.005

外務省の「猿芝居」?トマホーク退役発表の不自然さ

 2010年4月6日、アメリカ国防省(DoD)は、「核戦略態勢見直し」(Nuclear Posture Review−NPR)を発表した。国防省で記者会見が行われ、国防省側はスライド・プレゼンテーションを使って説明する中で、説明役の一人、統合参謀本部副議長、ジェームズ・カートライト(James Cartwright)(海兵隊大将)は、わざわざトマホークの退役をおごそかに発表した。
(発表スライド<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_23.htm>では、8枚目)

 これが極めて不自然であり、唐突なのは、話題の「トマホークTLAN/N」(核弾頭が搭載できるトマホークのタイプ)が廃品寸前のポンコツであり、カートライトも記者会見で述べているように「事実上長い間配備もしていない」シロモノだからだ。
<http://www.globalsecurity.org/military/library/news/2010/04/mil-100406-dod04.htm>

 こんなものの退役をわざわざ取り上げる必要もないはずなのに、おおげさにとりあげる不自然さである。

 アメリカ科学者連盟のハンス・クリステンセンによれば、

 アメリカはおおよそ核武装ミサイルTLAM/Nを300保有している。そのうち約半分がワシントン州バンゴール近くの太平洋戦略兵器施設イグルー式施設に貯蔵されている。後の半分程度が、ジョージア州キングスベイにある大西洋戦略兵器施設に貯蔵されている。・・・

 うち100のTLAM/Nだけが、寿命部品を取り付けられて稼働している。しかし通常の状況では攻撃型潜水艦に実戦配備されていない。アメリカには合計53隻の攻撃型潜水艦があるがTLAM/Nの発射能力をもつ潜水艦は12隻以下である。

 ・・・太平洋戦略兵器施設にあるおよそ150のTLAN/Nはアメリカが大西洋で持っている核態勢の一部分である。そこには1000を越すW76核弾頭やW88核弾頭などのトライデントU型弾道ミサイルがある。それらは、海洋発射型弾道ミサイルを発射する能力のある8隻のオハイオ級原子力潜水艦に装備される。これら潜水艦は太平洋をパロトールしている。

 8隻の太平洋原子力潜水艦のうち5隻か6隻はいつでも実戦配備できる480−570の核弾頭を常時搭載している。別に数百の核弾頭が太平洋戦略兵器施設に、いつでも潜水艦に追加搭載できる形で貯蔵されており、もし必要とあれば両方を合わせて1300の核弾頭が使える状態になっている。

 この海洋ベースの軍事力に加えて、450のミニットマンV型大陸間弾道弾に搭載された500の核弾頭部分が太平洋軍地域をカバーしている。これらはB-2型あるいはB-52H型戦闘機が爆弾や巡航ミサイルの形で搭載している。さらにノース・カロライナ州のセイモア・ジョンソン基地の第4攻撃航空団のF―14E爆撃戦闘機が、他の地域と共に太平洋地域の緊急核攻撃ミッションを担っている。』 
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/
strategic_posture_etc02.htm>
    
と述べている。

 要するにトマホークTLAN/Nは、時代遅れの無用の長物であり、実際実戦配備もされていない。こんなものを退役させるのは当然だ。すでに、トマホークに替わり、その数十倍もの核兵器能力が「太平洋戦域」を、日本の核の傘を含めて、強力な拡大抑止力でカバーをしている。

 09年5月に発表された「アメリカの戦略態勢議会委員会最終報告書」作成中の協議の中で、日本の高官が、「日本を核大抑止しているトマホークを予定されている2014年に退役させないでくれ。」という要求があったことを先の議会報告書は指摘している。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/strategic_posture_4-2.htm>を参照の事。)


 クリステンセンの指摘を念頭に置いてみると、いかにも日本の要求は、不可思議な要求であり、いかにも不自然な「報告書」の記述だ。

 当初、アメリカと日本で、「核の傘」の実情が情報共有されていないのか、とも思った。しかしこれも納得しかねる、間の抜けた話だ。日本の外務省や防衛省はもっと密接に協議しており、日本側が、太平洋戦域におけるアメリカの「核の傘」の実情を知らない、と考えることはできない。

 しかし、その後、「有識者委員会」の「核密約報告書」の発表のあと、「今後日本へはアメリカの核兵器の一時立ち寄りはないのか?」という質問に、民主党政権の外相岡田克也が、再三再四「トマホークが退役するので、通常はアメリカの核兵器が日本に立ち寄ることはない、と信ずる。」という意味合いの発言を繰り返している。
(たとえば次のようなブログを参照の事。<http://blog.yuto.net/?eid=914468>)

 この発言自体が、先の「核の傘」の現状と照らし合わせてみるとピンぼけの発言だ。というのは日本の「核の傘」の実情はすでにトマホークではないのだから。

 だが、ちょっと待て、こうやって一連の出来事をつなぎ合わせてみると、「密約報告書」発表に合わせて、「トマホークが退役するのだから、もう日本にアメリカの核兵器が一時寄港することはありません。」というイメージ作りを狙った外務省プロデュースの「猿芝居」だったのではないか、と思えてくる。

 こう考えてみると、昨年からの、日本側の不自然な動きも説明がつくし、アメリカ側の不自然なほどの大げさな取り上げぶり、今回発表のアメリカのNPRでわざとらしく、アメリカがもう廃品同然のトマホークTLAN/Nの退役を発表することの不自然さも説明がつく。

 つまり、「日本にアメリカの核兵器が一時寄港することは、これからはない」という「イメージ」―実際には自由に出入りする―を日本の市民の間に定着させることが狙いの「猿芝居」だった、という解釈である

 もしこの推測が正しいものだとすれば、外務省は、「トマホーク退役反対表明」、「アメリカの戦略態勢委員会報告書」の完成・発表、「有識者委員会」の密約報告書の完成発表、「核兵器搭載艦船の一時寄港はないと信ずる」発言、アメリカNPRでの「トマホーク退役正式発表」までを一連のストーリーとして捉えて、「アメリカの核兵器が日本に一時寄港することは、今後はない。」とするイメージ作りと世論操作を狙ったものだ、ということができる。

 しかし、それにせよ「猿芝居」であることには変わりない。