【参考資料】ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ |
(2010.4.4) |
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首相官邸を本部とする原子力災害対策本部(本部長:首相管直人)が発表する「福島第一・第二発電所事故について」と題する資料を読んでいく前に、「福島原発事故」の全体観をつかんでおこう。
その全体観の中で、現在もっとも重要なことは「最悪のシナリオ」をどう見るかと言う点だ。最悪のシナリオは、国際原子力事象評価尺度(International Nuclear Event Scale−INES)に従って、主として事故による放射性物質放出の大きさという観点から見ることにする。
1986年4月26日に発生した旧ソ連チェルノブイリ原発事故は、国際原子力事象評価で最悪の事故とされ最高の「7」に分類されている。当日チェルノブイリ第4号原子炉は出力試験中だったが、操作ミスも重なって午前1時23分頃から、炉心溶融(メルトダウン)して蒸気爆発を起こし、建屋もろとも、原子炉が破壊された。続いて減速材に使っていた黒鉛が火災を起こし、大量の放射能が放出した。
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4号炉からの大量の放射能放出は事故から10日間続いて、5月6日頃にようやく終熄したと云われている。大量の放出が止まった理由もいまだに定かではないが、炉心部の黒鉛が燃え尽きて火災が終わったためであろう。』
(『「チェルノブイリ」を見つめ直す』 今中哲二・原子力資料情報室 編著 2006年4月16日 初版第1刷 p10) |
また、京都大学原子炉実験所・助教、小出裕章の表現によると、
ともかく放射性物質は、高く舞い上がり、チェルノブイリのある現ウクライナ共和国よりもベラルーシやロシアに大量に降り注いだ。そのため1号炉、2号炉、3号炉には人が踏みとどまることができ、この3つの炉を破滅から守ることが出来た。 |
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2つのサイズのかけら(事実上のちりやほこりの形)が放出された。小さなかけらは0.3から1.5マイクロメートル(空気力学上の直径)であり大きなかけらが10マイクロメートルである。大きなかけらは約80%から90%までがジルコニウム95、ニオビウム95、ランタン140、セリウム144や超ウラン元素など不揮発性同位元素で占められていた。超ウラン元素にはネプツニウム、プルトニウムや微少の放射性物質であった。いずれも酸化ウラン化合物中に埋め込まれていたものであった。』 |
短いが今の私たちにとって極めて重要な記述である。不揮発性(ガス状にならず固形の形をとる、と云う意味)の固形物は2種類あった、と云うのである。小さい方は直径0.3−1.5マイクロメートルのサイズだった。1マイクロメートルは100万分の1m、つまり1000分の1mm、ということだ。また大きなかけらは10マイクロメートル、つまり100分の1mmの大きさだった、という。いずれも肉眼では見ることの出来ないサイズだ。ちなみにスギ花粉の大きさは20マイクロメートルから40マイクロメートルだそうだ。
大きなかけらは80%から90%まで「ジルコニウム95、ニオビウム95、ランタン140、セリウム144や超ウラン元素」で占められていた、という。
『 |
超ウラン元素(ちょうウランげんそ)とは化学において、ウランの原子番号である92よりも原子番号の大きい元素のこと』のことだと日本語ウィキ「超ウラン元素」は説明している。ウランの原子番号「92」より番号が大きいと云うことの意味は、
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原子番号が1〜92の元素は、4つの元素(43-テクネチウム、61-プロメチウム、85-アスタチン、87-フランシウム)を除いて、自然界には比較的豊富に存在する。
しかし、原子番号93以降の元素は、基本的に全て人工的に作り出さねばならない。また、全て放射性で、半減期は地球の年齢よりかなり短い。よって、これらの元素が地球誕生の頃に存在していたとしても、はるか以前に消滅してしまっている。現在地球上で発見される超ウラン元素は、基本的に原子炉や粒子加速器で人工的に作られたものである。』 |
つまりこれらの元素が、チェルノブイリ事故で検出されたということは、ウランで出来た燃料棒から飛び出してきたということに他ならない。それは燃料棒が高温のためどろどろに溶け、核分裂を起こして核崩壊し、その過程で生成されてきたものだということを意味する。 |
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福島原発の場合は、現在のところ、基本的に測定される生成物がヨウ素とセシウムだ。ヨウ素とセシウムは基本的に揮発性放射性物質である。
ややこしい話になるが、少し我慢してもらって続きを読んで欲しい。私たちの理解で大変重要なところだ。
今まで原子力産業界が垂れ流し続けた「安全神話」の中で、彼らは「5重の防護壁」があるから大丈夫だ、と言い続けてきた。
5重の防護壁とは、
1.セラミクスで焼き固めた燃料ペレット
2.燃料ペレットを覆うジルコニウム合金で出来た被覆管
3.放射性燃料を完全に密閉したと称する原子炉圧力容器
4.原子炉圧力容器を覆う原子炉格納容器
5.原子炉全体を覆う原子炉建屋
のことである。
なぜ燃料ペレットそのものが防護壁になるかというと、セラミクスで焼結した燃料ペレットの融点(固体が液体になる温度、あるいはその点。たとえば液体としての「水」は0℃以下で固体としての「氷」になる。だから水の融点は0℃ということになる。)が2,700から2,800℃と非常に高温でなかなか溶けない。だからこれまで原子力産業界はこれを「防護壁」と称してきたわけだ。
(日本語ウィペディア「燃料棒」参照の事)
一方この燃料ペレットを覆う被覆管の融点は、1,850℃前後である。(日本語ウィキペディア「ジルコニウム」を参照の事)これも融点が非常に高温である。そのため原子力産業界はこれも「防護壁」の一つに数えた。
( |
話が横道にそれるが、2,000℃、3,000℃という温度は確かに人間が作りだした熱としては大したものだが、自然のエネルギーが作り出す熱の何万度、何十万度という温度に比べれば児戯に等しい。こうした児戯に等しい温度を想定して「防護壁」と称する人たちは、少なくとも科学者ではない。東大の先生であろうが、ハーバードやマサチューセッツ工科大学の教授であろうが、原子力学界の重鎮であろうが、なんであろうが、鰯の頭であろうが、彼らは「原子力産業界」の神託を告げる現代の神官たちではあっても、決して科学者ではない。我々も彼らを大先生とあがめるのをやめる時だ。) |
ところが、今回の福島原発事故では、「ジルコニウムの防護壁」は簡単に崩れた。それを証明するのが、3月12日(土)に発生した1号機の水素爆発事故と3月14日(月)に発生した水素爆発である。またその後時折あちこちから発生する放射能を含んだ白い煙である。
これまで何度も引用してきた京都大学原子炉実験所助教の小出裕章は次のように説明している。
つまり炉心内部の温度は確実にジルコニウムの融点1,850℃以上に上がり、ジルコニウム被覆管は溶けた。そこで溶けて液体状になったジルコニウムは水と反応して水素が生じた。建屋上部に集まった大量の水素は極めて引火性が高いから、爆発した。水素爆発こそ被覆管が溶け出した証拠である。
今のところ、1号機、2号機、3号機の炉心内の燃料棒被覆管、1号機から4号機までの使用済み燃料プールにある燃料棒の被覆管はほとんど溶け、燃料ペレットはむき出しになった状態だと考えていい。 |
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最悪な状態は、炉心内の温度が上がり、ペレットの融点の2,700℃〜2,800℃以上となってペレットが溶け出すことである。こうなるともう手のつけられない状態になる。そうすると、先ほど「チェルノブイリ事故」の放出放射能のところで見た
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大きなかけらは約80%から90%までがジルコニウム95、ニオビウム95、ランタン140、セリウム144や超ウラン元素など不揮発性同位元素で占められていた。超ウラン元素にはネプツニウム、プルトニウムや微少の放射性物質であった。いずれも酸化ウラン化合物中に埋め込まれていたものであった。』 |
などといった不揮発性の、しかも自然界では容易に存在しない同位性元素(核種)が測定されるはずである。今のところ福島原発からこうした核種は有意味なレベルでは測定されていない。現在のところ、検出された放射能はヨウ素やセシウムなど、むき出しになって大気に触れればたちまちガスとなって流れ出る揮発性の核種しかない。だから、崩壊は最後の一線で何とか防いでいると見ることが出来る。
しかしながら、災害対策本部のデータは極めて危険な徴候を示している。「3月25日現在報告書」の「被害状況」の中の「3号機タービン建屋たまり水による被ばく」の項は次のように記述している。(同14/48ページ参照のこと)
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※1号機タービン建屋地下溜まり水測定結果 |
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Co(コバルト)-60 |
濃度:約7.0X102 Bq/cm3 |
Tc(テクネチウム)-99m |
濃度:約2.5X108 Bq/cm3 |
I(ヨウ素)-131 |
濃度:約1.2X106 Bq/cm3 |
Cs(セシウム)-134 |
濃度:約1.8X105 Bq/cm3 |
Cs(セシウム)-136 |
濃度:約2.3X104 Bq/cm3 |
Cs(セシウム)-137 |
濃度:約1.8X105 Bq/cm3 |
Ba(バリウム)-140 |
濃度:約5.2X104 Bq/cm3 |
La(ランタン)-140 |
濃度:約9.4X109 Bq/cm3 |
Ce(セリウム)-144 |
濃度:約2.2X108 Bq/cm3 |
合 計 |
濃度:約3.9X106 Bq/cm3 』 |
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これまでとは様相の異なった核種が析出している。超元素はでていないものの、テクネチウム、ランタン、セリウムなど核分裂でしか出てこないような不揮発性の核種が出てきている。これまでの報告にはなかった核種だ。
私は原子力科学については(も)、全くのシロウトである。私は不安になって小出裕章にメールで問い合わせた。小出はすぐ返事を呉れた。次が小出の返事である。
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Tc-99m(テクネチウム) は半減期が6.02時間という寿命の短い核種です。
Mo-99(半減期66時間:モリブデン)の娘核種ですが、Mo-99が検出されていないようですので、たぶん間違いです。La-140(ランタン)も半減期40.3時間という比較的寿命の短い核種でBa-140(半減期12.8日:バリウム)の娘核種です。こうした場合、Ba-140とLa-140は「放射平衡」という状態になり、放射能強度が等しくなるはずです。ところが分析値は著しく異なっており、これも測定の誤りだと思います。
先にI-134(半減期53分)が検出されたという誤報がありましたが、情報には十分注意が必要です。取り急ぎ。』 |
「娘核種」というのは、核崩壊に関する用語である。Tc-99m(テクネチウム)を例に取れば、「半減期6.02時間」ということは核崩壊して半分は別な核種になると云うことだ。ある核種が核崩壊して生成される核種を「娘核種」と呼んでいる。「娘核種」があれば「親核種」もある。Tc-99m(テクネチウム)を例に取れば、その親核種はMo-99(モリブデン)で、テクネチウムが出れば、その時には同時にモリブデンが出るはずなのに、これが出ていない、多分間違いだろう、と小出は云っている。
またバリウムとランタンの関係では、ランタンはバリウムの娘核種であり、同時に検出されている、しかしバリウムが5.2X104Bq(ベクレル)、ランタンが9.4X109Bqと強度が全然違う、「放射平衡」になっていない、これも測定の誤りだ、と小出は云うのである。計測しているのは東電だが恐らくは計測ミスはこれが初めてではない、しょっちゅうやっている、情報には注意が必要だと小出は警告している。 |
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小出の明快な回答を読んで私は別な意味で考え込まざるを得なかった。東電の記者会見で、「今分析の結果を待っている」などという答えを東電のスポークスマンがよく行っている。そうして時間をかけて出てきた答えが誤っている。
特に放射性元素の分析は、原子炉内で何が起こっているかを知る最重要のデータだ。それが、小出が一目見て「誤り」「測定ミス」と判断できる内容で、それがそのまま管政府にあげられて、ミスや誤りを指摘する専門家もいないままに、災害対策本部発表のデータに掲載されている、ということである。
日本の運命を左右する福島原発事故対策が、東電という信頼の出来ない一民間企業の手に委ねられている、という事でもある。
4月1日、これまで原発推進の重鎮と目されてきた原子力学界の大物たち16人が、「緊急提言」を発表した。(「原子力専門家の緊急提言 2011年4月1日」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/20110401.html>を参照の事)その専門家(原子力学界のボスたちといっていい)は、冒頭、
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はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。』 |
と極めて率直な言葉で反省と陳謝を述べ、次のように結論する。
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事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、わが国が持つ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的に取り組むことが必須である。』 |
私ももっともだと思う。現状はこの日本の命運を握る大事件の対策を東電一社に任せきりにし、日本人全体の英知が結集出来ていない、というところにある。
平たく云えば、東電のような傲慢で愚かで、おまけに不注意極まりない一民間企業が、日本人と日本列島全体の運命を握っているのだ。こんなバカな話はない。 |
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(以下次回) |