(2011.1.24)
 【参考資料】イラン核疑惑 
<イラン核疑惑> スタックスネット:オバマ政権とイスラエルの執念
そのB 非難されるべきはサイバーテロを仕掛ける側
 

イスラエルしかP-1を扱えなかった
 ニューヨーク・タイムズを続けよう。

 『イスラエルはいかにしてまたいつ、この第1世代の遠心分離器を入手したのか。ヨーロッパなのかあるいはカーンのネットワークか、あるいはその他の方法によるのか。(カーンの闇の市場など今時存在するわけはない。第一カーンは保釈後パキスタンで自宅軟禁にあって一切しゃべることを封じられている。カーンが口を開けば、カーンと西側の協力関係が明らかになるだろうと思う。)核の専門家は(イスラエルの)ディモナは整然と並んだ、回転する遠心分離器を保有するにいたったことに同意している。(これは一連の遠心分離器のカスケードをイスラエルのディモナ研究所が保有するにいたったことを意味している。)

 『「それら(一連の第1世代の遠心分離器のカスケードのことを指すのだと思う)はディモナ複合施設では長い間重要な部分であり続けた。」と、「最悪の秘密の持続」(2010年)(“The Worst-Kept Secret”)の著者、アブナー・コーエン(Avner Cohen)は語る。同書はイスラエルの核兵器計画に関する本であり、著者は金融国際研究所の上級研究員でもある。
   
 彼は、イスラエルの諜報部はディモナを退職した上級職員たちにイラン問題で協力を依頼し、その何人かは明らかに濃縮計画からの出身者だった、と付け加えた。

 「私は特別な知識を持ち合わせてはいない。」とコーエン博士はイスラエルとサックスネットに関して言う。「しかし、強いイスラエルの痕跡(signature)は見て取れる。そして遠心分離器の知識は決定的だと思う。」』

 『アメリカが関係するもう一つの手がかりがある。2003年後半にリビアが核計画を放棄した後、アメリカは一連のP-1の隠退蔵物を入手したのだ。そしてその機器(遠心分離器)を、もう一つのエネルギー省の機関であるテネシー州のオークリッジ国立研究所に送った。』

 ここでこのニューヨーク・タイムズの記述に説明を加えたい。テネシー州オークリッジにある国立研究所は、その起源をマンハッタン計画のウラン濃縮施設に求めることの出来る歴史的なアメリカの核兵器開発・製造拠点だ。正式には「Y-12国立安全保障複合施設」という。(「アメリカ国家核安全保障局について」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_21.htm>の「4.NNSA傘下の核兵器研究所・工場・施設」の項参照の事。)これに対してこれまでしばしば登場した「アイダホ国立研究所」はエネルギー省傘下の研究所であることは間違いないが、設立は1951年で、オークリッジ国立研究所が完全に核兵器関連施設であるの対して、アイダホ国立研究所は、原子力の民生用途の研究や開発、試験を行っているところだ。だから、遠心分離器をオークリッジに送ったということは、核兵器施設に送ったということだ。アイダホに送るのとは意味が違う。はるかに軍事的色彩の強い動きだ。

 『2004年のはじめ頃までに、様々な連邦政府や民間の各専門家がCIAの手によって集められ、P-1を設置してその脆弱性を研究する工場を建設することをアメリカに要求していた。「試験する場所を作ろうという考え方は本当に急がれていた。」とCIAのその集まりに参加したある人間は振り返っている。

 先週のことだが、各専門家たちは、その結果出来た工場では同時にスタックスネットの試験にも役割を果たした可能性がある、と述べた。

 しかしアメリカとその同盟国はイランが克服しようとしているまさに同じ困難に急速に直面していた。:P-1はかさばっていて劣悪な設計の機器なのである。テネシーの(オークリッジ国立)研究所が、一連のP-1をイギリスに出荷した時、それは一般的なP-1試験プログラムでイギリスとの共同作業を期待してそうしたのだが、核の専門家たちによると、イギリス側はつまずいてしまった、という。

 そのうちの一人はいう。「イギリス側は完全に絶望状態になった。」と回想し、P-1はあまりに原始的に過ぎ、適切に回転するにはあまりに気まぐれだった、という。』

 『コーエン博士は、彼の詳報源は、大きな困難があったがイスラエルは遠心分離器技術をマスターするのに成功したと語ったという。そしてアメリカの核諜報の専門家は、匿名を条件に、イスラエルはP-1型の機器を効果的にスタックスネットの試験に使った、と語った。』  

典型的なリーク記事の仕立て
 もうお気づきかも知れないが、このニューヨーク・タイムズの記事の特徴は、具体性に欠けるということだ。「うまく扱えなかった」というがどううまく扱えなかったのか、うまくやったというが、どううまくやったのか・・・。もう一つの特徴は、匿名性である。アメリカの新聞がよく使う手である。「高官によれば」とか「国務省筋によれば」とかいう手である。

 これはこの取材チームが直接取材を重ねていないことを意味している。わかりやすく言えば、又聞き情報を重ねていると言うことだ。そしてこのことはリークものの特徴でもある。そしてリーク記事は必ずリークする側の狙いがある。

 『その専門家は、イスラエルはイランを標的するに際してアメリカと協力していた、そしてワシントンは「もっともらしい否定性」(“plausible deniability”)が大好きだ、と付け加えた。』

 『11月(これは2010年の11月のこと)、イランの大統領、マフムード・アフマディネジャドはイランの濃縮計画におけるスタックスネットの影響に関する沈黙を破って、サイバー攻撃は遠心分離器のいくつかに小さい問題を生じさせたが、幸いにして我々の専門家はそれを発見した、と語った。』

 『(イランの濃縮事業に関する)損害でもっとも詳しい情報は、アメリカの民間グループ、国際科学安全保障研究所(the Institute for Science and International Security−ISIS)からもたらされている。先月(2010年1月)、ISISは長文のスタックスネット報告を発表し、ナタンツにおけるイランのP-1機器は2009年の半ばから後半にかけて深刻な不調に苦しんでいる、984台の機器は技術的な困難が絶頂に達し、動作不能になっている、と述べた。そしてこの報告は、この不調は深刻な問題でその犯人らしきものははスタックスネットだと特定される、と述べた。』

プロバガンダ機関、ISIS
 ついに出たというべきか。国際科学安全保障研究所(ISIS)のことである。ISISは1993年設立のある軍事シンク・タンクであるが比較的小規模だ。「核不拡散」がその研究所の使命だとする。言い換えれば「アメリカの核独占」を研究・政策提言をするシンクタンク(私はプロバガンダ機関だと考えている。)である。会長兼理事長はデビッド・オルブライト(David Albright)。基金出資者はアメリカの支配層が作る各種財団のオールスターというところだが、アメリカの国務省やどういうわけか日本の外務省も名前を連ねている。私は、ISISはロックフェラー・グループの影響が強く外交問題評議会の別働隊だと考えている。

 デビッド・オルブライトは、IAEAの現場査察チームにも参加したことがあり、イラクがウラン濃縮を行っているのではないかと疑った人物としても有名だ。その意味ではブッシュ政権のイラク侵攻を大義名分から準備した人物の一人といっていいだろう。「イラクは核兵器開発を行っている」というブッシュ政権の主張に対して、その証拠はない、と頑張ったのは当時IAEAの事務局長だったモハメド・エルバラダイとエルバラダイの前の事務局長だったハンス・ブリックスだった。特にブリックスはイラクに何度も足を運んで、イラク・フセイン政権が核兵器開発を完全に断念していることを確認しており、ブッシュ政権の要求を断固としてはねつけた。そのため、ブッシュ政権はイラク侵攻に当たり、「イラクは大量破壊兵器をもっている」という名目に変更せざるを得なかった。現在やっと「イラク侵攻」の正当性を検証しよう、という動きが始まったが、その際、デビッド・オルブライドなどアメリカのデマゴーグたちの正当性も検証されなければならないだろう。

 (オルブライトやISISについては、以下を参照の事。<http://en.wikipedia.org/wiki/David_Albright>、<http://en.wikipedia.org/wiki/Institute_for_Science_and_International_Security>、<http://www.isis-online.org/>)

 また繰り返しになるが、イランが保有する遠心分離器は約1万台である。これが1年間フル稼働したとしても、1年間に製造できる濃縮ウランは濃縮率4%で約3トン強である。繰り返しになるが、これは商業生産の製造単位ではない。パイロット・プラントに毛が生えた程度の製造量である。ISISが報告するように、984台の遠心分離器が壊れようがなにしようが大勢には影響ない。こうした事態をおおげさに言い立てること事態にこのニューヨーク・タイムズのリーク記事の真の狙いがあるのだが、それは後ほど触れよう。

イランの核開発がダメージを受けている?
 『スタックスネットだけがイランに対する一撃なのではない。(国連安全保障理事会による)経済制裁は、イランがより進んだ(そしてより気まぐれでない−原文カッコ)遠心分離器の建造に打撃を与えている。そして昨年1月(2010年1月)、そして再び11月(2010年11月)(イランの)核計画で中心的役割を担っている2人の科学者がテヘランで殺された。(これはイランがイスラエルのモサドの犯行として非難している事件だ)

イランの計画にはるかに大きい責任を負っていると信じられている男、モフセン・ファクフリザディ(Mohsen Fakhrizadeh-Mahabadi<http://en.wikipedia.org/wiki/Mohsen_Fakhrizadeh-Mahabadi>)、(殺された2人の)同僚科学者だが、はイラン当局によって姿をくらました。攻撃目標リストの上に彼の名前があることを知っているためである。

公式には、イスラエルの高官はスタックスネットとイランの問題との関係に明白な関わりがあることを認めていない。しかし、ここ数週間イスラエルの高官はイランの核の状態を見直し驚くほどの見通しの明るい評価を与えている。

「数多くの技術的困難と課題がイランの計画を見舞っている。」とイスラエルの戦略問題担当相のモシェ・ヤーロン(Moshe Yaalon)は、先月末(2010年12月)公共ラジオで語った。「そのトラブルで計画予定表」は遅延している。」と彼は付け加えた。』

 これがニューヨーク・タイムズの記事の締めくくりである。

 この記事は、スタックスネット製造にイスラエルとアメリカの関与を認めつつ、スタックスネットがイランのウラン濃縮事業に大きな打撃を与えた、と匂わせることを目的とした記事である。実際にはイランのウラン濃縮は繰り返しになるが、パイロット生産に毛の生えた程度であり、スタックスネットがあろうがなかろうが、またそれがイランのウラン濃縮事業に影響を与えようが与えまいが、イランの「核兵器開発」に大きな影響は与えはしない。第一イランがもし核兵器開発を行うなら、決してウラン型核兵器を製造しようとしたりしない。プルトニウム型核兵器を開発しようとするだろう。それに核兵器製造はいまやさしてむつかしくない。一定の国家予算規模と「製造し保有しようとする意志」さえあれば北朝鮮だって作れる時代なのだ。

「イラン潰し」の真の狙い
 アメリカとその中東地域における別働隊であるイスラエルにとって、真の問題はイランが核兵器を持とうとしていることではない。イランが自前で原子力発電技術とノウハウを保有し、独自で原子力産業を構築しようとしていることなのだ。(しかもそれは核兵器不拡散条約が参加国全てに平等に認めた“奪い得ない”権利でもある)

 イランが独自に原子力産業を構築しようとしている象徴が「自前のウラン濃縮事業」である。だからなんとしてもアメリカ(そしてその別働隊であるイスラエルは)イランの「ウラン濃縮事業」を阻止したいわけだ。これは別の理由でアメリカ以外の核兵器保有国やドイツやオランダなど自前でウラン濃縮事業を行っている西側主要各国の利益もアメリカと一致している。

 オバマ政権は、イランのウラン濃縮事業を阻止しようとあらゆる手を打ってきた。しかしブッシュ政権時代と違って、力の衰えたアメリカにとってイランを孤立させることは出来なくなった。2010年5月のNPT再検討会議では、イランを孤立させるどころか、「核兵器保有国イスラエルを参加させることを前提とした」中東非核兵器地帯の具体化を明確に書き込んだ最終文書にしぶしぶと同意せざるを得なかった。(「核兵器を嫌悪する非同盟運動諸国−各国・グループ代表、最終文書コメント集」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/NPT/2010_06.htm>の「アメリカ政府は後悔している」?!の項参照の事。)

 今回ニューヨーク・タイムズのこのリーク記事も、イランの独自の原子力産業育成を阻止しようという努力のひとつと見ることが出来るだろう。

 その効果はすぐ現れたかのように見える。

 イランの原子力発電事業を一手に引き受けてきたロシアは、すでにイラン最初の原子力発電所が完成しているにもかかわらず、アメリカの圧力を受けてその操業開始をぐずぐずと引き延ばしてきたのだが、2010年プーチン首相の「これ以上の遅延はロシアの威信にかかわる。」との鶴の一声でにわかに進展し始めた。そして2010年10月ブシェールの原子力発電所の第1号炉に燃料を装填し、2011年1月の本格操業を目指すとしたのだ。(なおブシェール原子力発電所は4基の原子炉が計画され、第1号炉はロシアのVVER-1000型原子炉がすでに導入されている。第2号炉はドイツ・ジーメンス社の原子炉が導入されることになっているが、これはどうなるかわからない。「イラン、ブシェール原子力発電所 操業開始間近か」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/07.html>と「世界の原子力発電所」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/world_data/nuclear_power.html>を参照の事)

新たなチェルノブイリ事故が起きる
 ところがこのニューヨーク・タイムズの記事が出た直後、ロシアがブシェールの原子力発電所の本格操業開始に後ろ向きの態度を取り始める可能性が出てきたのだ。

 それが、ニューヨーク・タイムズの記事と同日の2011年1月16日、イギリス・テレグラフ紙の「ロシア、イランのチェルノブイリを警告」(Russia warns of ‘Iranian Chernobyl'<http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/russia/8262853/
Stuxnet-virus-attack-Russia-warns-of-Iranian-Chernobyl.html>)
いう記事になってあらわれている。

 『最新の西側諜報機関の報告によれば、ロシアの核関連の高官は議論の大きいイランのブシェール原子炉で、スタックスネット・ウイルス(この記事はワームではなくウイルスと言っている)が原因でおこる損害のために、新たなチェルノブイリ型核災害となることを警告した。』

 という書き出しで始まっている。例によって「高官」が登場し、「西側の諜報機関によれば」という伝聞の形を取っているので、実際にプーチン政権の高官やロシア原子力管理庁の高官が警告をだしたのかどうかわからないし、この記事がニューヨーク・タイムズの記事と連動した諜報戦の一環である可能性もある。

 しかしそれにしても「新たなチェルノブイリ型核災害」とはいかにも刺激的ないいかただ。この記事を続けよう。

 『ロシアの核科学者は、ペルシャ湾の港に面したイラン最初の原子力発電所をイランが操業開始しようとしていることに対して技術的な援助を提供している。しかし、核科学者たちは、謎めいたスタックスネット・ウイルスのため工場のコンピューター・システムに広汎な損害が出ていることに深刻な憂慮を提起しはじめている。スタックスネットは昨年(2010年)に発見されたもので(実際に発見されたのは2009年の半ば頃)、非常に洗練されたアメリカとイスラエル合作によるサイバー攻撃の結果だと幅広く信じられている。

 西側の諜報機関の報告によれば、ロシアの科学者たちはクレムリンに対して、今年の夏(2011年夏)、施設を操業させるというイランの厳しいデッドラインを厳守しようと無理をすれば、新たなチェルノブイリに直面しうると警告を発した。』

 ナタンツのウラン濃縮工場で発生したと報告されているスタックスネット騒動がペルシャ湾に近いブシェールの原子力発電所にいかに飛び火するのかがうまく説明されていないが、それはこの種の記事の特徴だ。

西側の“嘘”と断定するサレーヒー
 『原子力発電所の数十年にわたる遅れの後、それは1970年代、シャー(イラン・イスラム革命前のイラン・パーレビィ王朝時代のイラン皇帝。この時代シャーはアメリカとフランスの援助で核兵器を保有しようとしていたことが明らかになっている。)の時代に始まるのだが、イランの指導者たちは、科学者たちが昨年設定したスケジュールにこだわることを要求している。彼ら(イランの指導者たち)は、これ以上の遅延はイランの国際的威信を吹き飛ばすと主張している。』

 『ブシェールは、昨年の10月、ロシアの技術者たちがその原子炉に最初の核燃料棒を注入した後、今年の夏にはイランの国家電力網に対して最初の電気をつくり出すことになっている。イランの外務省長官アリ・アクバル・サレーヒー(Ali Akbar Salehi)は同時にイラン原子力エネルギー庁長官でもあるが、ブシェールのオープニング・スケジュールを延期すべきという提案を今月の(2011年1月)のはじめに拒否して、次のように述べた。「スタックスネットが核工場に損害を与えているという西側の主張に関連したあらゆる種類のうわさ話は拒否されている。」』

 この引用は正確ではないかもしれない。イランの国営テレビ放送会社「プレスTV」の2010年11月23日付「イランに濃縮の中断はない」('No enrichment suspension in Iran'<http://www.presstv.ir/detail/152177.html>)という記事によれば、
 
 『イランの核の最高責任者は、技術的問題が生じて、イラン・イスラム共和国のウラン濃縮が一時的に停止に追い込まれているという西側のメディアの主張を否定した。』というものだ。
 
 どこが正確でないかというと、プレスTVの記事が「ウラン濃縮工場(これはナタンツにある)が一時的に停止に追い込まれた」西側の報道をサレーヒーが否定した、となっているのに対し、テレグラフ紙の記事では「核工場に損害を与えている」と、ナタンツなのか原子力発電所のあるブシェールなのか、あるいはその両方なのかが曖昧にされている点だ。
 
 スタックスネットはネットワークからは感染しないワームであることが確認されている。必ずUSBなどの外部ディバイスからしか感染しないことになっている。だから、ナタンツのコンピューターがスタックスネットに感染したものとしてこれがブシェールにあるコンピューターに感染するためには、だれかがこのワームをナタンツからブシェールに運んで意図的に感染させなければならない。だから、問題が起きているのがどこなのかを、言い分の信憑性を明白にする目的で、はっきりさせることは重要なのだ。

【写真はイラン原子力エネルギー庁長官、アリ・アクバル・サレーヒー。前出プレスTVのサイトからコピー・貼り付け

 イランのプレスTVの記事を続けよう。

 『「核問題に関して進展中の道筋で、イランは西側メディアの嘘には一顧だにしないだろう。」とイラン原子力エネルギー庁長官、アリ・アクバル・サレーヒーは語った。』

 ここでも、テレブラフ紙の記事と若干違っている。テレグラフは「噂」(rumor) と言っているのに対し、プレスTVはサレーヒーのコメントを引用しながらはっきり「嘘」(lie)と言い切っている。
 

昨年から続く西側のプロガンダ
 『AP通信はウィーン(IAEAの本部がある)の氏名不詳の外交官が月曜日にイランの数千の遠心分離器が技術的問題に襲われ、一時的にイランの濃縮活動が半身不随になっていると語った、と報道した。』

 『さらにサレーヒーは、イランの“敵たち”は、その目的を達成することに失敗した、その中には過去1年半の間、悪意あるマルウエアでもって産業用コンピューターやパソコンシステムを感染させようという試みも含まれている、と語った。』
 
 『「さらに彼らは、その目的が達成できないと、過去2−3ヶ月にわたった問題(すなわちスタックスネットでの侵入の失敗−原文カッコ)を怒りをもって公表した。このことはイランの科学者や技術者が完全に警戒意識を持って任務を遂行していることを示している。」とイランの高官(すなわちサレーヒー)は語った。

スタックスネットはイランの当局に6月(2010年)にはじめて特定されたが、ジーメンスのSCADA(supervisory control and data acquisition)に感染するように設計されたマルウエアだ。SCADAは給水システムや石油リグやで動力工場などにを運用する産業に好んで使用されている。』
 
 プレスTVの記事はニューヨーク・タイムズの記事よりはるかに具体的だ。スタックスネットはジーメンス製のSCDADに感染するように設計されていたのだ。SCDADは、たとえば日本語Wikipediaなどによると、「産業制御システムの一種であり、コンピュータによるシステム監視とプロセス制御を行う。対象プロセスは、以下のような生産工程やインフラや設備に関するものである。* 製造、生産、発電、組み立て、精錬などを含む工業プロセスであり、連続モード、バッチモード、反復モード、離散モードなどがある。 * 水処理、水道、排水、下水処理、石油やガスのパイプライン、送電網、大規模通信システムなどのインフラ。* ビルディング、空港、船舶、宇宙ステーションなどの設備。空調、アクセス、エネルギー消費などを監視し制御する。」(<http://ja.wikipedia.org/wiki/SCADA>)なのだそうだ。

NYT紙記事は実はイランに対する反論
 『7月(2010年)に、メディアはスタックスネットは地球上の産業機械に感染し、イランを主攻撃目標としている、特にイラン最初の新しく操業するブシェール発電所を攻撃目標としている、と報じた。サヘーリーはそのような主張を却下し、イランのいかなる産業サイトにも深刻な被害をスタックスネットはもたらしていないと語った。』
 
 繰り返しになるが、このプレスTVの記事は、ニューヨーク・タイムズの記事やテレブラフの記事の約2ヶ月前、2010年11月23日の記事である。もし、プレスTVの報道が正しいものだとすると、今となってみれば、ニューヨーク・タイムズの記事は、「イランのいうことは嘘だ。実際は深刻な被害があったのだ。というのはスタックスネットは、アメリカとイスラエルの軍と諜報機関と核の専門家が集まって作成した天才的なマルウエアだったのだから。」と主張するのが狙いだった、という見方が出来るだろう。そしてその主張は、ロシアに揺さぶりをかけ、イランのブシェール発電所は第二のチェルノブイリになる、というテレグラフ紙の主張する「威し」を引き出すのが最終的な狙いだった、という事が出来るだろう。それは、イランの原子力発電開始を遅らせることが目的、ということができる。
 
 さてここで2011年1月16日付のデイリー・テレグラフ紙の記事に戻ろう。
 
 『しかしながら、工場(この場合はブシェールの原子力発電所のこと)ロシアの科学者たちは、イラン側の明らかな核安全問題に無視の姿勢に心配を募らせるようになった。そこでクリムレンに最低でも今年の末まで本格操業を遅らせるようにと働きかけ、そうすることでスタックスネットによるコンピューターの作動が損害を与えるかも知れないことへの評価が出来るとした。』

 もうテレグラフ紙の記事はいいだろう。この後、ちゃんとニューヨーク・タイムズ紙の記事にも触れ、イラン側の無視の姿勢を難じ、第二の「チェルノブイリ事故」の起こる可能性について心配している。

サイバーテロ側が取るべき責任
 しかし、ちょっと待って欲しい。もしニューヨーク・タイムズの記事が正しければ、イスラエルとアメリカは「サイバーテロ」という犯罪を犯していることになる。そしてそのことは、単にイランばかりでなく、世界中の産業の現場で被害が起こりうることを示している。そしてこの犯罪に、メーカーであるジーメンスも手を貸したことになる。

 こうした犯罪に対する解決策の一つは、スタックスネットのプログラム・ソースを公開して「チェルノブイリ事故」のような深刻な事態が起こらないように、手当てすることではないか?少なくとも(テレグラフ紙のいう)ロシアの科学者の主張するように、ブシェール発電所の操業を遅らせることではないだろう。犯罪がおこったなら、犯罪者に責任をとらせ、悲惨な事故や事件が起きないよう対処する、それから犯罪者の処罰を考える、これが民主主義社会の健全な市民感覚というものだろう。

 これは私の推測だが、スタックスネットはさほど大きな被害をもたらさないものだろう、すなわちイランの主張の方が正しいのだろう。むしろこれは大手マスコミを使った謀略・諜報戦の一環と考えた方がいいのだと思う。

 ニューヨーク・タイムズの記事は、スタックスネットの効果に迫真性をもたせようとした、そのためアメリカとイスラエルの共同作業であることを自ら暴露した、と考えた方がつじつまがあっている。そして今イランを止めないと世界は大変な事態になると警告したいのだと思う。

(あと一ヶ月もしたら、朝日新聞は「安全の確認できていないブシェール発電所の本格操業に疑問符」と題した社説をかかげることだろう。)

 ニューヨーク・タイムズの記事が正しいものだとすれば、事件にオバマ政権の関与は明白である。(大統領オバマの個人的関与についてはわからない。)

 オバマ政権は、こうしてなにがなんでもイランが自前で原子力産業を育成することを阻止したいのだが、しかし計算違いがあった。すくなくとも私にはそう見える。世界の非難は原子力発電所の操業をあきらめないイランに向かっていくか、それともサイバーテロと言う犯罪に手を染めたオバマ政権に向かっていくか?

 私は後者だろうと思う・・・。

 おりしもイスタンブールで、「5P+1」とイランの協議が再開されている。