広島市議会議長 任都栗 司(*にとぐり つかさ)
トルーマン前大統領への手紙 1958年3月1日

 
(*任都栗のカバーレターと抗議決議文の英語原文は以下:
http://www.trumanlibrary.org/whistlestop/study_collections/bomb/large/
documents/index.php?pagenumber=3&documentid=73&documentdate=
1958-03-12&studycollectionid=abomb&groupid=
 )

 <抗議決議文のカバーレター>

日本、広島県、広島市
1958年3月1日

ハリー・S・トルーマン様
アメリカ合衆国、ミズーリ州、インディアナポリス市
(*間違いなく、ミズーリ州、インディアナポリス市となっている。それにしてもよくトルーマンの手元に届いたものだ。)

親愛なるトルーマン様、

 あなたが最近なされた、広島と長崎に対する原爆攻撃及び水素爆弾に関する声明に関連した広島市議会決議の英語訳文を同封しておきましたので、どうか御披見ください。

 広島の人間たちは、原爆の苦痛に満ちた一撃に実際苦しんでおりますが、当然のごとく、核兵器の道徳的側面に対して鋭く感じやすいのであります。あなたの声明がわれわれの議論を呼び、あなたの考慮のためにこの決議文を送らねばならないことは、大変残念に思っております。
敬具

                                                  任都栗 司
                                              広島市議会 議長


 <広島市議会 抗議決議文 1958年2月13日 >
 トルーマン米大統領の放送に対する抗議声明決議


 二十数万の犠牲の苦しみの中に生きて来た広島市民は、世界平和の礎となることを崇高な義務とし、いかなる理由によるとも、世界のいずれの国も、地球のどこのだれの上にも核兵器使用の過ちを繰り返させてはならないと確信している。

 しかるに、広島、長崎の原爆攻撃を指令したあと、何ら良心の呵責を感ぜず、今後も万一の場合、水爆を使うというトルーマン米大統領のことばが事実であるとするならば、広島市民とその犠牲者を冒涜するもはなはだしいものである。

 本市議会は、市民の憤激をもってこれに抗議するとともに、人類と平和の名においてそのことばを撤回し、世界平和のため、その義務を尽くされんことを米国と米国民の知性と平和えの良心に訴えることを声明する。

 右決議する。


                        昭和33年2月13日            広島市議会