(2011.11.30)
<参考資料> TPP―環太平洋戦略的経済連携協定
(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)
 その@ TPP参加アメリカの経済危機の観点からこそ眺めなければならない

   
 戦略的経済連携 

  環太平洋戦略的経済連携協定(以下TPP)の英語原文は一覧しておわかりのようにA4版160ページに上る長文であり、読み通した人は少なかろうと思う。私も全文読み通していない。

 TPPとはいったいなんであろうか?私たちの生活にどのような影響を及ぼすのだろうか?この一文はそれを勉強するための私のためのメモである。

  まずこの協定の名称から考えておこう。この協定の原文は表題にもあるように「Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement」である。「Trans−」は「〜を越えて。横切って。」という意味の接頭語である。だから地域として想定しているのは、太平洋を挟んで東西南北縦横無尽に横切ってその向こうにある諸国をすべて包括しようということなのだろう。だから太平洋の周りをぐるりと取り囲んだ諸国、という意味での「環太平洋」とは若干ニュアンスが異なっている。第一「環太平洋」に相当する英語はぴったりの「Pacific-rim」という言葉があるし、これまでも使われてきた。ここは、「Trans-Pacific」(環太平洋)は「Pacific-rim」(環太平洋)とはニュアンスが異なる、太平洋をぐるりと取り囲んだ諸国を想定しているのではない、ということを念頭に置いておきたい。

 恐らくこの協定文表題でのもっとも重要なキーワードは、「Strategic」(戦略的)という言葉だろう。この言葉で私などがただちに連想するのは第二次世界大戦中に使われた「戦略爆撃」(Strategic Bombing)だ。

 第二次世界大戦は完全に国家を挙げての総力戦で戦われた。日本と清国が原野で会戦のまっただ中、その傍らで地元の農民が畑を耕しているなどと言う牧歌的情景は、第二次世界大戦では完全に姿を消した。

 戦争遂行のためには、戦域の背後にあるその国の国力・国民力そのものを叩かなければならない。そこで戦略爆撃の発想が生まれた。だから戦略爆撃とは、女・子ども、戦闘員・非戦闘員の区別なしの無差別爆撃であったわけだ。アメリカに限って言えばその戦略爆撃の最高潮が、広島・長崎への原爆攻撃だった。

 戦後も戦略的という言葉は、国際政治の中でこうした文脈で使われてきた。だから、戦域で相手の軍事力を攻撃する核兵器のことは「戦術核」だが、背後の相手の国力そのものを攻撃する核兵器は「戦略核」と呼ばれた。

 その後この言葉は国際政治の中で、大いに拡張して使われた。中国が「日本との戦略的外交」の重要性を強調する時、それは一部の職業外交官や政治家だけを相手にする外交ではなく、国民総ぐるみの外交関係の重要性を強調している。言い換えれば一般民衆同士の「外交」を意味している。だから中国にとって観光は「戦略外交」なのだ。

 恐らくTPP英語名称の中の「戦略的」という言葉はこうした意味で使われている。言い換えれば、「戦略的経済連携」とは、例外なしの経済連携を意味している。戦略爆撃が無差別爆撃だったことを念頭に置けば、それは恐らく「無差別経済連携」と言い換えることができる。


  外務省の訳語

 外務省はどんな訳語を使っているのか?

 驚くべきことに外務省は、「環太平洋パートナーシップ協定」という訳語を与えている。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/index.html

 私がもっとも重要なキーワードとした「戦略的」という言葉は意図的に落としている。TPPを推進する立場の外務省が、「戦略的」という言葉を意図的に外したことは、恐らく今の「TPP論議」をもっとも象徴しているといっても過言でない。つまり外務省はTPPが「無差別経済連携」の意味合いを含んでいることを薄めようとしている。

 もっとも、外務省の言い方はアメリカの国務省の言い方をそのまま踏襲しているのかも知れない。このところ私は注意深くアメリカ国務省の発表する文書や声明に目を通しているが、どうしてもそうしなければならない時(例えば正式名称で呼ばなければならない正式外交文書など)をのぞいて、アメリカ国務省はこの協定を「Trans-Pacific Partnership(TPP)」と呼んでいる。

 2011年11月10日、APEC会合を前にして、アメリカ国務省長官、ヒラリー・クリントンは、ホノルルの東西センターで「アメリカにとっての太平洋の世紀」(America's Pacific Century)と題する演説を行っているが、この演説の中でクリントンは一度も「Trans-Pacific Strategic Economic Partnership」と正式名称で呼ばなかった。そうではなく彼女は「環太平洋パートナーシップ(Trans-Pacific Partnership)、いわゆるTPP」と呼んだ。(<http://www.state.gov/secretary/rm/2011/11/176999.htm>)

 アメリカが国際的な条約や協定を自分に都合のいいように呼び習わすのはこれが初めてではない。典型的には「核兵器不拡散条約」であろう。この条約の英語の正式名称はTreaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons」であるが、少なくともアメリカのブッシュ−オバマ政権はこの条約を正式に呼んだことがない。いつも「Nuclear Non-Proliferation Treaty」(核不拡散条約)である。オバマのプラハ演説でもそうだったし、2010年5月のNPT再検討会議でのクリントンの一般討議演説でも終始「NPT」で通し、一度も正式名称で呼ばなかった。ちなみにこの点は、日本の外務省は「核兵器不拡散条約」と正式名称で呼んでいる。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/npt/gaiyo.html


 むしろ日本の既成大手ジャーナリズムは「核不拡散条約」で統一し、アメリカ追随の姿勢を見せている。もちろん「核不拡散」という時、それは産業用・商業用核施設や核分裂物質を言外に含んでいる。

 TPPの場合は、日本の外務相もアメリカの国務省も「戦略的経済連携」という言葉を外すことで思惑は一致しているとも見える。


  既成大手マスコミの訳語

  さて既成大手ジャーナリズムはどんな訳語を使っているのか?当初は様々な表現が使われていたようだ。
 この点、道浦俊彦という人が詳細に調べている。
(「道浦俊彦TIME」<http://www.ytv.co.jp/blog/announcers/michiura/2010/11/ttp.html>)

 道浦によれば、新聞は次の4通りだという。
(1) 「環太平洋経済連携協定」=読売新聞、日経新聞 
(2)  「環太平洋戦略的経済連携協定」=産経新聞
(3) 「環太平洋パートナーシップ協定」=朝日新聞、毎日新聞、
(4) 「環太平洋連携協定」=共同通信、時事通信、中国新聞、神戸新聞、山陽新聞、京都新聞、報知新聞

 朝日と毎日は外務省に準じている。中国新聞などの地方紙は共同通信の配信に依存しているので、自然と共同通信の言い方に右にならえになっている。注目していいのは「戦略的」という言葉を使用しているのは産経新聞1紙だけという点だ。

 テレビは3通りの言い方をしている。
(1) 「環太平洋経済連携協定」=日本テレビ、テレビ大阪 
(2)  「環太平洋パートナーシップ協定」=TBS、毎日放送、NHK
(3) 「環太平洋経済協定」=テレビ朝日、朝日放送、フジテレビ

 NHKとTBSは外務省に準じている。特徴的には「戦略的」という言葉がすべて外されていることだ。

 朝日新聞は表現を変えてきているようだ。2011年11月10日付けでは「TPP決断 首相の誤算」という見出しの記事のリードの中で「野田佳彦首相が環太平洋経済連携協定に踏み切る。」と表現している。

 大手マスコミのこの表記の多様性は、TPPの議論が熟さないままに、交渉参加に対する賛否を問い、急速に政治問題化している現状をよく表していると言えよう。

 ただ、よく気をつけて欲しいのは私がキーワードではないかと思った「戦略的」という言葉が中国新聞(要するに共同通信)でも朝日新聞でも省かれている、と言う点だ。

 「環太平洋戦略的経済連携協定」と「戦略的」という言葉を入れているのは産経新聞一紙のみということになる。


 4カ国ですでに発効

 日本語ウィキペディアはさすがに「環太平洋戦略的経済連携」と正確に項目名を掲げている。

 TPPに関する日本語ウィキペディアの記述は、網羅的である。(日本語ウィキペディア「環太平洋戦略的経済連携協定」を参照の事)

 次に日本語ウィキペディア「環太平洋戦略的経済連携協定」に依存しながら、PPTの歴史を簡単に見ておこう。

 2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国が域外への経済的影響力を向上させることを戦略的な目的として発効し、運用している。・・・TPPの発足時の目的は、「小国同士の戦略的提携によってマーケットにおけるプレゼンスを上げること」であった。2006年5月に4か国加盟で発効した経済連携協定であったが、2010年10月よりアメリカ主導の下に急速に推し進められることとなり、TPPの転換点と見られ、加盟国・交渉国間で協議を行い2011年のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)までの妥結を目標にしている。』 

 つまりもともと、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドといった経済規模や人口、国内市場規模の小さい国々が集まって「戦略的提携」をしようという発想で、2006年に発足したものだ。

 この4つの国には共通した特徴がある。経済規模が小さいという以外に、それぞれの地域経済連携からは、どちらかといえば孤立しているという点だ。確かにシンガポールとブルネイはASEANに参加しているが、ベトナムやカンボジアの参加でASEANが変質し、反共国家連合という性格からアジア地域経済共同体の性格を色濃くすると、徐々にこの2カ国の役割が相対的に小さくなってきている。ニュージーランドは伝統的にオーストラリアとの連携関係が強いとされるが、オーストラリアを越えて連携関係を強める必要に迫られてきた。チリはブラジルとアルゼンチンの経済成長の助けられてはきたが、ラテンアメリカで、それぞれ進む多国間の経済連携関係の中には溶け込んでいない。

 この4カ国が事実上の共同市場を創設し連携外の諸国との競争力を強めようしたのは、目論見通り行くかどうかは別として、一つの自然な流れだったのかも知れない。それと特徴的なことは、TPPがAPEC加盟国の将来の参加を見越したモデル協定として発足している点だ。この4カ国の背後にはアメリカの長期戦略があったのかもしれない。

 アジア太平洋経済協力(Asia-Pacific Economic Cooperation、略称:APEC)は、環太平洋地域における多国間経済協力を進めるための非公式なフォーラムである。なお、マスコミ等ではアジア太平洋経済協力会議という呼び方がされることも多いが、APECは非公式なフォーラムであって、メンバーを法的に拘束しない緩やかな協力の枠組という性格を持ち、この観点から原語においてもその名称に組織を意味する語が含まれていないため、日本語でも名称に「会議」を含めることは適当ではない。』(日本語ウィキペディア「アジア太平洋経済協力」)

と述べており、この観点は妥当でありまた重要であろう。

 だから、TPPはそのAPECに法的拘束力を持たせた経済協力の枠組みであり、場合によれば国家主権をも一部越えた、完全な「共同自由市場創設」を意図したものと考えることができる。

 英語Wikipedia「Trans-Pacific Strategic Economic Partnership」は次のように書いている。

 環太平洋パートナーシップ(TPP)は、また環太平洋戦略的経済連携協定として知られているが、アジア太平洋地域の諸経済主体をさらに自由化する目的とした多国間自由貿易協定である。

 特にその第1章第1節第3項(1.1.3)は次のように記している。「参加国は自由で開かれた貿易と投資というゴールと共にあるAPECのさらに広い自由化プロセスを支持することを追求する。」

 ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの間での原協定は、2005年6月3日に署名され、2006年5月28日に発効した。追加6カ国−オーストラリア、マレーシア、ペルー、日本、アメリカ、ベトナム−がグループに参加して交渉を行っている。

 2010年APEC首脳会議の最終日、11月14日に9カ国の交渉国の首脳が2011年11月に開催される次のAPECのサミットまでに交渉を妥結させるという目標を設定しようというアメリカのバラク・オバマ大統領の提案を確認した。2011年11月11日、日本の野田佳彦首相は交渉に参加すると声明した。』

 原参加・交渉国はいずれもAPECのメンバーではあったが、TPPはAPECのイニシアティブで行われたものではない。しかし、TPPはAPECのイニシアティブのもとに推進された「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」の先駆け(a pathfinder)だとみなされている。TPP交渉は2002年以来APECサミットの傍らで行われてきた。  

 原協定の目的は参加国間の全ての関税の90%までを2006年1月1日までに撤廃し、2015年までには全ての貿易関税をゼロにするというものである。TPPは自由貿易協定の全ての主要な柱を網羅した包括的な協定である。これには、物品、原産国規則、特殊関税、衛生植物検疫措置、知的財産、政府調達、競争促進政策などが含まれている。』


 本質は無差別な経済連携・単一市場創設

 亜細亜大学・教授の石川幸一は、「季刊 国際貿易と投資」の秋号の「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の概要と意義」と題する論文の中で、TPPを次のように要約している。

 ・ 環太平洋戦略的経済連携協定(以下TPP)は、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4カ国が参加する自由貿易協定であり2006年5月に発効した。
TPP は、例外品目がなく100%自由化を実現する質の高いFTA である。物品の貿易、サービス貿易、政府調達、知的財産権、協力など投資を除く幅広い分野を対象とする包括的なFTA であり、労働と環境も補完協定として協力が規定されている。
TPP が戦略的協定とされているのは、APEC のモデル協定として作られAPEC 諸国の加盟を企図し、APEC のFTA 協定への発展性を内包している点にある。
当初加盟国に加え、米国、豪州、ペルー、ベトナムの8 カ国が交渉に参加しており、マレーシアが8 月に参加を決定した。コロンビアとカナダも参加の意向を明らかにしており、今後参加国が増加する可能性が高まっている。』

 上記文章で石川は「FTA」という言葉を使っている。これは自由貿易協定(Free Trade Agreement)の事で、ある意味石川の認識を示している。つまりTPPは極めて包括的だが、FTAの1種類だという石川の認識である。のちほどTPPの中身に触れていくのだが、私の認識は、TPPはFTAの1種類ではなく、質的に変化している、というものだ。それほど幅広く、一部国家主権を放棄した形で「共同市場」創設を目指したものと、私には見える。

 また石川はTPPが「戦略的協定」とされるのは、APECのモデル協定として作られたからだ、つまりそこには戦略的意図が働いているからだ、としているが、これも私の認識とは違う。先にも見たように戦後国際政治社会の中で使われた意味での「戦略的」なのであり、その本質は「無差別経済連携」だ、と解釈する。その解釈の方がTPPの条文と照らしてみてより本質的な理解だと思う。

 次に重要なことは、あるいはもっとも重要なことなのかも知れないが、2006年TPPが発効した後、2008年9月、アメリカが全分野への参加の意向を見せ、2009年11月アメリカの大統領バラク・オバマがTPPへの参加を正式表明し、以後アメリカ主導でこの協定が拡大推進されることになった時点で、協定の性格が変質したことである。このことは誰の目にも明らかだろう。一言でいえば、アメリカによるアメリカのためのTPPに変質したということである。(この「アメリカ」もさらに中身を詰めていかなければならないのであるが、ここでは取りあえず「アメリカ」としておく。)


 オバマ政権の狙い

 それでは、アメリカ(オバマ政権)の狙いはなんであろうか?一つのヒントはTPPの協定条文の中そのものにあると思われる。

 協定全文は、現在インターネットで読むことができる。日本語訳は「日本情報分析局」というサイトに訳出されているのでそれを参照して欲しい。
(<http://nihon-jyoho-bunseki.seesaa.net/article/187356552.html>)

 このサイトで訳者の青木文鷹は「TPPに賛成・反対を言う前に、TPPの条文をよく読んで内容を理解しておくべきだろう。」といっているが、その通りであろう。

 前出のページで、協定全体の構成を目次風に概観できる。一目見てこれが英語ウィキペディアも言うとおり、包括的な経済協定であることが見て取れる。

 2011年11月11日夜、APECサミットに出かける直前、日本の首相野田佳彦は官邸で記者会見を開き、TPP参加をしても「農業を守り抜く」と表明したが、これが日本の農業製品を関税障壁や非関税障壁で守り抜く、と云う意味ならそれはできない話だろう。それはTPPの趣旨に反するし、最初から例外条項設定を条件に参加するということなどは失礼な話だしまたできもしない。

 ただ「農業を守り抜く」という意味が「農家を守り抜く」という意味なら、それはやり方によってはできるかも知れない。ただ「農業を守る」と「農家を守る」は常識的には全く別な意味だ。ところが日本の農業行政は、日本の農業を破壊しつつ農家を金で守ってきたという長い歴史をもつ。だから野田の「農業を守る」は「農家を守る」という意味なのかも知れない。

 協定文全体で、もっとも重要な部分は、人によって違うのかも知れないが、私には、前文、第1章「設立条項(INITIAL PROVISIONS)」、第16章「戦略的連携(STRATEGIC PARTNERSHIP)」、第20章「 最終規定(FINAL PROVISIONS)」の一部であるように思える。

 それをかいつまみながら見ていこう。目的はアメリカ(この場合アメリカの一般市民という意味ではなく、実態的にアメリカを支配している金融資本体制という意味なのだが)の狙いを明確にすると言うところにある。

 前文は、宣言的文章で語られている。この協定が究極的に目指すものと受け取って良い。(なお、以下日本語訳は前出の青木文鷹の訳を参照させていただく。哲野訳とある部分は私の訳である。文中太ゴシックは英語原文中も太ゴシックで強調してある)

 ・ 加盟国間の協力と友好という特別な絆を強化する
投資と貿易の自由化、並びにアジア太平洋地域内の戦略的連携を作り上げるためのより広くより深い協力の促進を通して、加盟国間の関係の枠組みを拡大する
国際フォーラムでより幅広い連携のきっかけを提供し、世界貿易の調和の取れた発展と拡大に貢献する
加盟国領域の物品及びサービスのための拡大・安全保障のある市場を創造する。
互恵貿易(reciprocal trade)の歪みを回避する
諸加盟国貿易を統御する明確な規則を確立する
事業計画(business planning)と投資のための予測可能な商業的枠組みを確実にする
「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」及びその他の多国間・二国間の協定や取り決めに基づく各自の権利と義務を土台に構築する
アジア太平洋経済協力(APEC)の目標と原理への関与(commitment)を確認する
競争に対する歪みを最小限に抑える規則の設計及び競争プロセスの促進と保護を目的とした「競争と規制改革を促進するためのAPEC原則」への関与を再確認する
経済発展・社会発展及び環境保護は相互依存的でありかつ相互強化すべき持続的発展の構成要素であること、緊密な経済連携が持続的発展の促進に重要な役割を果たすことに留意する
グルーバル市場における加盟国企業の競争力を強化する


 国際的とグローバルの本質的違い

 前文の途中であるが、ここの原文は“ENHANCE the competitiveness of their firms in global markets”である。問題は「グローバル」という言葉の意味である。”global”は“international”とは違う。international(国際的)は、近代主権国家が互いにきびすを接して活動し合っている状況を意味している。従って各主権国家内での基準や標準・価値体系(バリュー・システム)などは保持され、あるいはお互いに尊重されながら維持される。(下図Tイメージ図参照のこと)

 

 しかし「グローバル」な世界ではそうではない。グローバルな世界では、各主権国家内部での基準や標準・価値体系が維持されてはならない。グローバルな世界では、単一の基準・標準・価値体系が用いられなければならない。(下図Uイメージ図参照のこと)

 

 それでは、そうした単一の基準・標準・価値体系はどうやって確立されるのであろうか?いうまでもなくその時代、その分野で最も支配的な社会の基準や標準・価値体系がその地位を占めるのである。現在ただ今の状況に即して言えば、その基準や標準・価値体系はアメリカ社会のそれである。

 従って「グローバル化」とは多くの場合、「世界のアメリカ化」に他ならない。

 この宣言的文章もそういう文脈で読み取っていけば興味深い。さてTPP前文を続けよう。

 ・ 創造性と革新性を育成し、かつ加盟国間の物品及びサービスの貿易を活発化する知的財産権の保護を促進する
加盟国間の戦略的経済連携を強化し、もって経済的利益及び社会的利益を招来し、新たな雇用機会を創出しかつ加盟国の人々の生活水準を改善する
国家の政策目標を達成するための規制という加盟国政府の権利を『支持する』
公共の福祉を守る柔軟性を維持する
共通の関心である環境問題及び労働者問題に関する協力を強化する
他の経済圏による本協定への加盟を促すという約束を確認し、アジア太平洋地域内の共通の枠組みを促進する』

 単なる自由貿易協定の枠を大きくはみ出し、単一の基準や標準、あるいは規則、大きく云えば、一つのパラダイム(規範や価値基準)に沿った一つの経済圏を創出しようという意図をもった協定だということができるだろう。それは関税自主権など一部国家主権を放棄した形での経済圏を目指していることは明白だ。


 アメリカにとっての単一経済圏創設

 TPPが迫力を持っているのは、それが実際すでに発効した協定だという点だ。

 ニュージーランド(人口約427万人 GDP世界第61位=GDPはIMFのPPPベースの推計による。以下同じ)チリ(約1750万。GDP45位)、シンガポール(約474万人。GDP49位)、ブルネイ(40万人。GDP118位)など経済規模からすると中規模から小規模の諸国がこうした経済圏を創設し、経済規模の大きな経済主体に対抗しようというのはよく理解できる。

 しかしこれにアメリカが参加するとなると話は全く違う。アメリカはかつての面影は全くなくなったとはいえ、GDPでは世界第1位、ばかりでなく先端技術分野では依然として世界のトップの水準を持っている。また多くの分野で「アメリカ標準」は世界標準となっている。なによりアメリカ通貨は国際基軸通貨の地位を保っている。アメリカが参加することによって、アメリカの事実上の経済圏が拡大することになるのは明白だ。

 次に第1章「設立条項(INITIAL PROVISIONS)」を見てみよう。この章は2条からなり比較的短い章である。その内容は第1条「目的」に集約的に表現されている。

 1. 本協定は、適用される全範囲における関係の深化と共通の利益に基づき、加盟国の間に環太平洋戦略的経済連携を構築する。』

 ここでも「戦略的連携」という言葉が使われている。この言葉の真の意味は、第16章「戦略的連携(STRATEGIC PARTNERSHIP)」において具体的に明らかになるだろう。ここでは「戦略的連携関係の構築」が目的の第1番目に掲げられていることに注目しておきたい。

 2. 本協定は、特に商業・経済・金融・科学・技術・協力の分野を取り扱う。取り扱う分野は、この協定の利益を強化し拡大するために加盟国団が合意するその他の範囲に拡げることができる。』

 この記述も重要であろう。この協定で取り扱う分野はすでに単に自由貿易協定の枠を越えて広汎だが、「この協定の利益を強化・拡大するためさらにその範囲を拡げること」を目的として掲げている。その目的のエンド・ポイントとは、先にも見たアメリカにとっての単一市場、単一経済圏創出であることは明白であろう。

3. 加盟国団は、自由で開かれた貿易と投資というAPECの目標と合致するAPECの更なる自由化プロセスの支援に努める。
  4. この協定の貿易目的は、その原則及び規則を通してより具体的に詳細に述べる通り、内国民待遇、最恵国待遇及び透明性を含みつつ、
(a) 各加盟国の領域間の貿易の拡大と多様化を奨励すること。
(b) 加盟国の領域の間で産品及びサービスの国境を越えた移動を容易にし、産品及びサービスの貿易に対する障害を撤廃すること。
(c) 自由貿易地域における公平な競争の条件を促進すること。
(d) 各加盟国の領域の間で投資機会を大幅に増加させること。
(e) 各加盟国の領域における適切で効果的な知的財産権の行使と保護を与えること。そして、
(f) 貿易紛争を解決し阻止するための効果的な仕組みを作り上げることである。』

 としているのは、前文の宣言的文章、及びこの章の「目的」の1.及び2からして当然の結論である。


  明白な経済統合意図

 第1章の第2条「自由貿易地域の制定」は簡単に次のように述べている。

本協定の当事国は、WTO協定の一部である「サービスの貿易に関する一般協定」の第5条及び「1994年の関税および貿易に関する一般協定」の第24条と矛盾せず、ここに自由貿易地域を制定する。』

 WTOの「サービスの貿易に関する一般協定」というのは、WTO(世界貿易機関)付属書−B「サービスの貿易に関する一般協定」の第5条のことである。
(<http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto_agreements/marrakech/html/wto15m.html>)

 第5条は「経済統合」について述べている。内容は、参加国の国家政策や競争力に劣った発展途上国の事情にいろいろ配慮しつつ、参加国全体の経済統合を目指すものとしている。この経済統合の範囲にはもちろん、労働市場の統合(第5条の二)も含んでいる。

 一方で、「1994年の関税および貿易に関する一般協定」は、1995年国際貿易機関(WTO)が設立され、それまでのGATT(General Agreement on Tariffs and Trade)が、WTOに解消・統合された時に成立した、これもWTOの付属文書である。(日本語ウィキペディア「関税および貿易に関する一般協定」参照のこと。)

 第24条は、
地域統合(GATT 第24 条) 地域統合は、当該地域の内外で異なった待遇が与えられる結果となるが、域内の関税等の撤廃がなされることにより貿易自由化を促進しWTO の補完に繋がると考えられる。そのため、GATT 第24 条は、@域内における全ての関税その他の貿易障壁の実質的な廃止及びA域外諸国に対する関税その他の貿易障壁を地域統合への参加の前後で制限的にしない場合に限って、地域統合に最恵国待遇原則の例外を認めている。』
(<http://www.jisc.go.jp/policy/hyoujunka_text/text_10syou.pdf
という通り、経済統合を意図した条項だ。

 現在の問題は、何故アメリカ・オバマ政権が、元来が経済規模の小さい国同士の連携経済協定であるTPPに興味を示し、09年になって参加を表明、いわばTPPの乗っ取りを企図しているのか、という事である。繰り返しになるが、この疑問は、何故アメリカ(これはアメリカの金融資本を頂点とする支配体制という意味である)は、TPPを道具に何故参加国の経済圏を統合し、単一市場を創設しなければならないか、という疑問と同じ意味になる。


 ヒントの一つはアメリカの経済状況

 それにはアメリカの経済状況が大きく関係していると見なければならない。

 2010年11月、中国の格付け会社大公資信評価有限公司(以下大公。<http://www.dagongcredit.com/dagongweb/index.php>)はアメリカの財務省証券(事実上のアメリカ国債)の格付けをそれまでの「AA弱含み」(AA Negative)から「A 弱含み」(A Negative)に下げた。2ランク格下げである。「A弱含み」といえば、エストニア「A+安定」、ロシア「A+安定」、ポーランド「A+安定」などよりも格下である。その時大公が発表した格付下げ報告書http://www.dagongcredit.com/dagongweb/english/index.phpは、同時にアメリカ経済の分析・批判論文になっている。

 大公がアメリカ国債を格下げしたのは、世界最大の債務国であるアメリカには、その借金を返済する意志も能力もない、踏み倒すつもりだと判定したからだ。

 報告の言葉をそのまま引用すれば、

この格下げは、悪化する負債返済能力とアメリカ政府の、負債を返済しようとする意図のドラスティックな低下を反映したものである。』
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/dagong_20101110.html

 この報告書は以下縷々その理由と根拠を説明する形となっているのだが、それは巧まずして、アメリカ経済の分析とその経済政策批判になっている。一つの見方であるし、また魅力的な見方でもある。というのはこの分析に添ってアメリカ経済を眺めていると、現在ヨーロッパEC圏で起こっている国家信用危機の説明もうまくできるし、2010年秋口から2011年6月まで、アメリカの中央銀行、連邦準備制度(Fed。日本では何故かFRB)が行った第二次“量的緩和政策”(quantitative easing)の狙いと効果についても説明できる。また2008年秋に発生した“リーマン・ショック”を引き金にして起こった世界経済恐慌の本質、そして現在深化しつつある第二次経済恐慌の本質もうまく説明できそうだからだ。

 この報告は、アメリカ経済の根本的問題は、その経済発展モデルと経済運営モデルにある、としている。

アメリカの経済発展モデルおよび経済運営モデルにおける深刻な欠陥は、アメリカの国家経済を長期わたる不況に至らせ、基本的にアメリカの国家信用を下げるに至らしめている。』


 金融経済発展モデル

 それではアメリカの経済発展モデルとはいったいなんなのだろうか?

 それは一言でいえば「金融経済発展モデル」ということできるだろう。このモデルにおいては「金融ビジネス」を経済全体における発展の駆動力(エンジン)に使う。従ってこのモデルでは、「信用需要」の創造と拡大がもっとも重要な経済政策の柱となる。

 従来の産業国家では「信用需要」は、経済成長の原動力ではなく、常に経済発展の結果であった。実体経済がその経済規模を拡大するに際して、新たな信用需要が生まれた。その旺盛な信用需要を満たしてきたのが、金融機関であり株式市場や債券市場など大きく云えば「信用市場」だった。実体経済はそうして供給された「信用」を資本増殖過程に投入し、新たな付加価値を作りだし(その付加価値の源泉は何か、と言う点は問題であるが、今はそのことは置くとして)、その配分を金利、配当などなどで貸し手に環流した。こうして貸し手と借り手の信用関係が成立したのである。

 しかし、少なくともアメリカではこうした借り手と貸し手の信用関係はもはや牧歌的な昔話の世界である。 

 アメリカが採ってきた「金融経済発展モデル」は、信用の創造と拡大を直接の目的とした。その方が手っ取り早く巨額の利益が挙げられたからである。しかしその利益は、実体経済の付加価値配分に基づかない、仮想利益である。(これは架空の利益ではない。仮想の、バーチャルな利益である。それが証拠に莫大な仮想利益がアメリカのGDPに産出付加価値として算入されている。)

 こうしてアメリカでは、金融経済発展モデルが要求する「信用需要」が次々に開発された。金融派生商品とかデリバティブとか呼ばれる新商品が代表的なものだろう。

 日本語ウィキペディア「デリバティブ」は、仮想経済社会の新商品としての金融派生商品を肯定する立場からではあるが、実に適切な定義を与えている。

デリバティブとは伝統的な金融取引(借入、預金、債券売買、外国為替、株式売買等)や実物商品・債権取引の相場変動によるリスクを回避するために開発された金融商品の総称である。デリバティブ(英 derivative)の原義は「派生したもの」で、金融派生商品ともいう。』

 つまりデリバティブとは、伝統的な金融取引(これを私は実体経済に基づく信用需要を中心にした貸し手と借り手の関係、と表現した)と切り離したところで成立する商品である。なぜなら、伝統的な金融取引にリスクはつきものであり、実体経済にともなう信用リスクを回避するとは、とりも直さず実体経済と切り離した市場で成立させる他はない。


 アメリカはすでに産業国家ではない

 この経済発展モデルを採り続ける限り、その運営モデルは信用拡大政策をとらざるをえなくなるのは必然だ。

 しかしながらー。 

信用拡大政策は、アメリカの経済的ファンダメンタルズと経済メカニズムの両方を変えてしまった。アメリカにとって「信用拡大」は経済発展のエンジンとして基本的国家政策である。』(前出)

 経済ファンダメンタルズと経済メカニズムの両方を変えてしまった、のはいつ頃か私には今跡づけられない。しかしアメリカがかつてのような産業国家でなくなったのは確かなことだ。

 例えば、アメリカ商務省の経済分析局<Bureau of Economic Analysis (BEA), U.S. Department of Commerce>が発表している資料に基づいて作成した「アメリカのGDP:産業分野別内訳 1998年から2010年」という資料を見てみよう。

 この表のカテゴリーで、従来型の第1次産業、第2次産業、第3次産業という分類をしてみると、第一次産業(この表では「農業、林業、漁業及び狩猟業」と「鉱業」のカテゴリーの合計に相当する)は、1998年にはすでにGDP約8兆7940億ドルの約2%に過ぎなかった。それが、2010年では3.3%を占めるに至っている。このカテゴリーのシェアが大きくなったようには見えるが、これはこの間の石油の値上がりで、「鉱業」のカテゴリーが膨れただけのことだ。もちろんアメリカの旧ロックフェラー系の石油元売り資本は莫大な利益を出した。「農業、林業、漁業及び狩猟業」のカテゴリーは、この間一貫してGDP全体の0.9%から1.1%を行ったりきたりしている。この間食糧エネルギー価格の大幅な高騰があったにもかかわらずだ。

 一方工業を中心とする第二次産業に分類できるカテゴリーは表では恐らく、「製造業」のカテゴリーだけだろう。

 1998年と言えばクリントン政権の2期目の2年目である。この時、すでに製造業のGDPに対する比率は、15.1%だった。その後アメリカ経済は、かつてのような勢いはないものの、リーマン・ショックにおそわれた翌年の2009年を除けば、表面上3%から6%の経済成長を見せている。

 しかし製造業の比率はその後も落ち続ける。99年には14.6%、2000年には14.2%、2001年には13.1%、02年12.7%、03年12.3%、04年12.5%、05年12.4%、06年12.3%。07年12.1%、08年にはついに12%を割り込み11.5%、09年11.2%、2010年は若干持ち直して11.7%となった。

 この商務省のデータに付属している資料では、すでに伝統的な1次産業、2次産業、3次産業という分類は行ってない。そのかわりに、「民間物品製造産業」、「民間サービス供給産業」、「情報・通信・技術供給産業」という分類になっている。

 この民間物品製造産業には、農業、林業、漁業、狩猟業、鉱業、建設業、製造業といったカテゴリーが含まれている。従来の分類ではほぼ、1次産業と2次産業に相当する。(西側先進国にふさわしいカテゴリー分類で、従来型の分類はもう時代に合わないということだろう。だが本当にそうか?)

 この民間物品製造産業というカテゴリーを見てみても、98年23.5%、99年22.9%。2000年22.8%、01年21.9%、02年21.1%、03年21.1%、04年21.5%、05年21.6%、06年21.6%、07年21.4%、08年20.9%、09年19.5%、10年19.9%と着実に比率を下げている。


 アメリカ全体に浸透する金融業

 上記分類に入っていない連邦政府と州政府・地域政府による行政サービスによるGDPへの貢献も重要だ。行政サービスによるGDPはほぼ12.5%を占めていた。それがリーマン・ショックを境にして13%台に上がる。

 さらに興味深いのは、行政サービス全体に占める連邦政府の比率である目立たないながら、一般の印象とは逆に連邦政府の比率は落ちているのである。州政府やさらにそれより下位の自治対政府の比率が上がっているのである。別ないいかたでいうと、連邦政府は徐々に自分の負担を州政府以下に負わせているのである。そしてこの資料からは明らかではないが、ほとんどの州政府や自治体政府は借金でその行政サーボスをまかなっているという点が重要である。これは危機が連邦政府よりも州政府・自治体政府により深刻に訪れていることを意味している。

 アメリカは98年すでに、「金融・保険・不動産・レンタル・リース業」のカテゴリーで産出するGDPが全体の19.3%を占めていた。その比重は製造業とは逆にアメリカ経済の中で重みを増していく。2001年に20.1%に達すると、2009年・2010年には21%に達している。しかも08年のリーマン・ショックの影響でアメリカのGDPはこの商務省の統計によっても、09年−1.8%とマイナス成長だったにもかかわらずこのカテゴリーは、対前年比2.2%と伸びている。金融機関が軒並み大規模な赤字を出し、完全に不動産バブルがはじけた当時の状況においても、である。

 日本語ウィキペディア「ビル・クリントン」は、『アメリカ経済の中心を重化学工業からIT・金融に重点を移し、第二次世界大戦後としては2番目に長い好景気をもたらし、インフレなき経済成長を達成した。』と書いているが、実はクリントン政権の時にはすでにアメリカは重化学工業が主要産業ではなくなっていたのである。

 アメリカの「信用拡大政策」、言い換えれば「逆立ちした信用創造政策」の実情は、先のGDPの推移表からは実は一端しか窺えない。

 たとえば製造業と目される企業の中で、その収益構造を見てみると、金融業と見分けがつかなくなっている大企業も多い。例えばニューヨーク証券取引所上場企業の中の最優良企業のひとつと目されているGEの2010年年次報告http://www.ge.com/ar2010/pdf/GE_AR10.pdfを見ると、同社の収入構造は、エネルギー・インフラ事業部門(原子力発電関連事業はこの中で行っている)、技術インフラ事業部門、NBC・ユニバーサル事業部門(2004年に3大テレビネットワークのNBCとユニバーサル・スタジオが合併し、GEの傘下に入った)、GEキャピタル、ホーム&ビジネス・ソリューションの5つの事業部門で構成されている。2010年の連結総収入は約1502億ドルだった。うち最大の事業部門はGEキャピタルで31.3%の約470億ドルを占めていた。それではGEキャピタルはどんな会社かというと、航空サービス産業から、不動産、エネルギー産業、個人金融、企業金融など幅広い分野で投融資を行う金融会社なのである。もちろん連結利益に占める比率も約11.5%と今なお高い。「今なお」といったのは、当然この部門はリーマン・ショックで痛手を負っているからだ。リーマン・ショック前の最盛期、2007年ではこの部門は全収入の39.1%を占め、利益構造からいうと約42.7%をこのGEキャピタルが稼ぎ出していた。(前出年次報告のp39を参照の事)

 アメリカを代表する製造業と見られるGEはいつの間にか半分金融会社になっていたわけだ。しかしGEの産出する付加価値は、分類上製造業に入る。アメリカの大企業に限ってみると、GEが例外的な存在とは言えなくなっている。多かれ少なかれみんな金融業に手を染めている。またこうした傾向は、何も製造業だけに限らない。アメリカの全産業を通じて言えることなのだ。

 また、アメリカ経済を貫く特徴は、金融経済が成長のエンジンとなっているのは産業界ばかりでなく、連邦政府・州政府・自治対政府といった「公共セクター」や「家計セクター」まで覆っているということだ。それはサブプライム問題に代表される住宅・不動産バブルやクレジット・カード漬けの家計経済が象徴的である。

 実体経済からの支払い能力を上回る、莫大な信用創造と拡大がアメリカ経済を支えているといっても決して過言ではない。


 09年実際GDPは5兆ドル?

 先に引用した大公の分析では、アメリカはこうした信用の酷使にために1985年には純負債国となった、という。そればかりでなく、その後アメリカの経済活動や社会活動は、完全に厖大な量の負債を基盤としてきており、アメリカの国家政策やその戦略的選択の基盤となってきた、という。

 その結果は深刻である。大公の報告書はいう。

 アメリカの金融システムは無数の金融商品を作ってきた。それら金融商品は、グローバルにドル資本を継続的に引きつけ(アメリカで発行されたドルは、アメリカの負債の支払いのために必然的にアメリカ国外に流出せざるを得ない。一説にはドルの70%がアメリカの国外に存在し、最大のドル保有国は中国、次が中東産油国地域、次が日本だという)、それらが殺到した。外国資本がアメリカの経済的生態系の重要な一部分を形成し、それらは信用拡大を通じての資本収入を(アメリカが)獲得するまさにそのシステムとして、(経済成長の)重要な駆動力となっている。しかしそのため生じた結果は深刻である。

(1) 社会資本は金融投機で働くようにしむけられている。物質的冨(実体経済の産出する実際冨)ではなく、仮想冨の追求が、アメリカの実体価値創造能力を弱めている。
(2) 信用活動(credit activities)は、実体経済の発展を支援するという適切な役割から逸脱してきた。社会における信用創造は主として(信用)市場に決定され(本来は逆でなければならないのに)、市場によって創造された余剰信用は、国の経済発展を危険に曝すホットマネー(投機資金)となっている。その上さらに、社会における信用を規制する政府の能力は、金融革新商品(の夥しい氾濫)によって大きく損なわれている。
(3) 金融システムが複雑な(貸し手と借り手の)信用関係で構成されている。そのことが信用リスク情報の非対称性やシステムリスクの蓋然性(システムリスクが起こりそうかどうか)に関する議論を一層悪化させている。(リスク判断がしにくくお互いがお互いを信用できない状態、すなわち信用危機、に陥っており、それに一層拍車がかかっている。)

 こうしてアメリカ全体が、返済の見込みのない「負債漬け」に陥ってしまった。大公によれば、2009年12月現在、アメリカにおける政府セクター、企業セクター、家計セクターの負債の合計は53.2兆ドル(1ドル=80円として4256兆円)にのぼるという。同じ時期アメリカのGDPは14.3兆ドル(1144兆円)だった。

 しかもこのGDPは先にも見たように相当の仮想経済による付加価値生産を含んでいる。大公によればこうした仮想経済による付加価値生産を取り除いて考えれば、アメリカの実体経済によるGDP産出は2009年、わずか約5兆ドル(400兆円)に過ぎないという。(この根拠については私はわからない。しかし実体経済によるGDP産出が14兆ドルを大きく下回るであろう事は容易に想像がつく)

日本には約1000兆円にものぼる公的負債があるとされる。これは事実だが、家計セクターはアメリカと違って黒字である。恐らく、公的負債の2倍、すなわち2000兆円の資産があるのではないか?これが日本の国家信用を支え、アメリカの人為的要素以外には、これが円高の一つの要因になっているのだと考えられる。GDPとの比較は、公的負債だけではなく、公的負債・企業負債・家計負債の合計と比較されるべきである。)


 不可能な実体経済回帰

 それではアメリカの経済が仮想経済から、実体経済へと回帰しつつ経済成長を続けていくことはできるだろうか、という疑問が当然のように湧いてくる。

 大公は、それは不可能だ、と結論する。

 これまで見たように、アメリカが実体経済に回帰するためには、「信用経済成長モデル」をやめ、信用拡大政策を運営モデルとすることをやめなければならない。しかしこのことは、アメリカの消費や生活水準を5兆ドルの実体経済規模に見合った水準に切り下げなければならない。今のアメリカはもし大公や私の見方が正しいものとするなら、世界中から借金しまくって贅沢な暮らしをしている寄生階級のようなものだ。

 しかしそのアメリカもさらに詳細に見てみれば、借金しまくって贅沢な暮らしをしているのは、ニューヨーク・ウォール街に集まる人たちのスローガンを借りれば「ほんの1%」の階層なのだ。アメリカの人口の約2割から3割は相対的貧困層と見られる人たちだ。つまりこれ以上全体の生活水準を切り下げられないところまできている。

 アメリカは、従って「信用経済成長モデル」を辞めるわけにいかない。この信用経済成長モデルを辞めるわけにはいかない理由がもうひとつある。アメリカが世界覇権をこれまで維持してきたのは、覇権主義政策を維持してきたからに他ならない。(別な言い方をすれば、帝国主義政策といってもいいかもしれない)ところがこの覇権主義政策は単に軍事コストばかりではなく、様々な関連コスト(たとえば、国務省関連予算やエネルギー省、退役復員省など幅広い予算を含む)をなどコストのかかるものだった。「信用経済成長モデル」を辞めるということは、覇権主義政策も辞めるということになる。

 これはアメリカにとって選択しがたい政策だ。従ってアメリカはその国家的経済政策として「信用経済成長モデル」を継続することになる。しかし、この経済政策を持続する限りアメリカに実体経済が回復する可能性は限りなく小さくなる。表面的な(仮想的な)GDP成長は望めても、持続的な雇用は拡大しないし、第一借金は増え続けることになるだろう。

 アメリカの支配階級にとってもこのことは織り込み済みのようだ。たとえば外交問題評議会・理事長、リチャード・ハースは今からほぼ1年前、「50年のアメリカと日本:その弾性と更新(The United States and Japan at 50: Resilience and Renewal)と題されたシンポジウムの基調講演で、アメリカ経済の今後に触れて次のように述べている。

経済問題がこの国において最大の関心事であることは説明に難くありません。私たち(の経済)は、極めてのろくさい成長です。1%−2%の幅を下回っています。いつものごとく、経済専門家の間に議論はあるというものの、私は、表面に現れた見方も、コンセンサスがあるというわけではない、といって置きましょう。しかし、私がやりとりしているほとんどの経済専門家や金融専門家が示している支配的な見解は、今のレベルの成長は、今後もしばらくは頑固に持続するだろうということ、現在ののろくさい成長は、アメリカにおいて、しばらくの間、例外というよりも原則になりそうだと言うことです。』

『    頑固に持続すると言う点では失業もそうです。失業率は公式の統計では10%近辺に張り付いています。非公式の統計では、少なくともそれより50%は高いでしょう。(すなわち15%近辺)そして再び、私が話をする経済専門家や金融界の人々は、失業は極めて高いレベルにあり、これは控えめな言い方ですが、極めて高いレベルにあり、しばらくは頑固に続きます。』

  そしてこの2つのチャレンジ・セット(低経済成長と失業者問題のセットのこと)、あるいは問題にアメリカの負債問題があります。すなわちアメリカ連邦政府の財政赤字が毎年1.3兆ドルも積み上がっているという問題が、特にここ十年の間の問題ですが、存在します。』

 『  ですからこれらの問題、のろのろした経済成長、頑固に持続する失業、負債の積み上がり、これら見えている未来の問題を形容するフレーズとして、ワシントンDCやニューヨークでは「ニュー・ノーマル」(the new normal。新たな通常)という言い方が増えています。』
(以上<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/CFR/07.html>から抜粋)

 そしてハースはアメリカの国内経済問題こそが、アメリカの直面する最大の国家安全保障問題と言っている。

 大公の報告書公表とハースの基調講演は2010年秋のほぼ同じ時期になされているが、別々な角度からではあるが、ほぼ同じ認識をアメリカ経済に対して持っていることになる。

 そして現在最大の課題は、アメリカはこれまで通り世界から借金を続けられるかどうか、という点だ。

 アメリカに返済能力も意志もないとすると、世界から借金を続けられるかどうかという課題は、アメリカは世界から「価値の収奪」を継続できるかどうか、という問題に置き換わる。

 日本のTPP参加問題はこうした観点からこそ眺めなければならないだろう・・・。


(以下次回)