(2011.1.24)
 【参考資料】イラン核疑惑 
<イラン核疑惑> スタックスネット:オバマ政権とイスラエルの執念
その@ リーク性が疑われるニューヨーク・タイムズの記事
 

アメリカ・イスラエル合作のサイバーテロ
 アメリカ・イスラエル合作の対イラン核施設サイバーテロ、「スタックス事件」にはどうも複雑な裏か、あるいはオバマ政権の計算違いがありそうな感じがする。私のようなシロウトがこんなことを言い出してはとんと興ざめだが、イランと6カ国(米・英・露・中・仏の核兵器保有国+ドイツ)協議のための舞台装置の一つとしておさらいの意味くらいはありそうだ。

 まず反戦ドット・コムのジェイソン・ディッツの記事から引用する。

 この記事は「アメリカ、スタックスネット・ワーム開発を支援」(“US Helped Develop Stuxnet Computer Worm”)と題するもので、2011年1月16日の日付になっている。(<http://news.antiwar.com/2011/01/16/us-helped-develop-stuxnet-computer-worm/>)

 『ニューヨーク・タイムズの新しい記事は詳細を究め、スタックスネット・コンピュータ・ワームがイランの民生用核計画のいかに損害をあたえたかを描いている。このスタックスはその開発におけるイスラエルの役割を確認しているばかりでなくその開発と試験にアメリカが果たした役割も加えて確認している。』とディッツは書き出している。

 日本の報道に「スタックス」を“ウイルス”としたものがあるが、一般に自己増殖をしながらコンピューター・システムに損害を与えるものを“ワーム”、自己増殖しないものを“ウイルス”と呼んでいるので、ディッツの言うように“ワーム”が正しい。

 そしてネゲブ砂漠にあるイスラエルの核複合施設ディモナ・サイト(Dimona site)でイランが使用している遠心分離器(ウラン濃縮に必要な装置)と全く同型の遠心分離器を入手して、スタックスネット製造をしたいきさつに簡単に触れている。しかしここはニューヨーク・タイムズ紙のなぞりだ。

 そしてこのスタックスがイランの遠心分離器に甚大な損害を与え、ばかりでなくイランの核施設にも被害を与え、このまま進めば“イランのチェルノブイリ災害”とも言うべき大事故につながる、とロシアの科学者が警告している、と述べている。ここらあたりから、話はキナ臭くなるのだが、このことはあとでも詳しく触れる。

 『イランの計画に損害をあてるばかりでなく、このワームは野放図に放たれ世界中数万台のコンピューター、これにはアメリカでの数千台のコンピューターを含んでいるが、に感染した。多くのコンピューター・システムに損害を与えたことに直接の責任があるとすれば、ワームの開発におけるアメリカの役割を確認することは、オバマ政権への信頼問題になりかねない。』

 ジェイソン・ディッツはこう結んでいる。オバマ政権への信頼問題になりかねないどころか、オバマ政権そのものが、自ら口を極めて警鐘を鳴らす「サイバーテロ」の張本人だった、となればアメリカ国内はともかく世界的には完全に信用失墜だろう。しかし私はディッツほどこのニューヨーク・タイムズの記事を額面通り受け取っていない。


 さて問題のニューヨーク・タイムズの記事である。これは、「イスラエルの試験はイランの核の遅れに致命的な影響」(“Israeli Test on Worm Called Crucial in Iran Nuclear Delay”<http://www.nytimes.com/2011/01/16/world/middleeast/16stuxnet.html?_r=1>)と題する記事。

 イスラエルやオバマ政権の「サイバーテロ」を非難する記事だと思いこんでいたら、どうもそうではなさそうで、イスラエルとアメリカが共同開発したスタックスネットのおかげで、イランの核開発は致命的な影響を受け、その計画は大幅に遅れているという、むしろ「サクセス・ストーリー」の匂いすら感ずる仕立てになっている。内容は肝心の1点を除き、詳細を極め「犯人側」の協力がなければ書けない記事だ。むしろリークものではないかと感じられる。早速中身を見てみよう。

 『ネゲブ砂漠のディモナ複合施設は、イスラエルが決して認めない核兵器計画の、厳重に警備された心臓部として有名だ。ここでは整然と並んだ工場群で核兵器敞の核燃料を作っている。』

 図でおわかりのように短剣に似たイスラエルの最南部に広がるのがネゲブ砂漠。この砂漠の北部に位置するのがディモナ(Dimona)の町である。このディモナの町から東南に約13Km下ったところ、完全に砂漠の中にあるのがネゲブ核研究センター(Negev Nuclear Research Center<http://en.wikipedia.org/
wiki/Negev_Nuclear_
Research_Center
>)
である。このニューヨーク・タイムズの記事が「ディモナ複合施設」と呼んでいるところである。


写真は古いがネゲブ核研究センター。この写真は前出のサイトからコピー・貼り付けしたもの。右下のクレジットには1968年11月11日「KH−4 CORONA」機密指定解除と書いてある。
現在のネゲブ核研究センター。google mapの航空写真バージョンからコピー貼り付け。

 イスラエルは核兵器を保有することを「認めもしない、否定もしない」政策を採っているが、いまや公然の秘密ですらなくなった。イスラエルの核兵器の保有についてもっとも詳しいアメリカが、09年5月に発表した「アメリカの戦略態勢」という議会報告の付属資料で「推定 世界の核弾頭保有量」という一覧表をつけ、この中でイスラエルの核弾頭保有数量を「100から200」と発表してしまったからだ。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/
strategic_posture_6-02.htm
>)
すでに以前からアメリカ科学者連盟やストックホルム国際平和研究所などはさらに詳細な推定を出していたが(<http://www.fas.org/nuke/guide/israel/nuke/>)、この報告で発表したイスラエルの保有量はどの推定よりも上回る数字だった。ニューヨーク・タイムズの記事によるとこの複合施設で兵器級核燃料の製造も行っているという。

 『過去2年以上も、この作戦に詳しい諜報部と軍の専門家によれば、“ディアナ”はアメリカとイスラエルは共同で決定的な実地試験という形で新たなまた同様に秘密の役割を担ってきたのである。それはイランが自分自身の(核)爆弾を製造しようという取り組みを弱めるという仕事である。』

 私がこの記事がリーク臭くまた「サクセス・ストーリー」風だ、と感じるのはこうした記述だ。イランが現在行っているのは、原子力発電用と医療用のウラン濃縮事業である。これはIAEAも認める通りだし、イラン政府自身が再三明言している通りで、核兵器製造の意図はない。第一平和的核燃料の製造およびその取得は核兵器不拡散条約参加国に認められた「参加国全ての奪い得ない権利」だ。(たとえば、「リチャード・ハース対イラン戦争を呼びかける」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/028/028.htm>や「アメリカは唯一の核犯罪国」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/tehran_02.htm>などを参照の事。)

 今回選挙で票を金で買った形の現IAEA(国際原子力機関)の事務局長・天野之弥も就任直後の記者会見で「イランが核兵器開発を行っているという証拠はない」といわざるを得なかった。(「最も危険な核兵器保有国、イスラエル IAEAの事務局長に天野氏選出の意味」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/025-1/025_1.htm>を参照の事。)天野は日本の外務省とアメリカの意向を受けてその後、「イランが核兵器開発をしている疑いがある」と非公開でIAEAの一部参加国に文書を配布し、イランの不信を買ったが、その文書によっても証拠を示すことが出来なかった。(「新事務局長天野之弥の初仕事に対するイランの反応」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/01.htm>を参照の事。)

 そしてアメリカは、イランの孤立化に失敗した2010年5月のNPT再検討会議の終了直後、国連安全保障理事会で無理矢理「イラン制裁決議」をあげるのだが、そこでも明確な証拠を示すことが出来なかった。全世界各国が集まるNPT再検討会議ではオバマ政権の言い分は歯牙にもかけられなかったが、自ら拒否権を持つ国連安保理ではまだ無理筋が通る。(「国連安全保障理事会、イラン制裁決議 1929を採択」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/05.htm>を参照のこと。)

ディモナで遠心分離器をテスト
 このニューヨーク・タイムズの記事もまた「イランは核兵器開発を行っている」という前提に立って書いている。イスラエル・オバマ政権自らが行った「サイバーテロ」も、「イランの核兵器開発に大損害を与えた」という「サクセス・ストーリー」になるのだ。しかし、世界はそうは受け取らなかった。ジェイソン・ディッツが指摘するように、イスラエルはともかくオバマ政権に対する信用失墜と言う形で反応した。いつもはアメリカべったりの論調を貫く日本の新聞も驚きをもってこの事件に接した。私が、ニューヨーク・タイムズの、従ってオバマ政権の計算違いだったのではないかと考える理由だ。ニューヨーク・タイムズを続けよう。

 『ディモナの有刺鉄線の背後で、ある専門家によれば、イスラエルはイランのナタンツ(の核施設)にあるそれ(遠心分離器)と全く同型の核遠心分離器を回した。(稼働させた)
 ナタンツではイランの科学者がウラン濃縮に悪戦苦闘しているのだ。ディモナはスタンクスネット・コンピュータ・ワームの有効性を試験していた、という。そのワームは破壊的なプログラムで大ざっぱにいってイランが保有する遠心分離器の1/5をなきも同然にしてしまう。そして、破壊はしないものの、テヘランが最初の核兵器を製造する能力獲得を大幅に遅延させる。』

 大まじめなこの記述は、読んでいると思わず吹き出してしまう。ニューヨーク・タイムズの3人の記者(3人の共同署名がある)は、恐らく誰かのブリーフィング通りのことを書いたのだろう。自分で調べてみたらいいのだ。

イランの濃縮ウラン生産量
 イランが保有している遠心分離器は約1万台だ。それが仮にすべて稼働しているものとして、ウラン濃縮度3.5%程度、すなわち原子力発電用のウラン燃料が年間何トン生産できるか?3000基の遠心分離器を1年間フル稼働させて、製造できる3.5%濃縮ウランは、すなわち原子力発電用ウラン燃料は約1トンである。(「アメリカの二重基準にふり回される国際社会」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/016/016.htm>を参照の事)
 現在時点ではありえないことだが、今イランが1万台の遠心分離器をフル稼働させたとしよう。年間に製造できる原子力発電用ウラン燃料はどんなに多めに見積もっても3トン強である。つまり単位になっていないのだ。パイロット・プラントに毛が生えた程度だ。

 現在世界で原子力発電用ウラン濃縮を行っている工場は、アメリカに1箇所(合衆国濃縮公社)、フランスに1箇所(ユーロディフ)、イギリス、オランダ、ドイツのそれぞれ1箇所(いずれもURENCO)、ロシアに4箇所(いずれもロシア原子力庁)、中国に2箇所(中国核工業集団公司など)、それに日本に1箇所(青森県六ヶ所村。日本原燃)である。ブラジルがウラン濃縮を開始したという報道があったが、生産量は私はわからない。

 最大の製造能力を持っているのはロシアのノヴォウラルスク工場で年間1万3200トン。次に大きいのが合衆国濃縮公社のバデューカ工場で1万800トン。日本の六ヶ所村工場はその1/10の規模で1050トン。一番小規模なのが中国の2つの工場でそれぞれ500トン。(日本原燃の「世界の主なウラン濃縮工場」<http://www.jnfl.co.jp/business-cycle/1_nousyuku/nousyuku_03/
nousyuku_04/nousyuku_04_03.html
>を参照の事)


 年間3トンやそこらでは、商業生産レベルにはほど遠い。しかもこのニューヨーク・タイムズの記事では「テヘランが最初の核兵器を製造する能力獲得」の話だから、兵器級ウラン燃料の話である。ということは濃縮率90%以上、最新の見解では設計通りの性能を得るためには兵器級ウラン燃料の濃縮率は99.9%だ。

遠心分離法とNY紙主張の妥当性
 天然ウラン(化学記号U)は、ほとんど同位体238Uでできている。同位体(アイソトープ)というのは、化学記号は同じだが、構成する中性子の数が異なり質量がほんのわずか異なる元素のことをいう。
 
 天然ウランには0.7%とごくわずかだが235Uが含まれており、これが非常に核分裂しやすい同位体である。「235U」が核分裂しやすい同位体であることを発見したのは、「グレート・デン」(偉大なデンマーク人)と呼ばれたニールス・ボーアだ。

 235Uが核分裂しやすい物質といっても、そのままでは原子力発電や原子爆弾の燃料にはならない。純度が低すぎてエネルギーを十分に取り出すのに必要な「核分裂の連鎖反応」を起こさないからだ。燃料とするには同位体235Uの純度を上げなければならない。ウランに含まれる235Uの純度を上げていくことを「濃縮」(enrichment)と呼んでいる。

 現在ウラン濃縮は主として「ガス拡散法」と「遠心分離法」のいずれかが主流である。イランの場合は遠心分離法だ。日本の六ヶ所村のウラン濃縮も遠心分離法である。

 ウランをガス化してフッ素を加える。こうすると6核分裂しないU-238は中性子の数がU-235より3個多い。その分重い。(中性子1個の重さなど私には見当もつかないが)。その重さの違いに目をつけ、遠心分離させてU-235を取り出す方法だ。

 ウラン鉱石のままでは、遠心分離できないからこれをガス化させる。すると6フッ化ウラン(UF6)が得られる。これを遠心分離器の中に入れてスピンさせる。核分裂しない238Uは中性子の数が核分裂する235Uより3個多い。その分重い。(中性子1個の重さなど私には見当もつかないが)。遠心分離器の中で高速スピンさせれば、重い238Uは周辺部へ、軽い235Uは中心部へ集まる。こうして0.7%以上235Uを含んだフッ化ウランを次の遠心分離器へ送るとやや純度があがる。これを何回も繰り返せばやがて原子力発電用の濃縮度3.5%程度のウラン燃料が得られる。

 遠心分離器が3000台だの1万台だのというのは、以上のような工程で遠心分離器を連結させる(カスケード)させるためだ。

 兵器級核燃料というのは前述のごとく濃縮度90%以上、理想的には99.9%が望ましい。これだけの純度にするためには一体何台の遠心分離器が必要なのか私には見当もつかない。同じウラン燃料といっても「原子力発電用」と「兵器級」とは全く別物なのだ。だからイランが何年ウラン濃縮を続けたところで兵器級核燃料を製造することはできない。

原発用を核爆弾用に換算するトリック
 こう反論すると、「いや原子力発電用ウラン燃料3トンは核兵器3個分の燃料に相当する」という言い方もされる。朝日新聞をはじめ日本やアメリカのマスコミはこの言い方が大好きである。(ならば、青森県の六ヶ所村の原燃ウラン濃縮はその製造能力からして毎年1000個の核兵器を作っていることになるのだが、不思議とこの場合同じ言い方はしない。)

 この言い方は正確さを欠くが誤りではない。というのは原子力発電用核燃料1トンには、濃縮度4%とすれば、核分裂物質235Uが約40kg含まれている。広島型原爆には兵器級濃縮ウランが60kg含まれていたが、純度のさらに高い現在の濃縮技術では40kgあれば核兵器1個は十分製造できるのだ。だから上記の言い方を誤りということは出来ない。

 しかしこの言い方は、「イランは核兵器数個分に相当するウラン燃料をもっている」という言い方にすぐすり替えられる。現実に「イラン核疑惑」を報道する日本の大手マスコミの記事にはこうした言い方が溢れている。(これが正しければ、同様に六ヶ所村工場を非難しなければならないのだが・・・)

 表現のトリックはどこにあるか?

 海水中は平均すると約3.4%の塩分を含んでいる。この塩分のうち約78%が塩化ナトリウム、すなわち純粋な塩だ。従って海水1トンの中には約27kgの純粋な塩が含まれている。しかしだからといって海水1トンを保有することと27kgの純粋な塩を保有することは同じことだとは誰も思わないだろう。海水と純粋な塩は別物だということを知っているからだ。従って海水1トンから塩27kgを製造するとすれば、全く別な工程をたどらなくてはならない。

 同様に兵器級ウラン燃料40kgと原子力発電用ウラン燃料1トンは全く別物だ。海水が塩にならないように、イランが今のウラン濃縮事業を何百年続けたところで一個の核兵器燃料も獲得できない。

 トリックは全く異なる性質の物質を単に「重さ」という属性にのみ還元して比較するという3000年来の「詭弁」を使っているところにある。

 だからこのニューヨーク・タイムズ紙のいう、

 『そのワームは破壊的なプログラムで大ざっぱにいってイランが保有する遠心分離器の1/5をなきも同然にしてしまう。そして、破壊はしないものの、テヘランが最初の核兵器を製造する能力獲得を大幅に遅延させる。』

 という記述が2重にも3重にも笑えるわけだ。さてとんだ横道にそれた。この記事を続けよう。

スタックスネットはイランを標的とする
 『“ワーム(が正常に動作すること)を確認するためには機械を知っておかねばならない。”とあるアメリカの核諜報(nuclear intelligence)の専門家は語った。“ワームが効果的に機能した理由はイスラエルがそれを試したからだ。”

 アメリカとイスラエルの高官はディモナで何が進行しているのか公式に述べることは拒否したが、ディモナでの作戦はアメリカでの関連した取り組みと共に、イランの計画を邪魔する「アメリカ−イスラエル」プロジェクトとしてこのウイルスが設計されたものであることを語ってくれる最新にしてもっとも強力な手がかりである。』

 イランの核開発になんらかの邪魔が入っていることは昨年の後半からすでに噂として出ていた。たとえば、昨年9月23日付けのイギリスのデイリー・テレグラフ紙は、「スタックスネットはイランを標的にしている?」(“Stuxnet virus: worm 'could be aimed at high-profile Iranian targets’”<http://www.telegraph.co.uk/technology/news/8021102/
Stuxnet-virus-worm-could-be-aimed-at-high-profile-Iranian-targets.html)
という記事を掲載し、「安全保障の専門家は、2010年6月頃登場したワーム、スタックスネット・ソフトウエアは明らかに、イランにおける動力発電施設や水力発電施設などを標的としている、と考えている。」と述べ、イラン標的説を早くから打ち出していた。しかし犯人については論評を避けていた。

 今回のニューヨーク・タイムズ紙の記事は、イラン標的説を裏付けるばかりか、驚くべきことに(あるいは当然と言うべきか)、犯人がアメリカ−イスラエルの共犯だったことを強く示唆している。

 『つい最近、イスラエルのモサド(Mossad)諜報局局長だったメイア・デイガン(Meir Dagan)と国務省長官のヒラリー・ロドハム・クリントンはそれぞれ別々に、イランの(核開発の)取り組みは数年は遅れていると思う、述べた。クリントン氏はアメリカが中どうする経済制裁が効果をあげていると注意を喚起した。経済制裁がイランの部品を購入する能力や世界中でのビジネスに打撃を与えているというのだ。』

 『強面のデイガン氏は、数人のイランの科学者の死亡の背後には彼の組織(モサド)がいるとイランから告発されているのだが、最近イスラエルのクネセト(Knesset−イスラエルの議会のこと)に対して、イランは技術的困難に直面しており2015年までに核爆弾をもつことはないだろう、と述べている。これは、これまで長い間イスラエルが主張してきた、イランはすぐにも核兵器獲得に成功するだろう、という言い方と鋭い対照をなしている。(言い方だ。)

 『核の時計に時間を置いた単一のそして最大の要因はスタックスネットの登場である。それはかつて実戦配備された最も洗練されたサイバー兵器だ。

 アメリカやヨーロッパにおいて過去3ヶ月間にわたったインタビューの中で、スタックスネットをばらばらに分析した専門家たちは、そのプログラムを複雑極まりないもの、天才的だとして描き出している。そして2009年の半ば頃それが世界中を駆け回りはじめた時、想像を絶するような、説明不可能なワームだと形容した。』

ドイツ・ジーメンスのコントローラ
 『2008年のはじめ頃、ドイツの企業「ジーメンス」はアイダホ州にあるアメリカの主要な国立研究所に協力した。そしてジーメンスが世界中に販売している産業機械を動かすコンピューター・コントローラの脆弱性を特定することとなった。そしてその産業機械がイランのウラン濃縮工場において鍵となる機械設備であることをアメリカの諜報機関が突きとめた。

 ジーメンスによれば、プログラム(コンピューター・プログラムのことと思われる)は、サイバー攻撃から製品を防禦する通常の仕組みだったとのことである。いうまでもなく、ジーメンスはアイダホ国立研究所(the Idaho National Laboratory)にジーメンスのシステム(ここはコンピューター・プログラムで直接的にはコンピューター・コントローラを指すと思われる。)にうまく隠された(脆弱性の)穴を特定するチャンスを与えた。このことが翌年(2009年)スタックスネットに利用されるわけである。なおアイダホ国立研究所は、アメリカの核兵器に責任をもつエネルギー省の一部分である。』

 ここいらへんの一連の記述も、この記事のリーク性、プロバガンダ性を疑わせる部分である。

 整理すると、

1. 3ヶ月間にわたってヨーロッパやアメリカの専門家に取材をしたら、スタックスネットは複雑精巧極まりないプログラムであり天才の産物だと異口同音に語った。(といいながら、スタックスネットの仕組みそのものには一切触れていない。いいかえれば、読者にスタックスネットの“天才性”が一切告げられず、その印象のみが焼き付けられる書きぶりになっている。)
2. イランが使用している産業機械はジーメンス製であり、そのことをアメリカの諜報機関が突きとめた。(ウラン濃縮に直接関わる機器や装置のメーカーはそう多くはない。名前を挙げて数えられるほどである。イランがどこのメーカーの製品を使っているのかは簡単に判明する。諜報機関が突きとめるほどのことでもない。)
3. ジーメンスは自社製品の心臓部の一つであるコンピューター・コントローラのサイバー攻撃に対する脆弱性の穴をアイダホ国立研究所に教えた。
4. そこでの情報が元になってスタックスネットが作られた。

 この「産業機械」が一体何かは明示されていない。しかしジーメンスが自社製品の脆弱性の穴をそれと知ってアイダホ国立研究所に教えたならこれは、産業界の一大スキャンダルである。というのは一般消費者製品と違って産業製品は、直接ビジネスに関わる生産用装置である。不具合をおこせば自らの顧客の業績に直接響く。だから産業用機器のメーカーはどこもアフターサービス体制を敷いて実際の操業についても事実上責任をもつ。(もちろん有料だが。)決して売りっぱなしにできない商品だ。そのメーカーであるジーメンスが自社製品を攻撃する目的をもったコンピューター・ワームを制作することを知ってアイダホ国立研究所に協力したのなら、これは自社製品の信頼性に対する背信行為である。ジーメンスのユーザーは今後気をつけなければならない。ジーメンスはいとも簡単に自社製品の信頼性を破壊するために誰とでも手を組むメーカーなのだから。それと同時にジーメンスのライバル・メーカーはこのニューヨーク・タイムズの記事をコピーして、顧客に送りつけネガティブ・キャンペーンに利用すべきだ。「ジーメンスは簡単に自社製品の信頼性を裏切る信頼の置けないメーカーだ。」と。

 そうではなくて、アイダホ国立研究所が自分の真の目的を隠してジーメンスにアプローチして不正な目的のためにジーメンスから重要情報を引き出したのなら、これは別なスキャンダルだ。アメリカ政府(エネルギー省)の看板を悪用して、善意のメーカー(ジーメンス)を騙し、コンピューター・ワームを製造する手助けをさせ、世界中にばらまくという犯罪を犯したのだから。この場合ジーメンスはアイダホ国立研究所を刑事告訴するべきである。

 実際にはこのどちらのケースもありそうにない。唯一合理的な推測は、「スタックスネットの天才性」を大げさに言い立てるために、実際にあったことを最大限誇張した、ということだろう。

 私の推測が正しいものとして、ニューヨーク・タイムズの記事はなぜ「スタックスネットの天才性」を強烈に印象づけたかったのか、という大きな疑問が残る。

 
 (以下そのAへ)