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唯一合理的な推測は、「スタックスネットの天才性」を大げさに言い立てるために、実際にあったことを最大限誇張した、ということだろう。
私の推測が正しいものとして、ニューヨーク・タイムズの記事はなぜ「スタックスネットの天才性」を強烈に印象づけたかったのか、という大きな疑問が残る。
さてニューヨーク・タイムズを続けよう。
『ワーム(スタックスネット)そのものは2つの主要なコンポーネントを含んでいる。一つは、イランの遠心分離器の回転を大きく狂わせるよう設計されたコンポーネントである。もうひとつは、映画から抜け出してきたような話に見える。:スタックスネットは、核工場が正常に操業している状態を秘密に記録する。そしてまるで(ハリウッド映画の)銀行破りの際に正常な状態を再生する時のように、核工場の操業中に正常な(操業中の)読み取り記録を(制御用コンピューターの中で)再生する。そうすると遠心分離器が実際にはバラバラに動いているにも関わらずあたかも全てが正常に動作しているように見えるのだ。』
実際にウラン濃縮やあるいは、重要な工業製品を精製する現場に従事している人がこの記述を読んでどう思われるだろうか?
私にはバカバカしい記述だとしか思えない。遠心分離器でウラン濃縮する工程を、このニューヨーク・タイムズの記者は、制御室の中でディスプレイ画面とにらめっこしながら作業している工程として思い描いている。しかしウラン濃縮に限らず(私はウラン濃縮の現場をみたことはないが)、一般に重要な工業生産現場は、一つの工程が2重3重にチェックされて進んでいる。別な言い方で言うとコンピューター・プログラムは誤作動・暴走することがありうることを前提にしている。だから、2重3重のチェックの「系」には、人間が目視で確認したり、耳で聞いたりなどといったヒューマン・エレメントが組み込まれている。(JR東日本のコンピューター・システムは“コンピューター無謬信仰”で貫かれているという実例が最近あったので、イランのウラン濃縮工場も“コンピューター無謬信仰”で貫かれていない、と私には言い切れないのだが。)
『(スタックスネットによる)攻撃は完全に成功とは行かなかった。ある国際的核査察官によると、イランの操業はある部分では停止に追い込まれた、ある部分は残存した。攻撃が終了したのかどうかも明確ではない。プログラムを検証したある専門家は、それは(プログラム、すなわちスタックスネットのこと)さらなる攻撃とさらなる上位プログラムのタネを含んでいると信じている。
ドイツ・ハンブルグの独立系コンピューター・セキュリティ専門家、ラルフ・ランガー(Ralph Langner)は、スタックスネットを解析した最初の一人だが、「それはプレイブックのようなものだ。」という。』
プレイブックには、舞台演出用の台本という意味とアメリカン・フットボールで使われるシグナル・プレイを解説したノートという意味があるが、この場合恐らく後者を指しているのだろう。 |