(2012.10.31)
No.051-2

ICRP学説を信奉し、広め、
国民にさらなる被曝を強制する日本の官僚政府


② 『等価線量』のシーベルトと『実効線量』のシーベルト…
「国民の健康と安全」を最優先する私たちの政府が必要

等価線量の「シーベルト」

 さて話題はシーベルトである。引き続き放影研のサイトで『シーベルト』を見てみよう。

 放射線防護の目的に用いられている放射線量の単位。種々の放射線に被曝した際、線量の合計は各放射線の物理的線量(単位はグレイ)にそれぞれの放射線の生物学的な影響の強さに対応する係数を掛けて合計します。ガンマ線に対する係数は1なので 1 Sv = 1 Gy(1ミリシーベルト[mSv] = 0.001 Sv) となり、原爆放射線に含まれている中性子に対する係数は10なので 1 Sv = 0.1 Gy ということになります。」
(<http://www.rerf.or.jp/glossary/sievert.htm>)

 グレイの説明に比べて格段にわかりにくい説明である。グレイは放射線が物質内で放出されたエネルギーの単位である。別ないい方をすると物質の放射線を吸収する線量、吸収線量の単位である。それではシーベルトは何の単位なのか?「それぞれの放射線の生物学的な影響の強さに対応する係数を掛けて合計します」というだけで何の単位か明示されていない。放影研に限らずICRP派が『シーベルト』を、まだ何の知識もない一般大衆に向けて説明する場合、いつも奥歯に物の挟まったようないい方をする。ここでは吸収する放射線の物理線量をグレイだと説明している。そしてその物理線量グレイが生物学的な影響の強さを表す単位がシーベルトだといっている。何のことかわからない。何か詳しく説明したくないことがあるようだ。

 実は放射線の種類によって、放出する電離エネルギーが大きく違うのだ。放射性物質によってまた照射する放射線の種類によってその放出する電離エネルギーが大きく違うのである。一般に飛程距離(透過力)の大きい中性子線やγ線、X線(電磁波または光子)は分子や原子に衝突して生ずる電離エネルギーは小さい。逆に飛程距離が大気中でも非常に短いα線やβ線(陽子や電子の粒の流れ)は衝突して発生させる電離エネルギーは大きい。だからα線やβ線を放出させる放射性物質が体の外にあれば大した危険はない。飛ばないからだ。α線は空中を数ミリも飛ばない。空気中の分子と衝突して数ミリ飛ぶと持っている電離エネルギーを使い果たしてしまう。β線も同様に空中を数cmも飛ぶことができない。しかし体の中にはいるとこの飛程距離でも十分細胞を傷つけてしまう。1個の細胞の大きさは精々数ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1m)の大きさだからだ。

 ICRPはこうした放射線の種類による人体に与える影響を考慮して『放射線荷重係数』を設定している。表が荷重係数表である。
  光子(γ線やX線)が係数1に対して電子(β線)も1である。内部被曝を考慮してみるとセシウム137やセシウム134(β崩壊する)、ストロンチウム90(β崩壊してイットリウム90になりイットリウム90もまたβ崩壊する)のリスクもX線の外部照射のリスクも放射線荷重係数では1である。β線を放出する放射性物質が体の中で放出する電離エネルギーの細胞に与えるリスクと、たとえば健康診断で体の外から照射するX線の細胞に与えるリスクが全く同じ「1」だというのだ。

 全く納得が行かない。ここでは体の中でβ線の細胞に与えるリスクが極端に過小評価されている。

 逆に低線量内部被曝を考えれば中性子線は過大評価されている。中性子線で内部被曝することなどは考えられないからだ。α線はX線やγ線に対して20の係数が与えられている。どちらにせよ、原子炉から出てくる放射性物質を念頭に置くと、低線量内部被曝で健康損傷を与える線種に対しては極端に過小評価する傾向がはっきり見て取れる。つまりこの係数を使って導き出される「放射線の健康に対する影響」はあきらかに内部被曝の影響を過小評価することになる。

 先ほどの放影研の記述に戻ろう。物理量(吸収線量)1グレイのγ線やX線は荷重係数が1なので、人体に対する影響の強さは1グレイ×1(係数)で1シーベルトとなる。広島原爆で受けた被曝(これは外部被曝を想定している)は2MeV(200万eV)から20MeV(2000万eV)の範囲なので係数は10となり1グレイの吸収線量は10シーベルトに相当する。シーベルトを中心に記述すると先ほどの放影研のサイトに表記してあった通り、1シーベルト=0.1グレイとなる。セシウム137はほぼβ崩壊をしてβ線を放出するので係数は1、従って1グレイの吸収線量はやはり1シーベルトに相当する。内部被曝であろうが外部被曝であろうが1シーベルトである。

 ところでこの場合シーベルトは何の単位だろうか?グレイは物質の放射線吸収線量の単位だった。『kg』は質量の単位である。『km』は長さの単位である。それでこの場合シーベルトは何の単位であろうか?正解は『等価線量』(『被曝線量等量』=equivalent dose)である。つまり放射線の人体に対する影響の強さは、物質的な吸収線量に放射線荷重係数を乗じて算出される『等価線量』のことであり、『等価線量』の単位名称が『シーベルト』なのである。


実効線量の「シーベルト」

 ところがこれで終わらない。ICRPの考え方には、『全身にわたる確率的影響のリスクを評価する線量』概念がある。これが『実効線量』(effective dose)である。実効線量は、等価線量にさらに組織荷重係数を乗じて求める。整理すると次のようになる。

物理的な吸収線量(単位はグレイ)×放射線荷重係数=等価線量
等価線量×組織荷重係数=実効線量


 そしてややこしいことに『線量当量』も『実効線量』も単位名称は同じく『シーベルト』なのである。同じ単位名称が異なる物理概念に使用されている。こんなことは科学的世界ではありえない。従って『シーベルト』と表示してあるだけでは、等価線量のことを言っているのか、実効線量のことを言っているのか判別できない。(これだけでも何かいかがわしい)

 ところで組織荷重係数とは一体なんであろうか?例によって放影研の説明を聞いてみたいところだが、放影研は説明していない。しかたがないので『ATOMICA』に聞いてみよう。

 被ばくは全身均等になることもあるが、多くの場合ある特定の器官・組織が集中的に被ばくする。特に放射性物質を呼吸あるいは経口摂取によって体内に取り込む内部被ばくの場合はほとんどの場合が不均等被ばくであって、障害の評価には被ばくする器官・組織の線量のほかに放射線感受性の差異が問題となる。身体を構成するいろいろな器官・組織の放射線感受性を評価できなかった1950年代では、主に被ばくする各器官・組織の幾つかを関連臓器として着目し、この中で最大の障害を引き起こす実際問題としては最大の被ばくを受ける器官・組織の被ばくを取り上げ、他の器官の被ばくは原則として無視するという簡略化された考えを取らざるを得なかった。取り上げられた器官・組織を決定器官:critical organと命名した全身が決定器官となることもある。

 この決定器官の被ばく線量が定められた最大許容線量をもたらす放射性物質の量を最大許容身体(器官)負荷量:MPB(O)B:maximum permissible body(organ)burdenとして導出し、さらに長期間にわたりある濃度での吸入・摂取が続く場合にこの負荷量をもたらす空気中、水中の放射性物質の濃度、最大許容空気中(水中)濃度:MPC(maximum permissible air(water) concentration)を導出して管理基準とした。」
(<http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-04-02-02>)

 この文章が日本語として理解できる人はそう多くはいないだろう。『組織荷重係数』という概念が難しいのではない。記述の仕方が曲がりくねっているからに過ぎない。

 言っていることは、「放射線被曝は全身均一であることは珍しく、不均一であることが通例である。特に内部被曝は常に不均一である。しかしこれでは困ったことが起きる。特定臓器や器官の放射線リスクが算定できない。(たとえば肺がん、胃がんのリスクなど)そこで様々な方法で全身が被った被曝の臓器や器官別のリスクを導き出していった」といっているに過ぎない。この文章が曲がりくねった表現にならざるをえないのは、『組織荷重係数』とは全身が被った被曝のリスクを、臓器・器官別に単純に割り振った係数に過ぎないことをわかりにくくするためである。言いかえれば、「被曝は全身に被る」ことを前提にしていることをできるだけ覆い隠すためである。

 「全身均一に被曝を被る」などいう事態はありうるのだろうか?理論上ありうるのである。
  全身が均一に被曝するように、被曝線源が遠く離れている場合はそうである。たとえば宇宙からやってくる宇宙放射線の場合、地表にいる私たちは全身均一に被曝するであろう。また広島原爆の場合、広島上空約400mのところで原爆が炸裂した。広島は長崎と違ってフラットな地形であり、爆心地から同心円状に均一に被曝したであろう。(たとえば『米国戦略爆撃調査団報告-広島と長崎への原爆の効果』①のⅡ-2「ヒロシマ」を参照のこと)
しかし全身均一の被曝などは、現実には『核戦争』でも起こらない限りありそうにない。ここでは現実にはめったにおこらない『全身均一被曝』が大前提になって『組織荷重係数:WT』ができあがり、WTが一種のパラメータとなって『実効線量:シーベルト』ができあがっていることだけを頭に入れておいていただきたい。実効線量概念はもともと内部被曝には全く適さない考え方なのだ。以下の表がICRPによる『組織荷重係数』である。


全身被爆を前提とする「組織荷重係数」

   1990年ICRP勧告では、脳や唾液腺には係数は振られていなかった。しかし2007年勧告ではそれぞれ『0.01』が割り当てられている。そのかわり、生殖腺は『0.20』から『0.08』と0.12も削られ、甲状腺、食道、肝臓、膀胱からそれぞれ『0.1』、合計0.4削られている。この削った0.16は、乳房に0.7、前述のように脳と唾液腺に計0.2加えられ、残りの『0.7』は残りの臓器・組織にかぶせて『0.12』としている。しかし割り振りがどう変わろうと合計は常に『1.00』である。これは全身に被曝するという考え方からして当然の帰結である。このような『被曝割り振り表』に何らかの科学的根拠があるとは到底思えない。 
 たとえば、肺に等価線量1ミリシーベルト(以下mSvと表記)、胃に1mSv、肝臓に1mSv、合計3mSvの等価線量の被曝(すべて内部被曝である)を被ったとしよう。
 そうすると理論上実効線量は、肺(1×0.12)+胃(1×0.12)+肝臓(1×0.04)=0.12+0.12+0.04=0.28mSvの実効線量となる。そうすると等価線量3mSvの被曝は実効線量ではその1/10以下の0.28mSvに化けるわけである。
 しかし実際にはこの計算はできない。というのは肺や胃等など各臓器や器官の被曝放射線計測などできはしないからだ。実際問題として肺や胃や肝臓だけを取り出してみても、それら臓器の1kg当たりに均一に(平均に)被曝するなどは実際にはあり得ない。実際には体内部に入った放射性物質は、体の一部に点在して存在し、その周辺の細胞から被曝させる。そしてその放射性物質が完全に体の外に排出されるまで繰り返しその周辺の細胞を被曝させる。これが実際に体の中で起こっていることだ。ある臓器や器官が均一に被曝するなどとは全く非現実的な想定である。

 従って実際にどうするかというと、ホールボディカウンター(WBC)で全身の被曝を計測する。放射線核種によってベクレル・シーベルト換算係数が決まっているから、セシウム137ならそのベクレル値から実効線量が計算できる。そして被曝線量が実効線量として算出できるという仕組みだ。そこで出てきた実効線量が仮に1mSvの1/1000、すなわち1μSvだとしよう。これはその人の体重1kgあたりの被曝実効線量が1μSvだということを意味している。なぜそうなるかというとシーベルトの元の概念『グレイ』にすでに“1kgあたり”という平均化概念が含まれているからだ。1グレイの定義をもう一度振り返ってみよう。

 1グレイとは物質1kgあたり1J(ジュール)の電離エネルギーの吸収線量だった。グレイにはすでに1kgあたりという“平均化概念”が含まれている。そのグレイを元にして等価線量のシーベルトが導出されている。その等価線量を元にして実効線量が導出されている。だから実効線量で導出された数値にはすでに“1kgあたり”という平均化概念が措定されている。

 ここでICRPの実効線量概念が本当に内部被曝のリスクを計るものとして有効なのかどうかを考えてみよう。食品の中に50ベクレル(Bq)のセシウム137が混入しているものとする。それを体内に摂取してしまった。50Bqのセシウム137が体全体に満遍なく均一に分散すると考えるものはいないだろう。必ず1点としてどこか臓器に付着しその近辺の細胞を攻撃するだろう。あるいは血液の中に入り込み一緒に全身を駆けめぐっているかもしれない。    
1 gのセシウム137の放射能の量は 3.215 TBq(テラ。3兆2150億Bq)なので、逆算してみると、50Bqのセシウム137は6×10-10g(100億分の6g)に過ぎない。50Bqのセシウム137は実際にはごくわずかな超微粒子である。しかし細胞レベルで付着し核崩壊のたびに厖大な電離エネルギーを放出し慢性的に細胞に電離作用を及ぼす。(セシウム137の崩壊エネルギーは117万6000電子ボルト-γ崩壊分を含むが95%までがβ崩壊。電離作用を及ぼすエネルギーは電子1個あたり平均10電子ボルトにすぎない。この崩壊エネルギーがいかに凄まじいエネルギーかがわかるだろう。)  


セシウム137・50Bqの実効線量と二つの考え方

  食品と一緒に摂取した50Bqのセシウム137はICRPの実効線量(シーベルト)では一体どのくらいなのだろうか?文部科学省は『放射線を放出する同位元素の数量等を定める件』と題された告示を出している。直近の改正は福島原発事故後の2012年3月28日である。この告示の目的は放射性物質の数量や濃度に関して厳密に定義することにある。考え方の基本はICRPのリスクモデルを採用している。この告示の別表2には放射線核種別の『実効線量係数』が一覧表示されている。要するに放射性物質単位あたりの濃度と実効線量との間の換算係数である。この係数を使ってさらに考えてみよう。

   口から放射性物質を体内に取り入れた場合、セシウム137・1Bqあたりの係数は『3.0×10-6』mSvと表示してある。つまりセシウム137・1Bqは1mSvの100万分の3mSvだという。これは0.003μSv(3ナノシーベルト)と表記もできる。従って50Bqのセシウム137は0.003μSv×50Bqで0.15μSvにしか過ぎない。10万分の15mSvである。日本の法律では公衆の年間被曝線量は年間1mSvが上限だから、365日毎日セシウム137を50g摂取して全く体の外に排出しないとしても、54.75μSvすなわち約1000分の55mSvにしかならない。1mSvにはほど遠い数字だ。    

 ここで二つの考え方ができる。一つは、50Bqのセシウム137は、毎日摂取して、しかも全く体外に排出しないと仮定しても(生物学的半減期はゼロと仮定)、1年間に0.055mSvの実効線量にしかならない。だからセシウム137・50Bqはさほど心配するような摂取量ではなく、また内部被曝としても大きな損傷ではない、とする考え方だ。今現在日本の主流となっている考え方でもある。

 もう一つの考え方は、「セシウム137・50Bqは、体外にあって被曝したらさして問題がないのかも知れないが、これが体の内部にあると相当な電離エネルギーを放出する、セシウム137はβ崩壊をするが、水分が約70%を占める体の中では精々飛程距離は数mmだろう、しかし例え1mm飛程したとしても周辺の細胞を傷つけるのに十分な距離だ、細胞の大きさは平均して5-6ナノメートル(10億分の5-6m)しかないのだから、1mm弱の飛程の中でその電離エネルギーを全て使い尽くし、細胞を傷つける。しかもセシウム137が体内にある限り、時間の経過と共に核崩壊を繰り返し、体の外に出るかあるいはエネルギーをすべて使い尽くすまで(セシウム137の物理的半減期は30.1年)、電離エネルギーを出し続ける、いわば慢性被曝の状態になる、さらにしかも、この摂取は毎日一年365日続く、2重にも3重にも慢性被曝状態は継続する、その場合でもICRPの実効線量概念ではわずか0.055mSvにしかならない。この実効線量概念は何かがおかしいのではないか?」とする考え方だ。


実効線量に隠れる平均化概念

 ふたつ目の考え方をもう少し詳しく見てみることにする。ここでセシウム137・50Bqの実効線量0.003μSvは、実は『1kgあたり』という平均化概念をすでに含んでいる。臓器1kgが平均して0.003μSvの被曝を被っている状態を表している。イラスト1を参照して欲しい。このイラスト1の状態が『0.003μSv』を内部被曝した状態だ。しかし実際にはこんな被曝は絶対に起こりえない。1kgの臓器が均一に『0.003μSv』の被曝するなどということは机上の計算である。
50Bqのセシウム137は質量に直してみると『6×10-10g(100億分の6g)』だった。目にも見えない極微粒子である。恐らく体のどの細胞にも自由に通りぬけるだろう。あるいは血液の流れに乗って自由に体中を駆けめぐっているかも知れない。
ここではある臓器に付着したと想定しよう。すると内部被曝はイラスト2の状態になる。イラスト2の状態が実際に体の中で起こっていることだ。イラスト1の状態ではない。

 ややこしくなるがここで0.003μSvという数値と実効線量概念を放棄してみよう。というのは『μSv』の概念には常に『1kgあたり』という平均化概念が前提されておりこの概念とその概念を使って表示された数値を使う限り、囲い込まれてその枠組みから一歩も出ることができないからだ。

 今『0.003μSv』という実効線量が体に与える影響の強さを『S』としよう。『S』は実際には臓器1kg全体に平均に負荷しているのではなく、セシウム137・50Bqに相当する放射性物質が付着している臓器のある一点にすべてかかっている。この一点(イラスト2参照のこと)にかかる電離放射線の影響の強さを『S』概念で表現してみよう。根拠があるわけではないが、今仮にセシウム137・50Bqの質量『6×10-10g(100億分の6g)』が『S』の影響を及ぼす範囲をセシウム137・50Bqの質量の1万倍だと仮定しよう。(10倍でも1000倍でも10万倍でもかまわない。要は『S』は臓器全体に均一に負荷しているのではなく、セシウム137・50Bqが付着している臓器の周辺=細胞にのみ負荷していることが確認できればいい)そうすると『S』が及ぼす臓器の細胞量は質量に換算すると『6×10-6g(100万分の6g)』ということになる。『S』は実は臓器1kg全体に負荷しているのではなく、100万分の6gに相当する細胞に負荷している。『S』が臓器1kgに対して均一に負荷したと仮定すると(そんなことはあり得ないのだが)、臓器1kgに負荷する『S量』は、1000g/(6×10-6)となり『1666万S』というとんでもない数字となる。ICRPの実効線量概念では『1666万S』を『0.003μSv』と表現していることになる。

 どうしてこんなおかしなことが起こるのか?もうおわかりと思う。セシウム137・50Bqという極めて微少な物質の放射線影響、しかしとんでもなく大きなエネルギーを放出する微少な放射性物質の影響を「臓器1kg」に拡大しているからだ。臓器1kgに関していうと『セシウム137・50Bq』の影響『S』を受けない部分がほとんどなのに、影響を受けない部分も『S』の影響を受けている、と仮定しているところに実効線量概念のおかしさがある。いわば実効線量概念のいかがわしさは、その前提の平均化概念にある、ということになる。それに加えて繰り返しになるが、実効線量概念の元の概念『等価線量』ではすでに内部被曝においてα線およびβ線の極端な過小評価があることも思い起こしておいて欲しい。

 こうしてみると、二つの考え方のうち、実効線量概念で『0.003μSv』は大したことはない、と考えるのではなく、実効線量概念そのものが細胞レベルを標的とする低線量内部被曝の影響を計る「ものさし」として極めて不適切、別ないい方をすると低レベル電離放射線の内部被曝影響を極端に過小評価する単位概念だということがおわかりだろう。


内部被曝と外部被曝の影響差

   ここで話は『食べものと放射性物質のはなし』と題する、恐らくは食品安全委員会、消費者庁、厚生労働省、農林水産庁が共同で発行しているレーフレットに戻る。話題は「Q4 自然放射性物質も人工放射性物質も健康への影響は同じなの?」とする質問だった。この質問は実は「外部被曝も内部被曝も健康への影響は同じなの?」とする質問と同義だったことは前に見たとおりだ。

 答えは「健康への影響は同じです。放射線が私たちの健康への影響を与えるしくみは、自然放射性物質か人工放射性物質かで異なるものではありません。同じ線量なら、健康への影響は同じです。(その影響は、すべてシーベルトで表します)」だった。

 そして「その影響は、すべてシーベルトで表します」は実は極めて不誠実な回答で、「シーベルト」という単位呼称は、『等価線量』と『実効線量』という2つの異なる線量概念に等しく与えられている呼称であり、単に『シーベルト』だけではどちらを指しているのか判別できないことも見てきた。

 さらに『実効線量概念』は低線量被曝、特に内部被曝については、その健康影響を表現する概念としては全く不適切な概念であり、低線量内部被曝の健康影響を極端に過小評価する概念であることも見た。

 内部被曝と外部被曝が全く違う種類の被曝、異なるタイプの被曝だということは何となく直観的にわかる。それを理論的に、メカニズムとモデルを取り上げて説明しているのが欧州放射線委員会(ECRR)2010年勧告第7章『低線量時における健康影響の確立:リスク』、第8章『低線量時における健康影響の確立:疫学』、第9章『低線量時における健康影響の確立:メカニズム』の三章である。私が自分自身の理解のために書いた解説記事がある。興味のある方はそちらを参照して欲しい。長いので第9章だけでも構わない。
(第7章:http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_10.html
第8章:http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_11.html
第9章:http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_12.html
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_13.html
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_14.html


 ECRRは非ICRPどころか、反ICRPの急先鋒である。

 それではICRPの実効線量概念を使うと、内部被曝と外部被曝とはどれくらいの誤差が出てくるのだろうか?繰り返すようだがICRPのリスクモデルでは、内部被曝のリスクと外部被曝のリスクは全く同じ、たとえば1ミリシーベルト(内部被曝)=1ミリシーベルト(外部被曝)、としている。このリスクモデルを使って福島県に住んでいる人たちの放射線による健康損傷リスクが考えられ、今のところ(福島県の人々は内心大きな疑問符をつけながらも)このリスクモデルに従って放射線防護が構築されている。

 ECRR勧告第10章は次のように述べている。大気圏核実験で降下した放射性物質による健康影響(ただしがんの発症のみ)に関する疫学的データが比較的正確に取りやすいイギリスのイングランド地方とウェールズ地方を比較したクリス・バスビーの研究を引用しながら、

その被曝線量とICRPモデルを使って予測した過剰ながんの発生を比較してみたところ、ICRP予測の適用には(実際と比較すると)300倍の誤差があった。(クリス・バスビー。1994年、1995年、2002年及び2006年)このレベルでの誤差(2桁から3桁のオーダーの大きさ)は再三再四核分裂物質内部被曝の研究でも現れていた。」

 と書いている。さらに、チェルノブイリ事故による放射性降下物による健康影響を北スエーデン地方に関して調査した(ただしがん発症のみ)スエーデンのマーチン・トンデルの研究を引用しながら、

最近においても、チェルノブイリ事故後の北スエーデン地方におけるマーチン・トンデルらの研究は、このこと(ICRPモデルを使った予測と実際が2桁から3桁のオーダーの誤差があること)の強力な確認になっている。その研究は最大600倍の誤差があることを示している。この点は次章(『第11章:被曝に伴うがんのリスク:最近の証拠』で詳しく扱うことにする。さらにこれを支持するのは2004年、アレクセイ・オケアノフのベラルーシにおけるがんの増加に関する研究である。」
と書いている。

 まとめていうとECRRはICRPの実効線量概念で表現すると内部被曝と外部被曝では100倍から1000倍の影響の違いとなる、といっていることになる。誤解を恐れずにわかりやすく記述すると、ICRPが1ミリシーベルトの内部被曝の影響といっているのは、実は100ミリシーベルトから1000ミリシーベルトに相当する、といっていることになる。


健康影響は「がん」だけではない

 しかも話はこれに止まらない。ICRPは低線量放射線の影響、言いかえれば健康影響を「がん」、しかも「致死性がん」(白血病もがんの一種である)にしか認めていない。他の健康影響はない、としている。(低線量放射線というのは100ミリシーベルト以下の被曝線量を指しているようである)

 この考え方には激しい批判がある。「電離放射線は細胞を攻撃する、そして細胞を死滅させるかあるいは異常を起こさせ本来の生機能を破壊していく、従って現れる健康損傷(エンド・ポイント)は『がん』だけではない。ありとあらゆる病気、免疫低下、ストレス耐性低下が現れる。それは一言でいって、経年によらない老化(自然の老化)ではない老化(不特異老化)だといっていい。『がん』はそうした不特異老化のもっとも典型的な例であって、エンド・ポイントはがんだけではない」とする主張である。ICRP派の学者はこれを否定している。しかしアメリカで原発から漏れ出す放射能の影響を詳しく調べたアーネスト・スターングラスは乳児・幼児には呼吸器系疾患で死亡するケースが多いと指摘したし、チェルノブイリ事故の影響をセシウム137に限定して病理学的に詳しく調べたベラルーシのユーリ・バンダジェフスキーは、心臓病(突然死)や呼吸器系疾患、循環器系疾患が多く見られると指摘し、また再生生殖器系疾患(死産・流産など)も多い、と指摘している。

   電離放射線の標的が個々の細胞だとすれば、「その低線量でその影響は事実上致死性がんのみである」するICRPの主張は全く理屈に合わないし、広島で生まれて育った私自身の見聞きしたところの知見とも合致しない。たとえばICRPの主張では「原爆ぶらぶら病」は全く説明できないし、「がん」が苦しむ人よりも「心臓病」や「糖尿病」などいわゆる成人病で苦しむ人の方が多かった。また今もチェルノブイリ事故の放射線の影響で苦しむウクライナでは2010年死亡原因の約50%は心臓病だった、という異常な結果になっている。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu
/ukraine_go_report.html

 ICRPの「致死性がん」のみが低線量放射線被曝の健康影響のエンド・ポイントあるという主張は全く理屈にあわないし、科学的でもなければ現実に生起している諸事実とも一致しない。お伽噺といわざるをえない。問題はこうした「非がん性」の疾患(発症はがんなどよりはるかに多いと思われる)まで、リスクに数えていけば先ほどの100倍から1000倍の誤差はさらに一桁以上上昇することは確実、と私には思える。

 しかしICRP実効線量『シーベルト』が表現しているリスクは「非がん性」疾患を含めた一般健康リスクなのではなく、単に『発がんリスク』だけなのである。

   ここで再び『食べものと放射性物質のはなし』と題する日本の官僚政府のリーフレット『Q4』に戻ろう。この『Q&A』の中には嘘というと言い過ぎだとすれば、限りなく嘘に近い不正確ないい方が含まれている。それは「健康への影響は同じなの?」といういい方であり、「健康への影響は同じです」という答えである。「影響はシーベルトで表す」、のは健康一般への影響ではない。あくまで『発がんリスク』だけなのだ。『発がんリスク』だけの話を「健康影響一般」の話にすり替えている。

 文部科学省、消費者庁、厚生労働省、農林水産省、環境省、食品安全委員会、内閣府・・・、日本のほぼ全ての行政官庁は、こぞってICRPの電離放射線に関する学説を信奉している。ばかりでなく、それを放射線防護行政の中に具体的政策として盛り込もうとしている。さらに国民の中にICRPの電離放射線に関する学説を浸透させようとしている。そのためにはギリギリの非科学的表現、限りなく嘘に近い表現、曖昧で受け取る側に検証させない表現などを総動員している。ここで引用した文部科学省の『放射線副読本』、農水省、食品安全委員会以下の『食べものと放射性物質のはなし』などはほんの一例に過ぎない。

 このことは、現在の日本の政府とその官僚組織が、私たち国民にさらなる『放射線被曝』を迫っており、被曝を受忍せよ、といっていることを意味している。国民一般の健康を犠牲にしてまで彼らが守りたい利益は一体なんなのか・・・。結局、私たちが自らの健康を本当に守りたいのであれば、ICRP学説に凝り固まり、国際核利益共同体の利益擁護にのみ熱心な日本官僚政府を倒して、あらたに「国民の健康と安全を第一」に考える私たち自身の政府を組織する以外にはないのである。