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クーリッジの云う「世界平和の維持」と云うのは右の如き意味の平和である。米国や英国の云う「戦争阻止」と云うのは右の如き意味の戦争阻止である。
従って、彼らは、「結局戦争を誘発」する危険あるものとして、独り、軍備の競争、就中「建艦競争」のみを強調する。しかし乍ら、「結局戦争を誘発」する最大の危険物は、軍備そのものではなくて、実は領土(資源及び販路の独占を含意した)の不均衡極まる「独占」にある。
たとえば最近国際連盟が調査したところによると、北アメリカ州は世界人口のわずか6.6%をしめるに過ぎないが、その原料及び食料の産出は世界の28.7%を占めており、豪州は同じく人口の0.5%に対し、原料及び食料は1.6%を占めている。之に反し、アジア州は世界人口の53.3%を占めながら、その食料及び原料産出高は世界の21.9%を占めるに過ぎない。しかも北アメリカ及び豪州はアジア人の入国を拒否しているのである。更にまた、今重なる国の人口と領土をとを見るに別表の如く、英帝国や、米合衆帝国の領土は、日本の16倍乃至50倍を擁し、しかもその人口密度は、一平方マイルにつき日本が309.5人の過多を有するに対し英米はわずかに30人内外に過ぎない。日本やイタリアやその他が、人口の過剰と資源の欠乏と販路の狭小に困っているとき、彼らは、斯様な贅沢な領土を独占して、奢侈な生活に陶酔しているのである。宛も国内に於いて貧富の差が甚だしく、少数大資本家の驕奢な生活のために、民衆の生活が著しく圧迫せられる時には、反資本家的戦闘が戦われる如く、斯くの如き国際的領土と人口、乃至は人口と資源の不均衡極まる独占は又、戦争を醸さざるを得ないのである。
世界主要諸国領土及び人口表
(高橋亀吉「軍縮提議の経済的解釈と日本の立場」本文中別表)
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国名 |
本 国 |
帝国線計 |
面積 |
人口 |
人口密度 |
面積 |
人口 |
人口密度 |
日本帝国 |
148,706 |
58,481 |
392.04 |
260,738 |
80,704 |
309.50 |
英帝国 |
95,041 |
44,147 |
464.03 |
13,406,103 |
441,595 |
30.90 |
米合衆帝国 |
- |
- |
- |
3,742,583 |
118,649 |
31.70 |
露帝国 |
- |
- |
- |
8,273,130 |
133,442 |
16.10 |
仏帝国 |
212,659 |
39,430 |
184.40 |
5,817,797 |
99,525 |
16.90 |
支那帝国 |
1,532,420 |
375,000 |
244.70 |
4,277,170 |
400,800 |
93.70 |
オランダ |
13,205 |
7,087 |
563.30 |
961,569 |
47,001 |
59.30 |
イタリア |
117,982 |
38,836 |
329.10 |
708,847 |
40,889 |
57.70 |
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面積は平方マイル、人口は千人、人口密度は1平方マイルあたり。 |
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この表の作成者高橋亀吉は、註に「米国ワールド新聞社発行の1925年度版アルマナクに主として由る」としている。 |
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「露帝国」は少しおかしい。というのはすでにロシア革命後で「ソ連」が成立している。しかし案外この見方、「露帝国」の方が正解なのかも知れない。特にスターリン主義のソ連とは実際には「露帝国」だったのかも知れない。 |
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「米合衆帝国」という言い方は実に当を得た新鮮な響きがある。高橋亀吉はこの用語を本文中でも使っている。「米合衆帝国」が、米ワールド新聞社の原表にあったのか、高橋独自の用語なのかは確認出来ない。 |
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原文中別表は縦書き・漢数字なのでエクセルに移し替えた。 |
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云うまでもなく、斯くの如き不均衡極まる世界領土の分割は、人類に「平和」をもたらす筈はない。なるほど、英米の如き大帝国主義国に於いては「人類は平和」を皷腹し得るかもしれないが、日本、イタリア、支那その他の小国乃至被圧迫国に於いては、人類の多くは犬にも劣った生活に苦闘しつつあって、そこの何処に「平和の咲き出づる沃土」があろうぞ。
米国及び英国の如き大帝国主義圏の云う「世界平和」というのは、斯くの如き各国国内の暗黒面はこれをその国々の中に押し隠して、国際間にだけ「平和」を維持しようというのである。之れ、宛も国内に於いて労働階級や小作人階級の生活苦がいかに甚だしいかということは、これをそのままに放っておいて、否、之は依然「政治的力」を以て不人情に圧迫しておきながら、独り、労働者対資本家の間、乃至は小作人対地主の間に飲み、「人情的平和」を主張し、ソレコソ「誠心誠意」その平和維持のために努力する、ソコラ辺りの「紳士的」大資本家と全く同じ「平和」の愛好者である。
米国と英国(今度のクーリッジの軍縮提唱に於いても英国と予め打ち合わせ済みのことだとの新聞電報である)とが、軍縮に熱心なる所以は、以上によって、大体に誰にも看取出来るであろう。而して、宛も脛に傷を持つ泥棒が、神経過敏に、常にビクビクする如く、彼らがその厖大な、人口希薄な、資源に豊富な領土の独占を続けようとすればするだけ、彼らには外の領土狭小な強国の侵略が、常に悪夢の如くつきまとうのである。
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この高橋の議論は取りようによっては、「大東亜共栄圏」の正当化理論のようにも取れる) |
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