【参考資料】ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ 2012.2.12

<参考資料> 放射線生態学上の問題
-ユーリ・バンダジェフスキー 2008年
 


放射線生態学の視点

 2008年にリトアニアの民主政治研究所<The Institute of Democratic Politics (Lithuania)>が発行したユーリ・バンダシェフスキー編集による論文集からの引用である。この論文集はこの年2008年10月に開催される予定のチェルノブイリ被害者支援の目的をもった国際学会の発表口演抄録集の性格を持つものだと思う。

 バンダジェフスキーの編集になるこの論文集の緒言に加えて、彼自身2番目に「放射線生態学上の問題」(“Radio-ecological problem”)と題する論文を収めている。この論文集は合計17本の論文を収録しており、多くは原発問題(原子力エネルギー問題)を主として生態学上(Ecology)の観点から論じている。

 ひとつ注目しておいていいのは、この論文で彼が使っている肩書きだ。彼は「放射線、生態学及び公衆保健、生態学及び健康研究センター基金」(Radiation, Ecology and Health of People, Foundation of the Ecology and Health Research Centre)教授、の肩書きを使っている。この聞き慣れない名前の研究所の趣旨は、この論文の最後の方で彼自身が説明している。

 なおこの記事は、バンダジェフスキー論文の翻訳を目的としたものではない。この論文の中で彼が主張していることを、私自身が理解するための記事だ。従って論文で記述されていることを理解するために必要な私自身のための背景情報や基礎知識も書き込んでいる。この論文を読みこなすレベルの人には常識でも、私にとっては全く新しい知識や情報であることが多い。

 従って、この記事は、論文本文以上に長くなる。また私は専門の医学者でもなければ、専門に訓練を受けた研究者でもない。あくまで広島に住む一介の市民に過ぎない。だからといって術語や専門用語の日本語化に手を抜くつもりはないが、手抜かりは必ずあると思う。ご容赦願いたいし、誤りがあればご指摘いただきたい。心から感謝する。

 論文の直接引用箇所は『 』でくくった。『 』以外の箇所は私の地の文章である。またバンダジェフスキーは論文のタイトルと中見出しを入れている。その箇所は大きめのゴシックの太字にして( )に英語原文をいれた。青字の見出しは、私が後で自分の検索用にいれたもので、原文にはない。

 また、バンダジェフスキーはこの論文で8点の図版を使用している。それは原図のママに挿入したが、その図版を理解するための私の注意書きを入れている。その部分は赤字にしてある。



 放射線生態学上の問題(Radio-ecological problem)

 「放射線生態学」(Radioecology)という訳語は、研究社英和大辞典(第6版 2002年)によった。同辞典によると「生態学的にみた生物環境と放射性物質との相互関係に関する研究」と説明している。英語Wikipedia“Radioecology”は、「放射線生態学とは生態学の一分野で、放射線物質が自然界の中でどのような相互作用をしているかを研究する。すなわち。
 ・ 食物連鎖や生態系の中に、放射性物質が移動したり取り込まれたりすると、様々に異なるメカニズムにどのように影響するか。 

 放射線生態学における調査は、現場標本採取の様態、意図的な現場及び研究室での実験、予測シミュレーションモデルの開発などを含む。

 この科学はその他のもっと基本的で伝統的な分野からの技術を結合している。こうした分野は物理学、化学、数学、生物学そして生態学などであるが、放射線防護の観点を応用して用いられている。放射線生態学の研究は、被曝線量推定の基礎や人間の健康や環境に対する放射性物質汚染(放射能汚染)の評価(体系)を形作る」

 こうしてみると、この学問は極めて学際的な総合科学であり、最終的には電離放射線の悪影響から人間や生物を含む環境をいかに防護するかを最終目的にしていることがわかる。

 日本には「日本放射線影響学会」があって、その会員有志の中には、「放射生態学」と訳語をあてている人もいる。(例えば<http://web.me.com/taizonakamori/taizo/Radioecology.html>)
 
 しかし、この訳語はおかしい。どの定義においても放射性物質(それはほぼ人工放射性物質を意味している)と環境や生態系との関係を学問対象としていることは明白である。この場合、最大の問題となるのは人工放射性物質の「電離放射線」の影響である。つまり「放射線生態学」とは環境や生態系と「電離放射線」の関係を研究する学問分野だ、といっていい。その肝心な放射線を「放射」と訳してみるとまるきりこの学問分野の研究対象が不明瞭になってしまう。(あるいはこの目的で“放射生態学”の訳語を当てたのかもしれない)

 「生態学」(エコロジー)という時、もちろん「ヒト及びヒト社会」はその重要な構成要素として含まれている。人間社会は自然の一部だ、という考え方が基本にある。こうしてみると、欧州放射線リスク委員会(ECRR)勧告(2010年2003年)には色濃くこの「生態学的観点」が含まれているのに対して、国際放射線防護委員会(ICRP)の諸文献や勧告には全くといっていいほどこの観点が含まれていない。ICRPでは「自然や環境」と「ヒト及びヒト社会」は対立する概念であり、自然は「ヒト」にとって克服し征服する対象、そこから利便や利益を獲得する対象と考えていることが読み取れる、ことに気がつく。


まず大気圏核実験の影響

 もちろんこれから、理解しようとするユーリ・バンダジェフスキーの視点や観点は徹底的に「生態学的」である。さてバンダジェフスキーが何をいっているか見ていこう。

 『  人々の健康に影響を及ぼしている生態学的環境は人間社会の発展を支配している。』

 いきなり中断で申し訳ないが、「支配する」という言葉は、英語の原文では“regulate”を使っている。この言葉は、「律する」とか「規制する」とか「規定する」とかの日本語をあてることが可能である。後にも出てくるが、バンダジェフスキーが、放射能に汚染されたベラルーシの環境がいかにベラルーシの「人間社会」の発展を妨げたか、について述べていることを考え合わせると、「人間社会」が「生態学的環境」を支配しているのではなく、事実はその全く逆だ、という思いが込められているのがわかる。そこでここには「支配する」という日本語をあてた。

 『  環境守る、従って人々の健康を守るという点においては相当な進展が見られるにもかかわらず、深刻な環境問題を抱えている諸国が存在する。とりわけ旧ソ連諸国がそうである。』

 「深刻な環境問題を抱えている諸国」の中に「フクシマ放射能危機」の渦中にあり、それが始まったばかりの日本が加えられることは確実だろう。

 『  軍事面や経済面で西側諸国に追いつき追い越そうとするあまり、旧ソ連の指導者たちは環境に対して、従って人々の健康に対して命にかかわるほど有害な影響をもたらす産業技術を不可避的に導入した。

 とりわけソ連邦によって実施された核実験をその考慮にいれるべきである。

 20世紀の60年代に始まったベラルーシ、リトアニア、ラトビア、エストニア、ウクライナ及びロシアの広大な領土内での放射性元素による汚染はそのような所業の結果である。

 これら諸国の人口集団は、存在する放射性要因に関して何の情報もなかった。そして当然のごとく、その影響から自らを防護するなんらのすべももたなかった。』

 旧ソ連の核実験は、1949年現在のカザフスタンのセミパラチンスク核実験場で開始された。日本語ウィキペディア「セミパラチンスク核実験場」によれば、この実験場が1991年8月29日に閉鎖されるまで、116回の地上核実験と340回の地下核実験、合計456回の核実験が行われたという。その核被害はカザフスタンなどの中央アジア諸国ばかりではなく、ロシアはもちろんウクライナ、ベラルーシやリトアニアなどバルト三国にまで及んだ、とバンダジェフスキーはいう。しかし彼が念頭に置いていたのは、セミパラチンスク核実験場よりもむしろノバヤゼムリア核実験場かもしれない。日本語ウィキペディア「ノヴァヤゼムリャ」によれば、1955年以来水中・大気中・地下も含めて合計224回の核実験が行われている。史上最大の核実験と言われている核融合爆弾「ツァーリ・ボンバ」の実験もここで行われた。こうした気でも違ったのではないかと思うほどの核実験の影響をバンダジェフスキーはまず指摘している。

 『  1960年代を手始めにして、莫大な量のセシウム137核種が、永年にわたって、前述の諸国の住民に消費される食品の中に観察された。(Marey, A.N.1974年他、Rusyaev, A.P1974年他、V.I. & Gurskaya, N.V.1974年他)』(図1参照の事)

上が論文に掲げられた図1である。「村落の日常食品に含まれたセシウム137の含有量」が、ロシア。ベラルーシ、ウクライナ、リトアニアの4カ国で調査された結果を示している。1963年に大気圏核実験禁止条約(部分核停条約)が発効したが、その直後からセシウム137の含有量がいずれの国においても下がっている。

この表には明示されていないが、いずれも食品1kgあたりまたは1リットルあたりの含有量だと見られる。ここで使われている単位pCu(ピコキュリー)は、10-12である。1キュリーは3.7×1010ベクレルなので、1ピコキュリーは3.7×10-2ベクレルということになる。従ってこの表で「50」は1.85ベクレル、「200」は7.4ベクレル、「450」は16.65ベクレルということになる。現在の日本の汚染基準値を念頭において見て欲しい。


 『  牛乳はベラルーシやバルト諸国の住民の間で、比較的高いセシウム137を体内に形成する基本的製品の一つである。「牛乳セシウム地図」が作成された。それではベラルーシのゴメリ地区で、1967年から1970年の間、最大のセシウム137蓄積が観察された。』(図2参照の事)


 上図は図2の「牛乳セシウム地図」。1960年代のベラルーシの様々な地区における牛乳セシウム137蓄積。バンダジェフスキーの説明ではゴメリ地区が最大の蓄積を示していた。なおゴメリ地区は下図「ベラルーシの主要な都市」で、州都ゴメリ(ホメリ)を中心とする地域である。




 核実験の放射能に重なるチェルノブイリ事故の影響

 『  1986年のチェルノブイリ事故は、すでに(核実験のために)存在していた幾つかの欧州諸国における人口集団に対する放射線の影響をかなりの程度強めた。とりわけベラルーシに対してそうであった。

 チェルノブイリ事故後の1992年におけるベラルーシ領土のセシウム137蓄積地図は、1974年に公刊された1960年代のそれら放射線蓄積地図にほぼ一照応する。』(Marey, A.N. その他、1974年)

 チェルノブイリ事故でもっとも汚染された地区はベラルーシのゴメリ地区だ、ということは私も学んではいたが、バンダジェフスキーによれば、それ以前の核実験ですでにゴメリ地区はもっともセシウム137に汚染されており、チェルノブイリ事故での汚染はさらにそれを幾層倍も強めたということになる。論文で引用されている1992年における「ベラルーシ領土セシウム137汚染地図」が下図・図3である。

図3は1992年時点のベラルーシ領土セシウム137汚染地図である。非常に読みにくい。

それに対して上の図は、事故10年後の1996年時点におけるセシウム137の汚染状況である。(英語Wikipedia“Chernobyl disaster”「チェルノブイリ大惨事」から引用して加工)これを見ると、ベラルーシのゴメリ地区がもっとも汚染していることがわかる。と、同時に事故後10年経過してもセシウム137の蓄積が非常に高く、人が住むべき環境ではなかったことがわかる。

 『 ベラルーシやその他の国で、放射性物質による人々の健康影響について大ピらに話すことができるようになったのは、1986年チェルノブイリ事故後、ただひたすら西側諸国の諸機関が取ってくれたアクションのおかげである。』

 このバンダジェフスキーの報告も極めて興味深い。というのは、現在福島では、国・県・自治体あげての「放射能安全神話」の大合唱と被曝の押しつけ強制があり、放射能に影響について大ピらに語ることについて憚られる一種異様な雰囲気があるという。「放射能は人体に悪影響がある」といおうものならまるで「非国民扱い」をされると現地のメールから知った。また小さな子供を連れた自主避難者は親戚・知人からまるで「逃亡者扱い」をされると、広島に避難をしてきている若い母親から聞いた。

 原子力利益共同体とべったりくっついた政府権力というのは、いつでもどこでも同じような悪辣なことをする。 


人口統計上の問題と人々の健康(The demographic problem and people’s health)

 『 1960年代を手始めとして、ベラルーシの死亡率は常に上がり続けてきた。その一方で出生率は常に下がり続けてきたのである。』(図4参照の事)


上が図4。1950年から2004年までのベラルーシの死亡率と出生率の推移グラフである。縦軸にとってあるのは、人口1000人あたりのそれぞれの数字である。1963年が大気圏核実験禁止条約(部分核実験禁止条約)が発行した年。1986年がチェルノブイリ事故発生の年。1991年が旧ソ連崩壊、ベラルーシ独立承認の年である。バンダジェフスキーはこの図を2006年に公表されたベラルーシ政府公衆健康省の統計から引用していると見られる。(Public Health Service and Medical Science in Belarus. Statistics of the Ministry for Public Health Service of the Republic of Belarus. December 1, 2006.)



 私も最新の国連人口統計年鑑(United Nations. Demographic Yearbooks)とベルスタット研究所のベラルーシ統計年鑑(Statistical Yearbook of the Republic of Belarus 2007, BelStat, Minsk, 2007)を使って、ベラルーシの死亡と出生、人口自然増減のグラフを作成してみた。それが以下である。このグラフでは出生、死亡、自然増減の絶対数が縦軸にとってある。


 縦軸の目盛りの取り方が違うが、バンダジェフスキーの引用したグラフとほぼ同じ推移である。(当然のことではあるが)

ただ図4では、1950年からスタートしているが、私の作成したグラフでは1960年からである。これは50年代の数字が全て推計であったためだ。死亡の増加、出生の減少は図4で見ると60年代にスタートしている。これは私の作成したグラフでも確認できるが、図4ではもっと明白になっている。

 「ベラルーシは旧ソ連の核実験で放射線生態学上の被害を受けていたが、チェルノブイリ事故はそれを増幅した」というバンダジェフスキーの記述と考え合わせてみると、恐らく次のことが言えるのではないか。すなわち-。

 ベラルーシは核実験の放射能のために国土が汚染され、そのために出生減少、死亡の増加、従って人口の自然減少が始まった。1963年大気圏核実験禁止条約が発効し、曲がりなりにも、アメリカ、ソ連、イギリスの大気圏核実験は止まった。そのため、ベラルーシの死亡の増加、出生の減少に歯止めがかかりはじめた。これが恐らくは1970年代を通じての現象であった。ところが1986年のチェルノブイリ事故による放射能はベラルーシに致命的なダメージを与えた。それが90年代に入っての急激な悪化になって現れている。

 「フクシマ放射能危機」に直面する私たちにとってはよほど真剣に考えなければならない問題だ。というのは「死亡」にしても「出生」にしても、それは単に一つのエンドポイントに過ぎないからだ。言い換えれば、事態が「死亡増加」となって表出するにはそれの何層倍もの健康損傷が発生していると見なければならないということだ。様々な健康損傷の一つの、しかし破滅的な結果が「死亡増加」である。「死亡増加」はさらに大きな人々の「健康損傷」という氷山の一角にすぎない。「出生減少」はさらに深刻で大きな氷山が水面に隠れていることであろう。

 心臓血管系で高い死亡率

 ともかくバンダジェフスキーのいうことを聞いてみよう。

 『その結果として、人口動態インデックス(demographic index。バンダジェフスキーは出生率と死亡率の差違、と論文中で説明している)は1994年以来マイナスとなった。すなわち2003年では-5.5%、2005年では-5.2%にまで落ち込んでいる。』(図5参照の事)

上が図5。「ベラルーシの人口動態インデックス」。このグラフ横軸の最終年が2005年である。

ベラルーシの男性・女性の両方の寿命(duration of life)は同様西側諸国のそれと比べると短くなっている。』(図6参照のこと)


左が図6。「フランスと比較した時のベラルーシ男女の平均余命」。(”duration of life”を寿命としてので“life expectancy”を余命とした。このグラフの場合意味合いは全く同じである)太い実線がベラルーシの男性、破線が女性。細めの実線がフランスの男性、破線が女性。1960年代半ばではベラルーシとフランスはほぼ同じ状況だったが、フランスは男性・女性とも右肩あがりに上昇を続けているが、ベラルーシは男性・女性とも横ばいか下がり気味である。

人口集団における高い死亡率は、心臓血管系の異変(cardiovascular pathologies)及び悪性腫瘍(malignant neoplasms)に大きく関係している。それらの着実な増加が毎年認められる。出生率の減少は男性・女性間の再生システムの異常(male and female reproductive system disorders)及び子宮発達異常(intrauterine development pathologies)が原因である。』

 病理学者としてのバンダジェフスキーは、死亡増加の原因因子、出生減少の原因因子についてかなり断定的なものいいをしている。これは、この文末に論文の参照文献として自分の研究論文をあげており、こうした断定的ものいいには十分医学的確信があるのだと思う。なお、ここで「子宮」といっているのは英語原文では「intrauterine」と表記されており、特に胎児期の子宮を指す言葉である。従ってここでは、受胎後の「子宮」に異常や異変が起こっていると解釈するのが妥当だろう。

旧ソ連諸国の発病率は、西側諸国のそれと比較すると劇的なまでに悪化している。』(図7及び図8参照の事)


 上図は図7。「人口10万人あたりのヨーロッパにおける虚血性心疾患(ischemic heart disease)発病率 1993年-1994年」。出典は「ヨーロッパの人口集団の健康 1995年」。表は上からベラルーシ、ロシア、エストニア、リトアニア、ウクライナ、ポーランド、イギリス、ドイツ、スエーデン。虚血性心疾患は、日本語ウィキペディア「虚血性心疾患」によると「冠動脈の閉塞や狭窄などにより心筋への血流が阻害され、心臓に障害が起こる疾患の総称である。」ということで要するに何のことかわからないが、実は狭心症や心筋梗塞などが代表的な病気である。

上は図8。「EU諸国における心血管疾患(cardiovascular disease)の発生 男性人口集団の死亡率」である。人口集団10万人に対しての人数である。「心血管疾患」も心臓・血管など循環器の疾患で極めて幅広い病気を含んでいる。

 セシウム137の蓄積が悪影響

セシウム137の人体各器官への蓄積が決定的に重要なシステムに悪影響を与えていることが判明している。決定的に重要なシステムとは主として、心臓血管(cardiovascular)、内分泌物やホルモン再生産器官(endocrine reproductive)、消化器系、泌尿器系及び免疫系(digestive, urinary and immune systems)、視覚器官(organs of sight)、胎児期の子宮発達(intrauterine development of the embryo)などである。』(Bandazhevsky, Yu.I. 1995年、2003年他).

 なおここで使われいる「胎児」のもとの英語は「embryo」であり、「胎芽」と訳してもよかったが、特に受胎後8週間目の終わりまでの胎児あるいは胎芽をこの言葉で呼ぶようである。


最大の危険は主として放射性元素、とりわけセシウム137を含んだ食品の消費にある。
(The greatest danger primarily lies in consumption of foodstuffs containing radioactive elements, and first of all 137Cs.)

 このような病気や死亡など、健康損傷の原因はどこにあるかといえば、バンダジェフスキーの研究では、放射性物質、特にセシウム137を体内に取り込んでしまうことにある、それは汚染食品摂取による体内被曝だ、と主張する。

われわれは根拠の確実な、セシウム137に関する以下の見解をもっている。

1) その核崩壊の過程のため体内で発生する突然変異(mutation)の源泉となっている。
2) 体内での規律的なプロセスを破壊する因子であり、潜伏している遺伝子の病理的素因を基盤にした病的なプロセスの創発(the emergence)や病気そのものを助長する因子。
3) 細胞エネルギー器官を破壊するため大きな集積においては、決定的な臓器に有毒な病変を引き起こす』

 ここでバンダジェフスキーは自身の病理学的な研究結果から、セシウム137が体の中に入った場合、どんなことが体の中で起こるかについて3点あげている。

1)の「突然変異」の源泉、根本原因となっているという意味は、セシウム137に限らないが一般の放射線核種についてあてはまる事柄をいっているのだろう。すなわちセシウム137の核種が体の中に入った場合、セシウム137はベータ崩壊という核崩壊を起こす。
いつも私がお世話になっている原子力資料情報室のサイトの記述によれば、「ベータ線を放出してバリウム-137(137Ba)となるが、94.4%はバリウム-137m(137mBa、2.6分)を経由する。バリウム-137mからガンマ線が放出される。」(<http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/13.html>)

 セシウム137はベータ崩壊をしてバリウム137mになる。(核壞変する)その時大量のベータ線を放出する。その時の放出エネルギーは100万電子ボルトである。このベータ線がもつエネルギーは、体の中では電離エネルギーとなって、人間の細胞を構成する分子や原子から、それらを構成する電子を奪ってしまう。これがいわゆる電離作用だ。

 電子を奪われた原子や分子はもとの性質を保てないから、細胞の突然変異の原因になる。
またその細胞が染色体細胞であれば、飛び出した電子が染色体自身を傷つけ、これも細胞の再生産の際、突然変異の原因となる。

 ここでバンダジェフスキーがセシウム137を特に取り上げるわけは、この核種の放射エネルギーが100万電子ボルトと大きい上に、原子炉から大量に飛び出してくるからだ。さらに、半減期が30年以上と比較的長い。ということは長期間にわたって影響を与え続けると言うことでもある。仮にセシウム137核種が体外にあれば、それは取るに足らない。ベータ崩壊のエネルギーは大きいかもしれないが、飛ぶ力(飛程力)は短いからだ。空気中では精々2-3cmも飛べばその全エネルギーを使い果たしてしまう。さらに抵抗の大きい水中では1cmも飛ぶことができない。だから体の外にある限り、セシウム137はさほど大きな健康損傷をもたらさないだろう。しかし体の中に入ってしまえば、話は全く変わってしまう。たとえ飛ぶ力が1mm以内でも、細胞の大きさからいえば、十分細胞に損傷を与える飛程力だからだ。電離エネルギーも大きい。電離作用によって、細胞は十分に突然変異を起こす。

 2)はいったいどんなことを言っているのだろうか?遺伝子はさまざまな病気になりやすい素因(病理的素因)をもっている。たとえば糖尿病になりやすい素因とか虫歯になりやすい素因とかである。しかしその素因は常に顕在化しているわけではない。糖尿病にかかりやすい親からその性質を受け継いでいたとしても、必ず糖尿病になるわけではない。多くの場合潜在している。セシウム137はそうした潜在的な病理的素因を顕在化させる性質を持っている、とバンダジェフスキーは言っている。そればかりではなく、セシウム137は体内で行われる様々な規律的な働きを破壊すると言っている。

 3)は、個々の細胞がその活動維持に必要なエネルギーを自分の細胞の中で作る機能を持ちそのための器官(ミトコンドリア)をもっているのだが、セシウム137はそのエネルギー産出機能や器官を破壊する、といっている。エネルギー産出のできない細胞は、やがて死ぬしかなくなる。(類壊死)

 放射線医学では、単に染色体に傷がついて、細胞増殖がうまくいかないとか、自己修復機能があるので大丈夫とかいっているが、病理学的なアプローチをしてみれば、放射線医学で言うほど、細胞損傷は単純なものではなく、細胞はセシウム137から様々な角度から、そしてもっとダイナミック(動的)に損傷を受けているのである。

 さてバンダジェフスキーにもどろう。

われわれの見解では、これがベラルーシ領土内で様々な多くの疾病の発病率が増加している主要な原因を構成している。

ベラルーシ人の人口集団における健康に関する直近の状況を分析してみると、人口統計学上の破滅的状況は、慢性的放射線被曝が進展していることにその原因があることを指し示している。』


公衆の健康保護(Protection of public health)

不幸にして、ベラルーシ政府当局は、公衆健康上、現存している放射線要素の悪影響問題を無視している。』

 ベラルーシは今なおかつ、アレクサンドル・ルカシェンコ独裁政権が続いているが、このベラルーシ政府当局を「日本政府当局」と言い換えれば、「フクシマ放射能危機」に直面している今の日本の状況にそっくりそのまま当てはまることが、私の焦燥をかき立てる。

このことは、ベラルーシ国家が採用している食品に含まれる放射性元素量に対する要求規制(PRL -Permissible Radiation Levels。許容放射線レベル。)によっても確認できる。これらの要求規制では、ベラルーシ市民の被曝を助長しておりまたこれまで述べてきたような病気の発症を助長している。』

 現在ベラルーシ政府がどのような放射線汚染規制を行っているかというと、別表「ベラルーシにおける食品と飲料水のセシウム137とストロンチウム90の制限値(RDU-99) 2006年」を参照して欲しい。水1リットル10ベクレル、乳幼児用食品1kgあたり37ベクレルなど、かつてと比べればかなり規制を厳しくしている。

 しかしこのような規制でもバンダジェフスキーから見れば、「市民の被曝を助長」し「病気の発症を助長」している、と批判されている。翻って現在の日本政府の規制は、ほぼ規制がないも同様だが、この4月1日から施行される予定の厚生労働省の規制「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令の一部を改正する省令及び食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件(食品中の放射性物質に係る基準値の設定)等について」を見ても、やっと現在のベラルーシ並かそれ以下ということになろう。乳児用食品1kgあたり50ベクレルは乳児に被曝せよ、というに等しい。しかもよく読んでみると、

「ⅰ 平成24 年3月31日までに製造、加工又は輸入された食品のうち、飲料水並びに牛乳及び乳製品にあっては200 ベクレル/kg を超える放射性セシウムを、それ以外の食品(米、牛肉及び大豆並びにこれらを原材料として製造、加工又は輸入された食品を除く。)にあっては500ベクレル/kg を超える放射性セシウムを含有するものであってはならないこととする。
米及び牛肉は、平成24 年9月30 日までの間は、500 ベクレル/kgを超える放射性セシウムを含有するものであってはならないこととする。
米及び牛肉を原材料として平成24 年9月30 日までに製造、加工又は輸入された食品は、500 ベクレル/kg を超える放射性セシウムを含有するものであってはならないこととする。
大豆は、平成24 年12 月31 日までの間は、500 ベクレル/kg を超える放射性セシウムを含有するものであってはならないこととする。
大豆を原材料として平成24 年12 月31 日までに製造、加工又は輸入された食品は、500 ベクレル/kg を超える放射性セシウムを含有するものであってはならないこととする。」

 と「経過措置」と称する抜け穴だらけである。これではとても被曝から市民は守れない。

 私たち市民は独自の基準を作って、スーパーなど小売店にこれを守らせ、妊婦、若い女性、乳児、幼児、思春期の少年少女などいわゆる放射線弱者の未来を守っていく必要があろう。ベラルーシ政府同様日本政府をあてにしていては、彼らを被曝から守れない、といことでもある。

放射線から人口集団を保護する問題を無視するのは、自らの健康を守るというあらゆる人権の侵害である。

この最も甚だしい例は、チェルノブイリ原子力発電所事故の処理に従事した人々に対する姿勢である。これらの人々は国家から、あらゆる社会的支援を奪われている。』

 チェルノブイリ事故の処理に当たった人たちは、兵士・警官・消防士・炭鉱労働者やその他一般市民数十万人から数百万人と見られる。彼らの多くは健康調査もされず、放射線被曝との因果関係は認められない、という建前から国家的補償や支援の枠外におかれている。バンダジェフスキーはこの点を、人権侵害のもっとも甚だしい例として指摘している。


「生態学及び健康研究センター」の創設
(Creation of the Ecology and Health Research Centre)

ベラルーシやその他の旧ソ連諸国の市民の健康に関する直近の状況は、世界世論の間で深刻な懸念を喚起した。この状況は民主主義的な協力原理に基づく国際社会の支援を通じてのみ解決しうる。しかしながら、前述の諸国における人口集団の被曝の結果を最小限にすることを目指した適切な措置の採用と実施には、国際社会が偏見のない科学的情報と科学的根拠に基づいた提案を必要とする。生態学及び健康研究センター基金(Foundation of the Ecology and Health Research Centre)はこうした問題に対する解答の一つである。』

 「偏見のない科学的情報」や「科学的根拠に基づいた提案」というのは、明らかに国際放射線防護委員会(ICRP)をはじめとする、国際原子力利益共同体のための学術ネットワークのフィルターを通っていない「科学的情報」や「提案」という意味であろう。彼らの提案や勧告に従っていては市民を被曝から守ることは到底できない。

同センターの活動の結果、国民経済の幾つかの領域で発展計画に関する特別な提言にも及ぶであろう。そこでは人々の健康保護と人口統計学上の問題解決に最大の注意が払われるだろう。

現状を変革するためには、人々の命に関するすべての視点を念頭に置きながら、包括的な科学的研究を推し進めることが必要である。現在の状況を評価するため異なる科学分野の専門家たちの関与が必須であり、それは人的資源の再生産分野での直近の破滅的状況の影響を診断するばかりでなく、問題に向けて可能な限りの解決策をも決定するであろう。

この仕事においては、世界中の異なる諸国、とりわけ欧州共同体からの医師、生態学者、経済学者、ビジネスマン、法律家などの参加が計画されている。』

 なおこの論文に関する参照文献は以下が記述されていた。

【参照文献】
1. Bandazhevsky, Yu.I. Pathophysiology of Incorporated Radiation, Gomel, GomelState Medical Institute, 1997.
2. Bandazhevsky, Yu.I. Pathology of Incorporated Radiation, Minsk, BelarusianState Technical University, 1999.
3. Bandazhevsky, Yu.I. Radiocaesium and the Heart (Pathophysiological Aspects), Minsk, Belrad, 2001.
4. Bandazhevsky, Yu.I. Pathological Processes in the Body during Incorporation of Radionuclides, Minsk, Belrad, 2002.
5. Bandazhevsky, Yu.I, Cs-137 Incorporation in Children’s Organs, Swiss. Med. Weekly, No. 133, 2003, pp. 488–490.
6. Bandazhevsky, Yu.I. et al., Clinical and Experimental Aspects of Effect of Incorporated Radionuclides on the Body, Gomel, 1995.
7. Bandazhevsky, Yu.I. et al., Structural and Functional Effects of Radionucludes Incorporated in the Body, Gomel, 1997.
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9. Bandazhevsky, Yu.I. Medical and Biological Effects of Radiocesium Incorporated into the Human Organism, Minsk, 2000.
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