フィリピン共和国憲法(抜粋)


この1987年成立の憲法の原文は、次のサイトで原文を全文読むことができる。http://www.chanrobles.com/philsupremelaw.htm 
核兵器廃絶とこの憲法との関連に置いて、この憲法の意義を、フィリピン大学教授ロジャー・ポサダスは次にように解説している。

(以下は岩波新書「太平洋の非核化構想」豊田利幸・飯島宗一・牧二郎編著、1990年2月20日 第一刷 U『沿岸国の責任と役割』1.フィリピンの役割:ロジャー・ポサダス執筆 山田英二訳 からの抜き書きである。)

しかしながら、最近までは(*1980年代後半の情勢を指す)東南アジア平和、自由、中立地帯及び非核地帯の見通しは余り明るいものとは言えなかった。それはフィリピンにはアジア・太平洋地域で最大かつ最も重要なアメリカの軍事基地及び施設が置かれているからである。しかも他のASEAN諸国政府は合衆国と密接な関係にあり、フィリピンにおけるアメリカ軍事基地の継続的存在に対して、それが平和、自由、中立地帯の考え方と矛盾するにもかかわらず、好感を抱いたり容認したりする傾向にあった。フィリピンは国内に置いては、マルコスが政権にある限り、合衆国政府がその基地を維持することは無制限に保障されていた。
  この状況は1986年2月フィリピンにおける民衆革命の成功によってマルコス政権が倒され、コラソン・アキノ大統領の下で自由民主党政府が成立して劇的に変化した。
  さらに1987年2月にはフィリピン国民は圧倒的多数の投票で、フィリピン国内の合衆国基地の維持を継続する条件を制限する条項を含む新しい憲法を批准した。
  まず第一に、新しいフィリピン憲法は次のような条文を含んでいる。『フィリピンはその国益に沿って、その領土内に核兵器を置かない政策を採用し、追求する。』この条項はフィリピンを、核兵器を単なる立法措置や政府の政策でなく、国の基本法である憲法によって禁止している世界でも数少ない国の一つたらしめている。この憲法条項に、血と肉を与えるために、23名の構成員からなるフィリピン上院は、1988年6月6日(賛成19反対3棄権1の投票によって)『非核兵器法』として知られている上院法案第413号を採択した。」

 ここでポサダスが解説しているように、フィリピンには、クラーク空軍基地とスービック海軍基地というアジア・太平洋最大の軍事基地があった。アメリカは伝統的に核兵器持ち込みについて「否定も肯定もしない」態度をとっており、当然この両基地には核兵器が存在する。しかもこの憲法には、米軍基地の存在を事実上認めない条項を含んでいた。

 現実は、このポサダス教授の論文のあと、アメリカはフィリピンから軍事基地を撤収し、その機能の一部を沖縄に移した。1992年のことである。つまり、フィリピンはこの1987年憲法を制定することによって、米軍基地を追い出し、フィリピンを「非核兵器地帯」とすることに成功したわけである。

フィリピン憲法は長文にわたるため、関連部分の訳出だけとした。内容全般は、http://www.jogmec.go.jp/mric_web/strategic/philippines2007/pdf/philippines_2.pdf の記述がフィリピン憲法の要約となっている。これは独立行政法人・石油天然ガス・金属鉱物資源機構のWebサイトである。
私は法律の専門家ではなく、訳語が適切でないかも知れない。しかし、私は誰にでも読める形で、フィリピン憲法の重要な部分を伝えたかった。おこがましくも訳出した次第である。誤りがあれば(恐らく法律用語としての日本語訳出に誤っている部分はあると思うが)、ぜひご指摘願いたい。

(以下本文)



1987年フィリピン共和国憲法

前文(Preamble)
われわれフィリピン人民は、全能の神の助けをこいねがいつつ、正義と人道の社会を建設するため、われわれの理想と志を具現化する政府を樹立し、国の共有財産を促進し、またわれわれが受けついてきた伝統的な財産を守り発展させるため、法の原則、独立と民主主義を謳歌し、真実、正義、自由、平等そして平和のもとでの独立と民主主義を謳歌するため、ここのこの憲法を制定し公布する。
第1条(ARTICLE T) 国家の領域
フィリピンの領域は、フィリピン群島からなり、すべての島々それを囲繞する水域、それにフィリピンの主権または管轄権の及陸地、河川、海底、下層土、その他の海中などを含む区域を伴うものとする。群島を取り巻く水域、群島間及び群島を連結する水域、幅あるいは距離にかかわらずフィリピン群島の域内水域も領域とする。
第2条 (ARTICLE U) 基本理念と国家政策の宣言
基本理念
第1項 フィリピンは民主主義的共和国である。主権は人民に存す。政府のすべての権能は人民より出る。
第2項 フィリピンは国家政策の手段としての戦争を放棄(renounce)し、そして一般に許容されている国際法の原則を我が国の法の一部分として採用し、すべての諸国との平和、平等、正義、自由、協力、そして友好を政策として堅持する。
第3項 いかなる時でも、シビリアンの権威は軍部に優越する。フィリピンの軍隊は、人民と国の防御者である。その目標は国家の主権と国家の領域の統合にある。
第4項 政府の第一の義務は、人民に奉仕することであり、人民を防御することである。政府は国家を防衛するため人民を招集することが許され、従ってその目的を満たすため、法が与える条件のもとで、軍事や一般行政を問わず、人民は公職に就くことの要求がなされることが許される。
第5項 平和と秩序の維持、人命・自由そして財産の保護、全体の福祉の増進は、民主主義の恩恵の下の人民による生活の享受にとって基本となる。
第6項 教会と国家の分離は、これを不可侵とする。

国家政策(STATE POLICIES)
第7項 国家は自立した外交政策を追求するものとする。他国との関係に置いて至高の考慮は、国家主権、領土の統合、国益そして自決の権利に置かれるべきである。
(※ 随分ナショナリスティックな表現と思われるかも知れないが、この時期フィリッピンの最大の課題が、米軍の基地をフィリッピンから撤収させ、外交的独立を闘いとることだったことを想起すべきであろう。)
第8項 フィリピンは一貫して国益と共にあり、領土内において核兵器から自由となる政策を採用し追求する。
(※ これがフィリピン憲法の非核兵器条項である。核兵器を領土内に置かないことが国益であるとしている点に注目したい。アメリカ軍のクラーク空軍基地とスービック海軍基地が他の核兵器大国の標的にされてきたことはまず間違いなく、この「非核兵器国益論」はフィリピン人の実感ではなかったろうか?
 前出のポサダス論文では、『この条項はフィリピンを、核兵器を単なる立法措置や政府の政策でなく国の基本法である憲法によって禁止している世界でも数少ない禁止している世界でも数少ない国の一つたらしめている。この憲法条項に血と肉をあたえるために、23名の構成員からなるフィリピン上院は1988年6月6日<賛成19、反対3,棄権1の投票によって>「非核兵器法」として知られている上院法案第413号を採択した。』(前掲書44P)と説明している。)
第9項 国家は、繁栄と独立を確証し、適切な社会サービスを提供し、完全雇用を促進し、生活水準を向上し、全員の生活の質を改善するような政策を通して人民を貧困から解放するような、正しくまたダイナミックな社会秩序を増進するものとする。
第10項 国家は、国家発展のすべての段階における社会正義を増進するものとする。
第11項 国家は、あらゆる人に対しての人間の尊厳に価値をおくものであり、人権に対して完全な尊重をおくことを保証する。


(以下略)