(2012.8.12)
No.045
広島2人デモ
その② 大飯原発再稼働-朝日新聞にみる巧妙な世論誘導と脅し


 政府・関電「電力不足」の威しを拡声する朝日新聞

 前回は、何が何でも大飯原発再稼働を強行し、原発の息の根を止めまいとする野田政権と関電、そして表向き「脱原発」を掲げながら裏ではしっかり、野田政権・関電に協力した関西広域連合の詐術を見てきた。なぜ野田政権は、あからさまな誤魔化しを使ってまで原発を再稼働したいのか?ここでお手軽に結論めいたことを書くのはやめておく。もう少しスケールの大きな話だ。今のところ、野田政権は、国際核利益共同体ともいうべきグループの手駒の一つとして使われていること、この問題は決して日本の国内だけを見ていたのでは説明がつかないこと、だけを指摘するに止めたい。

 さてある意味、野田政権、関電、関西広域連合よりタチが悪いのが日本の大手マスコミだ。「今夏、原発なしでは電力不足。国民生活を守るためには大飯原発の再稼働が必須」というのが、野田政権・関電・関西広域連合の言い分だった。つまりは、「原発を再稼働させなければ、今夏日本経済・国民生活が大混乱に陥る」-この言い分を、中身の検証なしで大げさに取り上げ、政府・関電の下品な恫喝を日本中に増幅・拡声したのが、日本の大手マスコミだった。

 まだみなさんの記憶に新しいところだが、さしあたり、ここでは2012年6月23日(土曜日)付け朝日新聞の朝刊からみてみよう。


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 この日の前日22日、政府野田政権は関電大飯原発3・4号機の再稼働を決定したうえで、関西電力・中部電力・中国電力・北陸電力の4電力会社管内の「節電計画」を見直した。恐らく事前に打ち合わせが出来ていたのであろう、関電は間髪入れず、「計画停電」計画を発表した。この政府と関電の発表を批判・検証抜きで、そのまま大げさに伝えていることが、この日の朝日新聞の大きな特徴である。まるで戦前軍部の大本営発表紙面を思わせる。

 画像を見ておわかりのように、1面トップに4段抜き見出しで「供給余力1%割れで実施」、「6グループに分けて輪番」と大きく掲載し、まるで明日にも計画停電が始まるかのように伝え、読む者の危機感をいやが上にも盛り上げる。

 「供給余力」の本当の意味

 ところで、この見出しに使っている「供給余力」の正確な意味をこの紙面や後でもご紹介する関連記事でもどこでも説明していない。

次に掲げる表は、2012年7月19日から8月1日までの2週間の関西電力「電力需給実績表」である。


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 この表で、例えば気温36.2℃の8月1日(水)、関電は使用ピーク時の午後2時頃、2990万kWの電力を供給した。その時の使用実績は2574万kWだった。この時の供給実績2990万kWに対する使用実績2574万kWの割合を、関電は「使用率」と称している。たとえば下記画像は関電「でんき予報」、8月6日午後5時頃の画面である。

 <関電「でんき予報」8月6日 午後5時頃の画面>

 この画面で「使用率85%」としているのは、14時から15時の間に3023万kWの電力を供給しましたよ、その時の使用実績は2570万kWでしたよ、ですからピーク時の供給に対して使用は「使用率85%」でしたよ、という意味になる。また、それ以上の意味はない。

 2012年7月19日から8月1日までの2週間の関西電力「電力需給実績表」を見てもらうとおわかりのように、2週間の間毎日ピーク時の供給電力量は変化している。これは毎日予想電力使用量が変わるためだ。たとえばどんなに暑い日でも、事務所や工場が稼働していない土曜日、日曜日はピーク時の使用量は精々2000万kW前後だ。このピーク時使用に対して3000万kWも供給するのはバカげている。それできめ細かく供給量を調整している。ここで疑問が浮かぶのは、一体関電はこの時最大でどれほどの電力供給力をもっているのだろうか、という疑問だ。というのは供給量を調整するといっても、最大供給力を上回ることは絶対ないからだ。後で詳述する機会があるだろうが、私は、関電は原発の発電量237万kWを含めて最低限3348万kWの供給力を持っていると推定している。

 この雑観記事のその①でご紹介したように、関西広域連合は関電の供給能力は原発なしで、ピーク時2542 万kWとした。これに原発の237万kWを加えると、2779万kWになる。この数字がデタラメであることは、すでに先の表が証明している。7月19日から8月1日の2週間で関西広域連合が立てたピーク時予想最大供給量2779万kW上回る日は11日もある。

 朝日新聞が見出しに使った「供給余力1%」というのは、ピーク時最大供給力のことではない。関電でんき予報のいう使用率のことだ。つまりその日ピーク時供給に対してピーク時使用率が99%以上になった時に計画停電を実施するという意味だ。だが「供給余力1%」という事態は絶対起こらない。なぜならば「供給余力1%」になりそうなら、その日のピーク時供給力を3348万kWを上限としていくらでも増やすことが出来るからだ。また、最大需要が3000万kWに達することは絶対に起こらないからだ。

 電力不足の恐怖を植え付ける

 この朝日新聞の記事は、読者に対して、今夏電力需給の全体観を与えず、部分だけを強調し、「電力不足」への恐怖感を盛り上げる仕組みになっている。たとえば次のような具合だ。

政府の試算では、(大飯原発の)3・4号機フル稼働した場合、関電の8月のピーク時の電力不足は14.9%(445万キロワット)から9.2%(274万キロワット)に改善する。このため、3号機がフル稼働した段階で、関電は15%から10%、中部・北陸電力は5%から4%、中国電力は、5%から3%に節電目標を引き下げる。』

 大飯原発3号機・4号機がフル稼働するのを受けて、関西・中部・中国・北陸電力の節電目標を引き下げるという政府の発表を説明したくだりだが、この文章を読んで、なぜ引き下げるのか、その合理性や妥当性を読者自身が検証できる仕組みにはなっていない。「よらしむべし、知らしむべからず」の典型的な記事だ。

 電力不足は445万kWでこれが総電力需要「X」の14.9%だ、というのだから「X」は、約2987万kW、まるめて3000万kWだ、と政府が予測していることは計算で出てくる。

 ところで大飯原発3・4号機がフル稼働するとそれぞれ117.5万kWが定格出力だから、235万kWの電力が得られることになる。(実際には先の表でもおわかりのように、2つの原子炉で237万kWの出力をしている。)電力不足は「445万キロワット」だから、2つ原子炉での出力合計235万kWを引いてみる。「445-235=210」だから、電力不足は210万kWに改善されるはずだ。これを2987万kWの全体需要から割合を求めてみると、7.03%となる。つまり2つの原子炉がフル稼働することによって、電力不足は14.9%から7.03%に改善されることになる。ところが記事は2つの原子炉がフル稼働してもなおも不足は「9.2%=274万kW」もあるというのだ。しかも274万kWの電力不足が全体「X」の9.2%に相当する訳だから「X」を求めてみると今度は2978万kWになる。これでは2号機・3号機がフル稼働すると全体需要も9万kWほど減少する計算になる。

 まるきりわけの判らない記事だ。はっきり指摘できることはこの記事を書いた記者(無署名)が、自分が何を書いているのか全く理解していない、政府から渡された資料を横に置いてテキトーに書いているだろうことだ。この記事のテキトーぶりは、

 『3号機がフル稼働した段階で、関電は15%から10%』に節電目標を引き下げるという部分でいよいよはっきりしてくる。節電目標は15%から10%へ、すなわち5%引き下げるという。これは3号機がフル稼働した場合の話だ。政府の最大需要予測、丸めて3000万kWの5%は150万kWだ。ところが、先にも見たように3号機の定格出力は117.5万kWでしかない。3000万kWに対しては実は3.9%でしかない。そうするとフル稼働することによって出てくる原発以外の余分の電力は一体どこから来るのか?なんとも辻褄の合わない記事である。

 微に入り細に入り計画停電を描写

 実は朝日新聞6月23日付け朝刊トップの記事で読者に刷り込みたいのは、ここではない。「6グループに分けて輪番」という見出しに表現されているように「関電の計画停電」計画を読者に印象づけ、「原発が稼働しなかった時」の恐怖を植え付けるところにある。

 そのためには計画停電の中身を微に入り細に入り描き出す必要がある。それが、2面の「実施決定は2時間前」と題する「計画停電 関電管内のQ&A」仕立ての記事である。(2面紙面画像参照)


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 「対象外れる施設も」の2段見出しで、関電の計画停電の概要を説明し「医療機関や鉄道など除外される施設もある」として「計画停電から除外される施設」の表まで掲げている。「細分化で平等に」の2段見出しでは、計画停電の仕組みを説明し、グループ分けの上、時間帯を決めてグループでローテーションを組んで平等に停電するように計画していることを説明している。「変電所ごとに区分け」の2段見出しで、グループが変電所ごとの構成になっていて、どのグループに属するかの調べかたが説明してある。ご丁寧に「グループの調べ方」と題して関電への連絡方法も囲み記事で入れている。

 しかしこの見出しで重要なカ所は次の記述だろう。「実際に計画停電になるまでの流れは?」と質問させておいて、

西日本全体の使用率が99%を越えると予想される場合に実施する。実施の2時間前に公表される。(この使用率は先ほど説明した使用率と全く同じ意味である。すなわち電力業界用語である)

 いかにも細かい丁寧な説明で、計画停電実施の恐怖を煽り立てる仕立てになっている。2面には関連記事仕立てで「目標緩和に企業安堵」の4段見出しが立ててあり、その記事では、『大飯原発の再稼働で目標が緩和されることがはっきりしたことで、関電管内の企業経営者には安堵感が広がる。』として、関電大飯原発再稼働に歓迎のムードが広がっていることを伝えている。この見出しの記事は『長谷川閑史社長は「最悪の事態を覚悟していたところでの緩和。そう混乱なく(夏の節電は)対応可能だ」と話した。』との談話で結ばれている。

 これまで、私は「大飯原発再稼働は政府・関電・関西広域連合の共同作業、大手マスコミがその宣伝役を務めた」と書いてきたが、その黒幕は関西経済界だ、と付け加えねばならない。長谷川閑史は武田薬品工業の社長で、経済同友会代表幹事、日本経済団体連合会評議員会副議長である。武田薬品製品の購入ボイコット運動を呼びかけねばなるまい。

 この日の朝日の朝刊は、ご丁寧に3面に「関西電力 計画停電グループ」の割り振り表まで載せている。これでは、まるきり関電の宣伝広報紙である。

 朝日新聞がもしジャーナリズムならば、政府・関電の広報宣伝に精力を注ぐのではなく、政府・関電のウソと誤魔化しを暴いてそれを読者に伝えるべきだったのだ。その気になれば公表資料だけでも相当のことが判明する。しかしこの新聞は(朝日だけではない。日本の大手マスコミはみなそうだ)、ついぞそうしなかった。 

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 「計画停電 その時何が」の悪質さ

 しかし、この日の朝日新聞が掲載した関連記事の中で、市民の恐怖心を煽り立てるという意味でもっとも悪質な記事は、32面社会面に掲載された「計画停電 その時何が」という横見出しのついた記事だろう。「病院 4割弱が対象に」、「警察官 手信号を訓練」などの見出しが躍る。すべての交通信号が止まった時に備えて、警察官が慣れぬ手信号の訓練をしている映像は各テレビ局も繰り返し流した。あるいは「エレベーター要注意」の記事、また「身の回りの備えはどうしたら?」というタイトルのもとに、停電になった場合の様々な生活上の注意を細かくイラスト入りで書いている。


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 この記事には「大量クラゲ、発電所悲鳴」の記事と組み合わせており、『関西電力は22日、大阪湾に面する4基の火力発電所に大量のミズクラゲが押し寄せたことで、・・・発電量が90万キロワット減ったと発表した。』という関電の発表ものを検証抜きで伝え、火力発電の脆弱さを強く印象づけている。

 さて、私も書いていてイヤになっているが、ここで大きな疑問がある。政府の節電計画見直し発表は6月22日である。一応関電の「節電計画」はその政府発表を受けて発表されたことになっている。朝日の記事はその翌日の朝刊トップ記事である。

 (私の引用している記事は、すべて朝日新聞大阪本社発行の広島地域版である。他の地域では記事の組み方は大きく違うかも知れない。)

 朝日新聞はこれだけの記事を22日に政府や関電の発表を知って準備したのであろうか?そんなことは考えられない。当然政府や関電の発表の内容を事前に知っていてタイミング良くぶつけ、「電力不足」の危機意識を煽ったのである。

 4月1日に行われた奇術

 野田政権はいつ頃から、「大飯原発再稼働」の準備と世論対策を開始したのであろうか?そして主要マスコミはそれにいかに協力し、「政府・関電」の拡声器の役割を果たしてきたのか、それを朝日新聞に例を取りながらたどってみよう。

 私が朝日新聞を取り上げるのは他でもない。この新聞が「リベラル」、「進歩的」、「反権力」を気取っているからだ。つまりは、支配層の意向を代弁するに当たって一番手が込んでいる、言い換えれば「サンケイ」や「読売」よりも悪質だからだ。

 4月1日付け3面(10版)に掲載された「原発の安全監視 空白」と題する記事(執筆者は西川迅)は早くも、野田政権の「大飯原発再稼働」へ向けての伏線が張られている。


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 記事の内容は4月1日から原子力規制庁が発足することになっているが、発足していない、『当面、原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会が業務を継続するが、安全委は近く任期が切れ委員の後任が決まっていない。』(以上リード記事より)

 といって解体廃止が決まっている原子力安全・保安院に耐性評価(ストレステスト)の審査を任せる訳にはいかない。つまりは、原子力安全行政にポッコリ空白が空いた、という記事だ。といってこの記事で、空白をあけていいのかと激しく批判するわけでもない。

 ちょっと冷静に考えれば、東電福島第一発電所事故のまだ真っただ中である。国の原子力規制行政に空白が生じていいはずがない。問題にすべきなのはこの点なのに、この記事は全くその基本問題に触れず、空白が生じていることを伝えるだけだ。しかし、実際に空白があるはずがない。果たして、

細野豪志原発相は3月29日、(原子力安全)委員らと面会した。(4月16日で任期が切れる)3人の委員らと面会した。・・・細野氏は30日の閣議後記者会見で「どういう形で(原子力安全行政ないしは規制行政を)機能させるか、私が判断したい」と述べた。』

 ここが、この記事全体の全てのポイントだ。今後「原子力規制」ないしは「安全行政」は、正式の機関ができるまで暫定的に内閣が行いますよ、と宣言したに等しい。本来内閣の構成員は、原子力の専門家でも何でもない。彼らが安全かどうかを判断する見識も知識も経験もなにもない。内閣が原発再稼働の安全性について判断すること自体、違法である。内閣は原発再稼働について政治判断はできる。その時の言い方は「内閣は大飯原発再稼働が安全かどうかについて判断できない。しかし、必要だと思われるので安全かどうかわからないが、再稼働を決断した。」という事はできる。しかし、繰り返しになるが内閣に大飯原発再稼働の安全性は判断できないし、すべきでもない

 細野は「どういう形で機能させるかは私が判断したい」と宣言することによって、本来内閣に与えられていない権限を取ってしまう、伏線を張った訳だ。またこの記事は、あたかもそれにやむを得ず正当性があるかのような印象を与えることに成功している。つまり野田政権は「空白」を利用して一大奇術を演じて見せたことになる。

 これが、後日野田が「国民生活を守るために大飯原発の再稼働を決定する」と宣言する正当性の一大伏線となった。

 いつ野田政権は大飯原発再稼働派になったか

 4月3日付け朝刊(14版)は一面トップで「大飯原発再稼働判断先送り」「政権 京都・滋賀の反発考慮」の見出しで、野田政権が大飯原発再稼働に否定的な姿勢であることを伝えている。リード記事は次のように言う。


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野田政権は2日、定期点検中で停止中の関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させる政治判断を先送りする方針を固めた。・・・反発が強く、慎重に見極める。政権がめざす4月中の再稼働も厳しい情勢になった。』(この記事は無署名)

 本文は次のように続く。

野田佳彦首相は3日夕、枝野幸男経済産業省ら関係3閣僚と大飯原発の再稼働につい
て協議。安全性の確認をするが、結論は見送る見通し。当初はこの段階で再稼働可能
と判断し、地元を説得する方針だった。』

 それまで、朝日新聞を割と丁寧に読んできた私などは面食らってしまう。野田政権は脱原発を旗印にしてきたのではなかったのか?いつ「当初はこの段階で再稼働可能と判断し、地元を説得する方針だった。」に転じたのか?

 それはなにやらきな臭い感じはあったが、「再稼働可能と判断」といってもそれは内閣の権限ではない、あくまで原発規制当局の権限に属する。新設原子力規制庁に対する監視を強めなければならない、と考えていた矢先だ。

 まさに藪から棒の記事である。しかしこの記事も4月1日付の記事と重ね合わせれば納得が行く。つまり「原子力規制当局空白」を利用して、「再稼働判断権限」を内閣の手に奪った、簒奪したのだと考えれば自ずとストーリーは読めてくる。

 また朝日の記事はこの内閣の狙いを衝いて非難しないことで、この簒奪劇を黙認し、黙認するどころか正当化する役割を果たしていることが理解できる。だからこの記事のポイントは「判断先送り」にあるのではなく、判断権限は内閣にあることを宣言し、周知徹底・正当化するところに眼目があった。

 暫定基準作成

 この1面トップ記事の関連記事として4面にはご丁寧に「政権、再稼働に一転慎重」の見出しで、『野田政権が、原発再稼働に慎重な姿勢に転じはじめた。・・・反対論が強く、自治体の考えや世論を慎重に見極めざるを得ない状況に追い込まれた。』と書いている。


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 繰り返すが、原発を再稼働させるかどうかは原子力規制当局の判断事項で、その基準は稼働しても「安全」かどうかである。それが、曲がりなりにも、建前としてでもそれまで守られていたルールである。それが4月を期して内閣が判断する事項として市民権を得た。この一連の朝日の記事は、この一種の「クーデタ」を追認するものとなっている。

 内閣は原発操業についてはシロウトである。そのシロウトが「安全」を判断するというアクロバットを演じなくてはならない。これは結構難題である。しかし野田内閣はこの難題も至極簡単に解いてしまった。それが「大飯原発再稼働専用の暫定基準作成」である。だれかが知恵をつけたのであろう。

 4月4日の朝日新聞は、1面左肩で「大飯再稼働へ暫定基準」「安全対策 首相が作成指示」の見出しの下に『野田佳彦首相は、安全対策の暫定基準を作るよう・・・原子力安全・保安院に指示、判断を先送りした。』と書いている。(この記事も無署名である)


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 「判断を先送り」も何も、原発再稼働が安全かどうか判断する基準も能力もスタッフもいない内閣構成員に「判断」すること自体不可能だ。判断するとすれば、「安全かどうか判りませんが、関電がそういうので再稼働させます」とでも言う他はない。先送りしたのではなく、「判断基準」を持とうとしたのだ。

・・・会合には野田首相のほか枝野幸男経産相、細野豪志原発相、藤村修官房長官らが出席した。冒頭、首相は「これまで行ってきた専門的、科学的な評価をしっかり確認し、国民の視点から再稼働に必要な安全性が確保されているか判断していきたい」と述べた。』

 とこの記事は書いている。野田佳彦はある原発が安全に稼働するかどうかを、「科学的」「専門的」に判断した日本で最初の、そして最後の首相となるだろう。繰り返すが、原発再稼働が安全かどうかを判断する権限を、日本のどの法体系も内閣総理大臣に与えてはいない。それがいつの間にか、内閣総理大臣がその判断をするという奇術が堂々と公衆の面前で行われた。その奇術のネタは「空白の原子力規制行政」だったわけだ。

 この記事は『保安院の暫定基準作りを踏まえ、政権は週内にも(この日は水曜日)次回会合を開く構えだ。』と結んでいる。野田政権の奇術に全面的に協力したのが、もっともらしい言論機関だったことは言うまでもない。

 野田先見が「板挟み」?

 さらにこの日の朝日は3面に「大飯原発再稼働 政権板挟み」と題する一種の解説記事を掲載している。「板挟み」の意味はこの記事のリードで説明している。『大飯原発の再稼働をめぐる綱引きが始まった。周辺自治体に慎重論が強まっている一方で、経済界からは必要論が出る。野田政権は、慎重に見極める考えで、判断の先送りを決めた。』(この記事も無署名である)


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 つまりは、野田政権は、再稼働を要求する経済界と警戒感を強める大飯原発周辺自治体の“板挟み”になっている、という構図を描き出している。ところがこんな構図などどこにも存在しなかった。

 大飯原発周辺自治体が大飯原発再稼働に警戒感を強めていたことは事実であり、また経済界、特に電力会社、原子力器機メーカー、投融資をしている大手銀行、生保・損保などの機関投資家、物流を一手に扱う大手商社、コンピュータ・ソフトハウス、制御器機メーカーなど「核利益共同体」各企業が「大飯原発再稼働」を熱望していたことは事実としても、なにも大飯原発再稼働に警戒感を強め、これに反対の姿勢を見せていたのは周辺自治体ばかりではない。それどころか当時の世論調査を信ずれば、国民の6割以上が、東電福島から放射能が依然としてどんどん洩れている状態のまま、大飯原発再稼働などとはとんでもないと大反対していたのだ。

 原発推進の経済界と大飯原発再稼働に警戒感を強める周辺自治体という架空の対立構図を描き出すことによって、こうした大多数の国民を“当事者”の局外におく、これがこの記事の本当の目的だった、と言えよう。「板挟みになる野田政権」という視点は、全く野田政権が中立公平の立場であるかのように描いてみせる目的以外のなにものでもない。実際には多くの国民(周辺自治体も含め)と大飯原発再稼働を進めようとする経済界、そしてそれを実現すべく様々な手品やトリックを使う野田政権、これが当時の正しい対立構図だった。

 この記事に使われている中見出しをひらっておこう。『首相慎重「全てを検証」』。この中身は要するに野田首相個人は、「慎重に判断する」ことを強く印象づけることが眼目になっている。

 橋下徹を持ち上げる本当の狙

 またこのころから、はっきりしてくるのが朝日新聞の異常なまでの、橋下徹の持ち上げぶりである。これは後ではっきりしてくるのだが、橋下徹を持ち上げることによって、関西広域連合の公平性・正当性を表に強く打ち出し、国民に印象づけることで、関西広域連合の「夏場電力需給検証」の正しさを強くアピールする結果となった。(その検証の中身のいい加減さは、この記事のその①で検証済みである)

 4月5日には、朝日新聞は『原発暫定基準 再稼働ありきはダメだ』と題する社説を掲載する。(社説だから無署名である。)何が何でも大原発再稼働は反対だ、という内容なのかというと、そうでもない。


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確かに夏場の電力不足は心配だ。ただ見極めるには時間がある。まずは需給見通しの精査を急ぐ。合わせて安全対策作りに腰をすえてかかるべきだ。・・・そもそも原発に絶対安全はない。』

 だから、いかなる原発の稼働にもましてや大飯原発の再稼働はいかなる理由があろうともすべきではない、という結論は必然だと思うのだが、この社説はそうは続かない。

 『その前提での再稼働はぎりぎりの選択である。形だけの手続き(この場合は暫定基準作りをさす)で強行しようとすれば、政権の信用は完全に失われるだろう。』と結ぶ。

 よく読むと、①夏場電力不足で、②絶対安全はないことを前提にした安全対策ができれば(そんなものはありえないのだが)、再稼働はギリギリの選択である、といっているのである。

 翌4月6日(金曜日)、朝日新聞大阪本社版(4版)は一面トップで、『大飯再稼働の基準了承』『閣僚会合、今日決定』と題する記事を掲載し、野田政権の既成事実積み上げに協力し、読むものにあきらめを促す。『野田政権は5日、関西電力の大飯原発3号機、4号機(福井県おおい町)を再稼働させる条件となる安全対策の暫定基準を了承した。』(以上リード記事。不思議なことにこの記事も無署名である。)


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 本文記事では『大阪市の橋下市長は5日記者団に「昨日のきょうで暫定的な安全基準なんて作れるわけはない。再稼働されたら本当に危ない」などと反発を強めている。』とし、「正義の味方、橋下大阪市長」をさりげなく売り込んでいる。後に「今夏需給検証」をしたと称する関西広域連合が「やはり夏場電力は足りない」という結論を出し、いわゆる橋下徹の「降参宣言」で、「大飯原発再稼働」に対するお墨付きを出す役割を、橋下が演ずることになる経緯を考えると、この時点での「橋下売り込み」の重要性が判ろうというものだ。朝日新聞の(朝日に限らないが)、「橋下持ち上げ」はその後の「大飯原発再稼働」への重要な伏線の一つとなっていくのである。

 「暫定基準の正当性」に論点をずらす

 問題の本質は「暫定基準が信頼性にたるものかどうか」ではない。「内閣」、ましてや「閣僚会合」なるものに、「原発の安全性を判断する権限がある」のかどうか、日本の法体系は内閣にそんな権能を付与していない、という点にある。内閣はいつから原子力行政組織になったのか、この点が全ての問題の本質である。

 朝日新聞はこの問題の本質から、人々の注意を、大阪市長の橋下徹とともに派手に逸らしていく。それを象徴するのが、この日2面に掲載した『再稼働 2日で即席基準』と題する記事だろう。(この記事も無署名だ)


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 この記事は要するに、「たった2日で安全基準なんかできるわけはない」という橋下の主張を丁寧に裏付けたものに過ぎない。そして次のようにいう。『4月1日に原子力規制庁の発足で廃止されるはずだった保安院が、わずか2日の作業で作った即席の暫定基準案。・・・了承される見通しだ。その後、政府は福井県など原発自治体やその周辺自治体に説明する予定だが、同意や理解が得られるか不明だ。』

 問題にすべきは、「内閣が原発の安全を判断することの正当性」なのだが、この後見事に「暫定基準」の正当性に問題がすり替わっていく。内閣に正当性がないとすれば、暫定安全基準も確定安全基準もあったものではない。

 まことに朝日新聞をはじめとする大手マスコミの役割は、橋下徹とともに野田内閣にとって「殊勲甲」といわねばならない。この日36面<社会面>には『安全性捨てなぜ再稼働急ぐ』と題して、滋賀県知事の嘉田由紀子の「暫定基準批判」記事が掲載されているが、関西広域連合では常にバイプレーヤだった嘉田は、この記事においても二番煎じのバイプレーヤでしかない。


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 こうして国民の前で堂々たる奇術が行われ、「野田内閣」が大飯原発の再稼働について最終判断することの正当性が認められてしまった。インターネットでは、「内閣に安全性を判断することはできない」という議論が一定の力を持ったが、朝日新聞を代表とする大手マスコミが、野田政権の判断正当性についてなんらの疑義を出さないばかりか、問題の本質を「暫定基準の妥当性」に逸らされてしまっては万事休すである。

 再稼働までのロードマップ

 果たして翌日4月7日朝日新聞大阪本社版(14版)は、『大飯 来週にも安全宣言』の大見出しとともに『再稼働 電力需給も判断材料』として、再稼働に向けたスケジュールを細々と書いている。「大飯原発の再稼働に向けた手順」と題するロードマップでは、「来週中 閣僚会合で大飯原発の安全宣言と再稼働の妥当性を判断」、「枝野経産相が福井県を訪問。再稼働を要請」、「福井県原子力安全専門委が暫定基準を検証」、「県議会、おおい町議会が審議」、「おおい町で住民説明会」、「福井県知事、おおい町長が“同意”」、「滋賀・大阪・京都に理解を求める」、「閣僚会合で再稼働を最終判断」とご丁寧に再稼働までの手続きを細かく説明している。これを読む読者は、再稼働はすでに既定路線のような錯覚に陥るから不思議な効果がある。(実際この手順で再稼働まで突き進んでいくのである)


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 この記事も無署名記事だが、次のように結んでいる。

 『大飯原発が立地する福井県のほか、滋賀県や京都府、大阪市といった周辺自治体の理解も再稼働を最終判断するカギとなる。民主党の前原誠司政調会長は6日、大飯原発の再稼働を巡る党の意見集約を見送り、野田内閣に判断に委ねる方針を決めた。』

 今8月中旬時点でこの記事を読んでみると皆グルだったことがよくわかる。 

 ここでもう一度、朝日新聞が7日の朝刊で示した「大飯原発再稼働」へ向けてのロードマップを確認しておこう。これから先、朝日新聞をはじめとするマスコミが、たくみに原発再稼働に向けて世論を誘導していく過程を理解するのに極めて重要だ。

① 「閣僚会合で大飯原発の安全宣言と再稼働の妥当性を判断」
② 「枝野経産相が福井県を訪問。再稼働を要請」
③ 「福井県原子力安全専門委が暫定基準を検証」
④ 「福井県議会、おおい町議会が審議」
⑤ 「おおい町で住民説明会」
⑥ 「福井県知事、おおい町長が“同意”」
⑦ 「滋賀・大阪・京都に理解を求める」
⑧ 「閣僚会合で再稼働を最終判断」


 まず閣僚会合で「再稼働は安全」と判断する、次に政府が福井県に再稼働承認を要請する、これを受けて県・おおい町が審議する、そして県・おおい町が同意する、次に周辺自治体である滋賀・大阪・京都に理解を求める。これはもう関西広域連合の理解を求める、と十把一絡げにしておいていいだろう。ただし、関西広域連合自体は最初から政府・関電とグルだったことを考えれば、政府が理解を求める本当の対象は滋賀・大阪・京都に住んでいる市民たちだったことは念頭に置いておかねばならない。そしてこの手続きを踏んでおいてから、最終仕上げとして「関係閣僚会議で再稼働を決定する」というシナリオである。

 以上のシナリオの中で、福井県議会やおおい町が再稼働に反対する可能性はない。関西広域連合はグルだからこれも実は政府野田政権にとって安全パイである。従って本当に手こずるのは滋賀・大阪・京都に住んでいる市民たちである。彼らを納得させる理由を政府・関電は劇的までに示さなければならない。(これは、いうまでもなく「電力不足」・「料金値上げ」の脅迫である。このことは後に示される。)

 橋下の大暴れと説得力

  関電管内に住む一般市民を劇的なまでに脅迫し、再稼働やむなしの世論を作るためには、橋下徹を親分とする関西広域連合に一暴れも二暴れもしてもらわなければならない。強面関西広域連合が野田政権に正面切って対決し、野田政権と対峙した上で降参宣言をする、やはり「今夏電力は足りない。大飯原発再稼働やむなし」に転ずる方が劇的で説得力がある・・・。

 私は後で生起した事象を単にうまく説明しようとしているのではない。ポイントは関西広域連合がグルだった、という事実だ。これにはほとんど直接証拠といっていいほどの証拠がある。それはこの雑観のその①で示した、関西広域連合「エネルギー検討会 電力需給等検討プロジェクトチーム 」の極めて杜撰な検証結果である。子供だましのような検証を大げさにやって見せて、政府関電の「今夏15%電力不足」を追認した。この検証結果こそが関西広域連合が政府・関電とグルだったことの動かぬ証拠である。

 4月10日の朝日新聞大阪本社版(14版)は、先のロードマップが順調に進んでいることを伝えてくれる重要なニュースを2つ掲載している。


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 一つは『安全策「おおむね適合」』の見出しのもとに、関係閣僚が大飯原発の安全性はほぼ暫定基準に合致していると判断したことを伝えるニュースである。先のロードマップでは『①「閣僚会合で大飯原発の安全宣言と再稼働の妥当性を判断」』に相当する。傑作なのはこの記事のもうひとつ見出しに『閣僚会合 結論は先送り』と打っていることだ。当たり前である。これは⑧の最終段階に相当する。だから先送りしたのではなくて、予定の行動なのだ。朝日が「結論は先送り」と書くことによって、野田政権がこの問題に慎重であることを強く印象づける効果をもっている。(またまたこの記事も無署名である)

 もうひとつの重要なニュースは、1面トップの『大飯100㌔圏と協定要求』と大見出しが打たれた記事である。(この記事も無署名である)サブ見出しは『大阪市 再稼働に8条件』としてある。

 8条件はこの記事の横に表としてまとめている。この要求は厳密には関西広域連合の要求ではない。大阪市の「エネルギー戦略会議」決めた条件だ。今となっては橋下徹の強面ぶりを演出するパーフォーマンスだったことが明らかになっているので、8条件をいちいち示さないが、この記事の狙いは、「政府・関電」と対決姿勢を示す橋下徹を大げさに持ち上げてみせるところにある。先ほどのロードマップで言えば、『⑦「滋賀・大阪・京都の市民に理解を求める」』のための伏線となるべき動きだ。橋下には一暴れも二暴れもしてもらわなければならない。彼が暴れれば暴れるほど、その降参宣言は説得力をもつ。
(以下のその③へ)