【世界各国の基礎データ】および【アメリカ経済】
(2010.12.1)
<参考資料>中国格付け会社「大公国際信用評価」、アメリカを2ランク下げる アメリカ経済に対する「臨終宣告」にも等しい報告書 第3回
 

アメリカは長期的景気後退に

 中国の信用格付け会社、「大公国際信用評価」は、2010年11月9日アメリカの国家信用(アメリカ国債)をそれまでの「AA+ Negative」から「A+ Negative」に格下げした。しかし、その格下げ理由は、実際の格下げよりもさらに手厳しい。

 この信用調査報告は、アメリカ経済を4つの異なった視点から眺めているが、第一の視点「アメリカの経済モデルと経済運営モデル」では、「アメリカがその厖大な負債をまともに返済する意志は薄いし、現在の経済モデルを継続するかぎり、アメリカの経済回復の見込みはない。」と断じている。

 ところで現在のアメリカの経済モデルとは、一言で云えば、「金融経済化モデル」とも言うべきモデルだが、このモデルは実体経済とはかけ離れてところで、「信用拡大政策」を推進し、そのため「信用需要」を作りだし、これに必要なドル資金をどんどん供給していった。こうした資金は必然的に投機資金へと向かうのだが、(というのは有効な付加価値創造を行うべき実体経済からの資金需要はないわけだから)、こうした投機資金を吸収するような金融商品を無数に作り出していった。こうしてアメリカ経済の本質は、実体経済ではなく仮想経済(Virtual Economy)化していった。08年リーマンショックに端を発した金融危機は、その後も改善の兆しはなく、アメリカ経済は「通貨危機」の段階に入った、とこの報告書は分析している。

 今回からは、報告者の第二の視点を見てみよう。

「U.アメリカの経済モデルが存在する限り、信用危機は終焉にはほど遠い。アメリカ経済は長期的経済不況に陥るだろう」

金融危機以来、連続した3カ年の間、アメリカ経済の鍵となるデータは、下降傾向かあるいは若干の回復傾向を示している。GDP、銀行業界の規模、連邦政府の歳入、通貨供給量、失業率等。連邦政府の予算赤字と連邦政府の負債はとてつもないレベルに高止まりしている。』

 と、この報告書はまず指摘している。09年アメリカのGDPは、−0.02%であり、また2010年は2.72%だと予測されている。(ホワイトハウス・運営予算局の資料による。<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/07.htm>)しかし、今となればこの3%弱という予測数字はほぼ絶望的で外交問題評議会・理事長、リチャード・ハースは精々2%弱と推測している。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/CFR/06.html>の「経済問題が最大の関心事」の項参照のこと)
 
 いずれにしても、オバマ政権が2009年当初に予想していた4%弱、という希望数字からはほど遠い。歳入は09年2.1兆ドルでこのところ下降傾向にある
(<http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_federal_budget>)

 
 通貨供給量については、2006年から連邦準備制度がもっとも肝心なM3を発表しなくなったので、私にはどれくらいの推移で増えているのか分からない。専門家である大公の報告者には分かっているのだろう。
 
 失業者については、2009年の8月に1500万人(失業率に換算して約10%)に達した後、現在に至るまで、1500万人前後で推移している。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/02.htm>)
 
 ただしこの数字はアメリカの公式統計で、実質的な失業率となると15%程度ではないか、前出のリチャード・ハースは推測している。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/CFR/06.html>の「実質失業率は15%程度」の項参照のこと>)

 
 その一方で、連邦政府の赤字は巨大である。オバマ政権の2009年には1兆9000億ドルの赤字が積み上がり、2010年6月末には、連邦政府の表面累積負債は13.2兆ドルとなった。2010年会計年度での連邦赤字は2兆ドルを超えることは必至である。
 
 ここまでこの報告書の指摘はほぼ正しいだろう。

政府・企業・家計の総負債は53.2兆ドル

アメリカの経済を救済するため、通常は使わない金融政策と連邦予算政策の使用という文脈において、通貨の継続的な極端な発行という手段を採用していることは、アメリカの金融分野の信用危機が国家危機に進展していることを示している。結果として生じた国家経済構造におけるアンバランスは、政府をして、新たなバランスと経済回復のための新たな経済構造を創出すべく、調整を要求している。従って大公としては、以下のような視点からアメリカ経済の繁栄を分析している。

  第一に−。

 アメリカの経済成長を促す力は信用拡大であり、また現在のところその信用拡大の積年の蓄積の結果、巨大な負債が生じている。信用拡大政策を繰り返し使用したため、経済回復を実現すべき基本条件が跡形なく消え去ってしまった。

 したがって アメリカ経済にとって、実体経済に回帰し、新たな実際価値創造を行う分野を発見しない限り、健全な発達に向けての駆動力を励起することは不可能である。

 2009年12月現在、アメリカの政府、企業、家計の負債は53.2兆ドルに上っている。一方GDPは同じ期間に14.3兆ドルにすぎないのだ。』

 再びオバマ政権ホワイトハウス・運営予算局のデータによれば、2009年アメリカのGDPは14.2372兆ドルだった。政府の総負債は、11.8759兆ドル(09年末実績)だったが、10年末には13.7866兆ドルと予測している。しかもアメリカ連邦政府は未だに現金会計主義をととっているため、こうした負債は実際に行うべき支払い額を反映しているにすぎず、現実には表面に出てきていないコストがすでに発生していると考えられる。このことも念頭に置いておくべきである。
 
 要するにアメリカは、政府、民間企業セクター、家計セクターとも厖大な負債にその経済が支えられており、その総負債はGDPのなんと3.7倍にも上っている、というのだ。

国内生産の実質価値の大幅な増加なしに、現在の価値創造能力にすべて依存して、そのたまりたまった負債を支払う能力を獲得することはまず不可能である。従ってその経済発展を信用拡大モデルに依存し続ける限り、アメリカ経済は一層の泥沼に向かって沈み続けるであろう。』

 アメリカの負債を考える時に、私は連邦政府の負債など(公的負債)にばかり気をとられているが、民間企業の負債、そして特にアメリカ経済の根幹をなす一般家計の負債にもより目を配るべきであった。アメリカの一般家計は、クレジットカード、住宅ローン、自動車ローン、消費財ローンなどまさしく借金まみれである。若干資料は古いが、アメリカの家計負債は2005年で11.4兆ドル(< http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_public_debt>)だった。

 この報告書は、要するにアメリカ経済の莫大な総負債そのものが、アメリカ経済の足かせとなって、底なしの泥沼にひきずりこんでいくだろう、アメリカの「実際価値生産能力」は、その総負債を負担することはできない、と言っている。これが要因の第一。

実際冨産出能力を上回る巨大な消費

第二に−。

 アメリカの実際富を創出する能力は、その巨大な消費を支えられない。現在の状況では、富力の成長の速度を増すことは不可能である。負債を削減する唯一の正しい道は支出を軽減することである。アメリカ政府はその国家戦略を見直すつもりはないので、アメリカにとってその負債が増加する、あるいはドルの切り下げによって負債の移転を行うことは不可避的である。

 そのような動きの不可避性は、アメリカ経済のうち続く戦略において支配的因子となっている。』

 ここで注意して欲しいのは、この報告者が「実際富」(real wealh)という言葉を使っていることである。これは「仮想富」(virtual wealth)に対応する言葉だ。この報告者にとって、例えばニューヨークの金融資本家たちが、金融派生商品を販売してあげた利益は、実際富と見なされていない。

 これに対してニューヨークの金融資本家には、そもそも「実際富」「仮想富」という言葉の区別がない。そこであげられた利益は、すべて実際的な「付加価値生産」だからだ。この「実際富」と「仮想富」の区別を認めない立場からは、この報告が縷々述べている論証は、一介のタワゴトにすぎない。
 
 現今のアメリカ経済を分析するとき、この2つの概念の違いを認める方が有効なのかどうかは、読む人によって異なるだろう。私にはきわめて有効な分析概念だと思える。そうした上で、この報告者は、アメリカの実際富を増加させる能力は、現在の負債を返済する能力を下回っている、つまり今のままでは、借金は返せない、どころかふくらんで行くばかりだ。するとアメリカ経済がとりうる手段は、アメリカ経済の各段階で支出を抑えることである。この事はアメリカの国家戦略の変更を余儀なくさせる。もしアメリカがその国家戦略を変更しないとすれば、とりうる道は一つしかない。それは破局が来るまで負債をふくらまし続けることである。あるいは「負債」そのものをアメリカの外へ移転してしまうことである。それは世界の本位通貨たる「ドルの切り下げ」によって可能となる。負債を移転させられた諸国の国民経済は、耐性の小さい経済社会から順次破綻を起こしていくことになるだろう。そしてこのような動きは、現在のアメリカの戦略に支配的因子となっている、とこの報告者は指摘する。

 2009年のアメリカGDPの構成要素を見てみると金融サービス・セクターが21.4%を占めていた。一方で実体経済セクターは65%だった。アメリカの金融サービス業界の総産出価値は2つの主要な部分で成り立っている。一つは移転生産価値である。そのほとんどは国際的な生産に関与して受け取る価値配分に由来している。もう一つは信用イノベーションで作られた膨張価値(inflated value )であり、バブル価値に属する。』

 アメリカの金融サービス業界は直接間接に世界中の生産活動に関与し、これに投融資している。当然ここで産出される価値から、投融資に見合う、金利なり配当なりを受け取る。これがこの報告者のいう、移転生産価値(the transferred production value)である。

 それに対して、金融業界が実にいろんな金融派生商品を作り出していったが、これらから生ずる価値は、直接新たな価値創造を行わない「膨張価値」であり、それをこの報告者は”バブル価値”の一種だと断じている。これが金融業界の体質。

実際GDPは実は5兆ドル

 これに加えて、高度な経済の金融化のため、実体経済から生ずる利益の半分以上は金融活動から発生している。(よい例はGEだろう。GEは今や実体経済の側に属する製造会社なのか、あるいは金融サービス業に分類すべきなのか判別しがたくなっている。)もし我々が2009年のアメリカGDPから仮想経済的要素を除外してみると、実際のGDPは、およそ5兆ドルであり、一人あたりのGDPはおよそ1万5000ドルとなる。その一方で、アメリカの国内総消費額は10兆ドル、そして政府の支出は4.5兆ドルに上る。国家経済における実際価値の生産能力は社会的分配と消費を準備する物質的基盤である。アメリカ政府は仮想価値を含んだGDPに対応して年間予算を設定しているため、その歳入は支出に対して不足に陥らざるをえない。従って、負債が社会全体に広がり常態化することは経済発展の環境を悪化させるだろう。これから以降3年から5年の間、アメリカの年間平均実際GDPは6兆ドルに達する事はなく、一人あたりのGDPは年2万ドル以下であろうと予測される。』

 この報告者は「real GDP」という言葉を使っている。「実質GDP」と日本語に置き換えるべきかとも思ったが、この言葉は当然「仮想GDP」に対応する言葉であり、「実際GDP」という日本語に置き換えることにした。また「実際GDP」という言葉遣いが一般の経済用語なのかどうか、私は知らない。

 もしこの概念、すなわち「実際GDP」、「仮想GDP」という概念を使って、アメリカ経済を見直したとき、その実際GDPは13.5兆ドルや14兆ドルではなく、精々5兆ドルだというのだ。残りの8.5兆ドルあるいは9兆ドルは、膨張・増幅した仮想価値に基づく仮想GDPだという。
 
 アメリカの経済で、「仮想GDP」を産出しているのは何も金融業界ばかりではない。一見実体経済の構成要素と見える産業界でも、「金融化」は進行しており、それらが産出する「仮想GDP」を、アメリカのGDP全体から差し引いて見ると、アメリカの「実際GDP」は精々5兆ドル程度だ、というのだ。一方でアメリカの年間消費は10兆ドル、また政府支出は4.5兆ドルにのぼる。すなわち「実際GDP」は、アメリカの旺盛な消費・政府支出の1/3に過ぎない。それではいかにしてアメリカ経済は運営されているか?
 
 一言で云えば、「借金」である。これがアメリカ社会全体に拡大し、常態化している。この基本構造にメスを入れないかぎり、アメリカ経済は健在な回復過程に入らない。これが第二の要因。

毎年GDPの4%の貿易赤字

 第三に−。

 労働の国際的分業やその輸出入政策は、アメリカがバランスのとれた国際支払勘定を実現するのを困難にするだろう。アメリカの産業構造に基づけば、輸出品は主としてハイテク製品となる。しかしアメリカは戦略的理由から技術製品の輸出に制限を加えている。しかしながら、アメリカの必要としているものは、日常の生活必需品であり、エネルギー等々である。この場合、輸入は固定的であり、輸出は柔軟性に富む。一方でアメリカの製品は多くの諸国にとって、必要欠くべからざる品目、というわけではない。他方、その政策的規制のために、アメリカが輸出額を増加させることは困難である。これらのことすべてがアメリカの長期にわたる貿易赤字の原因を構成している。1983年以来、アメリカはその貿易赤字額を平均年20%ずつ増加させている。たとえドル切り下げによる輸出刺激効果を考慮に入れたとしても、ここ3−5年間は、貿易赤字額はGDPの4%程度を維持するものと予測される。貿易赤字によるアメリカ・ドルの奔出は、資本勘定や金融プロジェクトのためにアメリカに環流している。

 このことは国際的生産価値のアメリカへの移転を実現することによってアメリカの金融システム(本来は金融資本家と言いたいところだろうが)を支援している。貿易におけるアメリカの不均衡は、国内必需品と”ドルの輸出”を交換することによる国際的富の収奪システム(plundering system)となっている。それ(貿易赤字)は、アメリカの実際価値生産能力を計測するバロメーターとなっている。』

 つまり、アメリカの貿易赤字は構造的というよりも、現在の経済発展モデルを採用し続ける限り、運命的事象といっていい。興味深いことにこの報告者は、これを「世界の生産する富の収奪システム」と呼んでいる。製品に対象化された、実際富を無制限に発行できるドルと交換することによって、この収奪システムは成立している。かくてアメリカの金融システムは全世界の寄生虫として君臨している。彼らの力の源泉は、突き詰めたところ「ドル発行権」ということになる。つまりアメリカは「ドルを無限に発行」し続けることによって、その消費を維持している。これは、世界の冨の収奪システムに他ならない。これが第三の要因。

経済成長の鍵にならない再生エネルギー開発戦略

 第四に−。

 再生可能エネルギー開発計画戦略が経済成長の新たな焦点になることは不可能である。

 オバマ政権によって提案された再生可能エネルギー開発計画戦略は、経済回復に向けて人々の自信を呼び覚ますには与って力がある。しかしそれは安定長期的にアメリカの経済発展状況を逆転させるほど有効な力となるのかといえばそれは依然として不可能である。

 というのはアメリカには、再生可能エネルギーで国家経済を作り替えるほどの産業に転換する戦略的投資能力に欠けているからである。それに加え、新しいエネルギー技術という意味では、アメリカは北ヨーロッパからの手強い競争に直面している。従って、この戦略は長期的に見れば、アメリカの経済構造と発展モデルを変化させるにはきわめて弱い力しか発揮しないであろう。』

 ここでいう「再生可能エネルギー開発計画」というのは、オバマ政権になって進められている「脱炭素化」エネルギー資源開発計画のことで、恐らくは「原子力エネルギー開発計画」も含まれているだろう。原子力エネルギーは本来「再生可能エネルギー」ではないが、オバマ政権の「脱炭素化」エネルギー開発計画に含まれていることは明らかだ。オバマ政権は、エネルギー資源の転換を図ることによって、アメリカ経済回復の起爆剤とする計画を持っているが、それもこの報告者によれば、起爆剤たり得ない。それを可能とする戦略的投資能力を持っていないからだ、という。

 全体として言えば、アメリカの経済発展モデルとして使われている現在の経済構造でもって、国内消費を支えるだけの十分な物質的基盤を創出することは難しい。仮想経済は国家経済システムの安全性に対して言いしれぬ影響を与えている。国家経済の発展モデルを改革することは、経済後退を止め、「ポスト危機時代」において国家経済の持続安定的な発展を実現するに当たり、死活的な因子である。』

 しかし、アメリカが現在の「経済発展モデル」を変更しようとしない以上、国家経済を持続的発展的に誘導していくことはむつかしい、とこの報告者は結論する。

 本来、国民に耐乏生活を強いて、厖大な負債を整理しなければならないのは、アイスランドでも、ギリシャでも、スペインでも、ポルトガルでも、アイルランドでもない。他ならぬアメリカなのだ。

住宅ローン破綻率11.4%

「V. 経済下降が継続することはその金融システムのリスク増大へと導く。そしてドル切り下げの傾向はドル資本環流を引きつける金融システムの価値移転能力を歪めるであろう。」

 一連の危機の後、アメリカの金融システムの安定性は基本的に改善されていない。それどころか、アメリカの金融システムは、諸リスクのさらに深刻な傾向が増しつつある事態に直面するだろう。

 2008年に発生した金融危機の後、連邦準備制度とアメリカ連邦政府による大規模な救済計画は、一時的に金融システムを安定化させた。「潰すには大きすぎる」金融機関は大きな便益を得た。

 しかしながら、その金融システムの陰に隠れた金融派生商品のような厖大な不良資産が依然として存在し、効果的な廃棄(償却)を待っている。そして、将来の逆レバレッジ・プロセスには時間がかかることだろう。これに加えて、長期間にわたる高い失業レベルはローン破綻の原因となる。2010年第2四半期末(すなわち6月末)までに、アメリカにおける銀行借り入れによる破綻率は、7.32%に達した。実に17四半期連続の増加である。中でも住宅ローンによる破綻率は11.4%に達している。

 連邦政府が、2010年4月住宅刺激政策をやめたため、不動産市場は後退期に入っており、フォークロージャー問題は深刻化する傾向にある。』

 フォークロージャー(foreclosure)とは、住宅ローンが払えなくなって法的に差し押さえを受ける抵当住宅のことである。銀行は差し押さえするが、結局満足のいく価格で販売できないので銀行にとっても不良資産化する。これが「フォークロージャー問題」である。実際には、ローン成立後、金融機関はローン対象住宅を担保にして、ローンを債権化して販売してしまう。これが不動産物上担保債(real estate mortgage bond)である。つまり金融機関は、住宅を担保にして自分が実施したローンを債権にして販売してしまっているわけだ。そのローンが実際には次々と不良債権化するわけだから、自分が販売した物上担保債(モーゲージ・ボンド)を買い戻さなくてはならなくなる。これが広義の意味での「フォークロージャー問題」である。

 銀行はほとんど2200億ドルに近い不動産物上担保債を買い戻す圧力に直面するだろうと推測される。それでも、最近の買い戻し額全体から見ればまったく不十分な額だ。(将来買い戻さなければならない額はもっと大きくなるだろう、という意味。どれくらいの買い戻し額になるかは、今誰にもわからない。要はフォークロージャーがどれだけ発生するかによる。)

 2009年には140件の銀行が倒産した。2010年前半だけで86件の銀行が倒産した。問題を抱えている(倒産予備軍の)銀行は直近の数字で500行ある。2010年末には、中小規模の銀行の新たな倒産ブームを目撃することになりそうだ。

 こうした危機に対応すべく取られているアメリカの金融政策は、経済成長を促進するという意味では全くその有効性を失っている。あらたな経済駆動力が、アメリカにおいて形成されていないので、個人消費意欲や企業投資意欲の減退が資金需要の縮小に繋がっている。

 連邦準備制度が引き続き金融緩和政策を採り続けていることは、その基礎的通貨供給量を増大させているとはいえ、それはアメリカ国内における信用規模そのものの拡張を促進することに失敗している。実体経済からの信用需要が不十分であることは、信用リスク情報の跛行性による金融機関の消極的な貸し出しムードとあいまって、アメリカの信用市場規模を縮小させているのが現状だ。

 2009年、一般商業銀行の貸し付けおよびリース残高の総額が10.3%も落ち込んだことに続いて、暦年比較ベースでは、2010年第1−3四半期(すなわち1月から9月まで)では、さらに7.2%落ち込んだ。』

投機資金に使われる莫大な流動性

 それでは、超金融緩和政策でだぶついたドルは一体どこに行ったのだろうか?

 金融システムの中に蓄積された莫大な量の流動性(liquidity。要するに現金や換金性の高い金融資産)は、投機的な金融活動に使われているかあるいは海外市場に流れ出している。これは、実際経済(real economy)の発展を促進していないばかりでなく、仮想経済(virtual economy)の慢性的な過剰拡大を改善することにも繋がっていない。

 継続的な金融緩和を内容とする連邦準備制度の金融政策は、一時的に長期貸し出し金利を下げたが、その結果として当然のドル切り下げ効果は、金融システムの長期的後退の引き金となるだろう。新たな金融緩和の第二ラウンドである金融政策で、連邦準備制度は2010年11月3日、来年6月末までに長期財務省証券をさらに6000億ドル買い入れる計画だ。

 この政策の直接の目的は、アメリカ財務省証券(事実上のアメリカ国債)の低利子率を維持することが目的だ。アメリカ経済が引き続いて下降局面にありまた連邦政府が負債の重荷を増大させていることは、財務省証券に対する外国投資家の自信を萎えさせている。こうした投資家(中でも中国は最大の外国投資家だが)リスクを回避するため“金”を購入する方向に向かっている。このことは“金”の価格を押し上げ、長期金利上昇の圧力を増している。

 特に、アメリカのように高度な借金経済にとって、金融システムと固く結びついた大量の金融派生商品は金利に関係している。

 長期金利の上昇はその金融システムにおいて新たに大きな不安定要因となるだろうし、経済回復を規制する要因にもなる。また連邦政府にとって負債の重荷を増すことにもなる。連邦準備制度の金融政策は、一時的に長期金利を下げることは出来るが、それはまた、ドル減価の引き金にもなるし、外国投資家がドル主体の資産形成を行おうとする魅力を削ぐことにもなる。

 2010年6月以来今まで、米ドル指数は6%下落している。またユーロに対しては15%切り下がっている。スターリング・ポンドに対しては11%、日本円に対しては13%、オーストラリア・ドルに対しては18.5%、韓国ウォンに対しては11.4%、それぞれ減価している。』

 米ドル指数(the U.S. dollar index)は、主要な通貨ペア(ユーロ:ドルレート、ドル:円レート、ポンド:ドルレート、ドル:カナダドルレート、ドル:スェーデンクローネ、ドル・スイスフランレート)を加重平均した数値。

のどの渇きを癒そうと毒をあおる

 ドルが継続的に減価すると言うことは、ドル資本のアメリカに対する環流を魅力的にするアメリカの金融資本の価値移転能力をいびつにする。そしてグローバル金融センターとしてのアメリカの地位は下降局面に入る。

 従って、アメリカにおける金融政策実施の余地は、ますます縮小に向かう。その一方で、長期的視点に立つ量的緩和策は、一時的に金利を下げる役割しか演じなくなるだろう。その結果、「ドル減価」は、最大の負債国としてのアメリカの金融的要求に対して主導的でなくなる。そして債権者の利益からする主張は、金利上昇に対する潜在的圧力となるだろう。』

 世界最大の負債国としてのアメリカの最大の関心事の一つは、金利を抑えることにある。この報告者の見解に拠れば、アメリカの量的緩和策の狙いの一つは、ドル通貨長期金利を低く抑えることにある。しかし、それは必然的にドル減価をもたらし、アメリカの金融センターとしての魅力を大幅に削ぐことになる。要するに世界中にばらまいたドルがアメリカに環流しなくなる。このことはアメリカの金融政策を幅狭いものとする。そして債権者は、こうした低金利に異論を唱え、アメリカへの貸し付けを引き揚げることを検討せざるを得ない。アメリカにとっては、もう選択の余地がない。金利を上げるしかない。

 しかしながら他方で、長期的な下降経済は、アメリカ政府に金利を引き上げ、「強いドル」政策を採らせることを不可能にする。このディレンマ(債権者からは金利上昇圧力が、しかし強いドル政策が採用できない弱い経済、というディレンマ)において、連邦準備制度がいかなる政策を採ろうとも、結局自分自身を痛めつけることになるだろう。

 最近の緩和金融政策は、問題の発生を先延ばししているようには見えるが、長期的に見れば、のどの渇きを癒そうとして毒を飲むに似た実施策であることが証明されるだろう。』

 結局、この報告者に拠れば、アメリカが現在の窮状を脱する道は、厖大なコストのかかる「グローバル覇権国家」であることをやめ、それを詐欺的に支える「金融経済成長モデル」を放棄し、もう一度実体経済基盤の再構築に着手する以外にはない、ということだが、それはアメリカ市民に耐え難い痛みを強いることにもなる。

量的緩和の第二ラウンド

「流動性注入の新たなラウンドは、連邦政府の年間予算赤字や長期的債務の重荷が増大していく傾向を、基本的には逆転させることはできない。」

  アメリカの金融当局は、量的緩和策の第二ラウンドをスタートさせた。極めて大きな連邦政府財務省債券を継続的に放出するとアナウンスした。しかし、それはここ最近の、連邦政府のみっともない年間予算の状況を和らげるにあたっては、極めて限定的な効果しかない。

2009年、アメリカ政府は金融危機への対応として1兆ドルの年間予算赤字を増やした。会計年度末の赤字としては、GDPに対して10.6%という記録的な数字だった。結果として、政府の予算政策をさらにむつかしくした。こうした状況の下で、連邦準備制度は直接通貨を発行することによって負債を積み増す政策を採り、一方では、連邦政府の赤字に資金を供給し、他方で、アメリカ財務省証券の利率を低レベルで維持した。従って、連邦政府の金融コストと金利負担を比較的望ましいレベルに制御した。

それに加えて、ドルのさらなる減価は、量的緩和の新ラウンドを内容とする金融政策で増加した流動性のために不可避的となっている。アメリカ政府の負債の重荷は、ある程度まで、軽減されると期待されている。2009年末までに、連邦政府のとてつもない負債は累積12.3兆ドルに達し、そのうち7.8兆ドルは、外国投資家を含んで公的保有者が所有している。

 このことは言ってみるならば、もしドルの減価が1%であるならば、連邦政府の債務負担は、1230億ドル以上軽減されることを意味する。あるいは2009年の連邦政府歳入の5.5%だということもできる。

   アメリカの基礎通貨は、向こう8ヶ月間で30%も増加するだろうから、従って、景気後退、民間信用需要の縮小による通貨状況の下降傾向、などといった要素をすべて考慮に入れるなら、控えめな予測でも、2011年の第2四半期までに国内インフレ率は1.5%、米ドル指数は10%下落するであろう。』

 ここで「向こう8ヶ月」と言っているのは、恐らく2010年11月から2011年6月までのことだろう。この間、連邦準備制度は財務省証券(事実上のアメリカ国債)を6000億ドル購入すると発表している。連邦準備制度はドル通貨発行権を使ってドルを印刷し、そのドルは連邦政府に資金供給され、連邦政府は各種支払いに充てることによって市場に放出される。

 この報告者によれば、いかなる計算根拠によるかは私には不明だが、6000億ドルはドルの基礎通貨供給量の30%に相当し、国内物価を1.5%押し上げ、また主要通貨に対して約10%のドル減価をもたらすだろうと、分析している。

  その結果、連邦政府負債は2500億ドル以上の実質上負担軽減となる。公的債権者の利益はドルの減価によって不可避的に侵食される。特に外国債権者は、対ドル為替レートの変動による損失(要するに為替差損)の方がさらに大きく苦しむことになるだろう。

連邦政府は、この方法によってある程度、実質債務負担が軽減するだろうが、その国家信用は、アメリカが債務契約による責任を無視し、債権者の利益と正当な権利を無視するので、真っ正面から影響を被ることになる。

長期的に見れば、アメリカ当局はその政府信用拡大において度を超してきたし、結果積年にわたって大きな予算赤字と連邦負債を増やし続けてきた。アメリカにおける現在の統治枠組みにおいては、固定的支出はそのグローバル覇権戦略を満たすため、予算支出のより大きな部分を占めている。そのグローバル覇権戦略は、一面では、アメリカ政府の予算支出構造を最適なものとし、赤字の増大をコントロールすることをむつかしくしているし、もう一面では、周期的経済変動に対する財政政策の有効性をよりむつかしくしている。そのため持続的かつ着実な経済成長が保証できなくなっている。

グローバル金融危機発生の後、アメリカの弱い経済成長、予算支出の増加、量的緩和の新たなラウンドの金融政策などのため、アメリカの負債の重荷はさらに増大、拍車がかかるであろう。アメリカ政府の高い予算赤字および大きな負債の重荷というパターンは、基本的に借金経済の極端に問題の多い発展モデルのゆえであり、その借金経済はドルの発行という道筋を単に太くするだけでは大幅に改善しない。

大公は、アメリカの予算赤字は2010年、2011年と高止まりしたままであり、それぞれ10年がGDPの10.8%、11年が8%と予測する。

連邦債務もまた、2009年ベースに対して2010年、11年と増加し、それぞれGDPの、10年が95%、11年が97%となるだろう。』

 もしかすると、この大公の予測もまだ甘いものになるかも知れない。というのは、オバマ政権のホワイトハウス運営予算局が、2010年2月公表した「連邦政府の予算 歴史テーブル−2010FY」という資料を見ると、2010年末累積負債は1兆9000億ドル、2011年約1兆3000億ドル積み増す、と予測しているからだ。この時ベースとなるGDPの伸びは、2010年2.7%、2011年4.62%でこれも絶望的な予測だ。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/07.htm>)オバマ政権になって低成長下の高赤字体質はますます顕著となっており、もしかすると2011年には累積負債は、GDPに対して100%を越えるかも知れない。

ドル減価は収奪の目的をもった国家意志

「V. アメリカ政府によって採用されているドルの減価は、本質的にその国家信用が累卵の危機にあることを示している。従ってアメリカは国家意志をもつドル減価の行為でその負債をカットしたいと欲している」

 そのような行為は債権者の利益を著しく阻害している。結果として、全世界は利益パターンの劇的なまでの調整時期に直面せざるを得ない。

 国際的に支配的な準備通貨としてのアメリカ・ドルの地位は、すべての債権者に対する利益に、その切り下げは不可避的な衝撃を与える。債権者の資産が縮まることに加えて、ドル減価が引き金となって発生する国際通貨システムにおける混沌は、様々なレベルでのあらゆる債権者の利益を間違いなく阻害するであろう。将来におけるインフレの可能性と共に、債権者の冨は、2007年以来の金融危機の間に発生した損失に苦しんだのち、アメリカ政府によって主導された通貨減価という悪意ある行為(the malicious act)によって再び収奪されることになるだろう。

 ドルの継続的減価が原因で発生する世界の主要通貨の価値の不安定は、通貨システムの価値比較という過程を通じて世界の利益パターンにおける調整を促進することになるだろう。その本質は、債権者の利益を無償で債務者に移転することであり(つまりこれは借金の踏み倒しである)、基本的には国際的信用システムと、債権者システムや債務者システムで構成されているグローバル経済システムを破壊することであり、世界全体を覆う全般的危機を結果する。』

全体観

大公は、アメリカにおける信用危機の発生プロセスと発展プロセスはその経済システムの積年にわたる矛盾が結果したものと信ずる。

 アメリカの負債の重荷は、ある程度までアメリカ・ドルの印刷と発行によってのみ救済できる。しかしながら、その結果はドルの地位の低下および国家信用の低下を引き起こし、負債収入の道を阻害するだろう。負債収入こそはさらに大きな程度でアメリカの存在そのものにとって死活的意味を帯びている。(負債収入なしにアメリカの国家経済は成立し得ない、という意味)

 アメリカのドル減価によって引き起こされる、世界の全般的危機の潜在性はアメリカの経済回復の不確定性を増すことだろう。アメリカ経済を明確に好転させる経済的因子が見当たらないという状況下では、アメリカがそのだらしない通貨政策(際限なくドルを供給するという政策)の採用を拡大し続けることを可能としている。そして債権者の利益を損なうことを可能としている。従って、現在の状況がある限り、ここ1年ないしは2年以内に、その国家信用においてさらに予測しがたいリスクが現れるかも知れない。

 よって大公は、アメリカの国家信用に対して、自国通貨においても国外通貨においても否定的な格付けを行うこととする。』

 もともとこの報告は、アメリカの国家信用の格付けを下げる理由を説明したものとして書かれている。しかしその内容は、根本的なアメリカ経済批判、政策批判となっている。この報告によれば、アメリカ経済は崩壊寸前である。しかしアメリカが世界で飛び抜けて大きな債務国であり、世界から金を借りまくって経済運営を行っており、あまつさえアメリカ・ドルが世界の基軸通貨であることを考えれば、アメリカ経済の崩壊は、グローバル資本主義の崩壊であることは、明白だ。

 私は資本主義の崩壊は必ずしも反対ではない。しかし、それが、アメリカ経済の崩壊が、世界の市民の生活の破壊を道連れにするものであるならば、そしてその可能性は大きいと云わざるを得ないが、世界市民が、知恵を出して何とか回避できないものか、と思う。

 (このシリーズ了)