(2011.8.12) 
【参考資料】ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ 
<参考資料>ECRR勧告:欧州放射線リスク委員会 第6章「ICRP線量体系における単位とその定義およびECRRによる拡張」その②
低線量内部被曝における損害荷重係数「N」とは
   
 ICRPの線量体系を拡大・延長

 次節第3節は「リスク定量化のための本委員会のアプローチ」と題するもので、前の節の検討を受けて、ECRRが独自に放射線リスクを定量化しようとする。

 ここでの私の大きな疑問は、ICRPの線量体系を使って(あるいは手直しをして)、新たな線量体系を作る試みが成功するものなのだろうか、ということだ。

 たとえば、「生きる力に対する攻撃とその衰え」、あるいは「非特異的老化」といいかえてもいいが、このリスクをいかにして定量化することができるのか?全く異なる単位とリスク定量化体系を導入する必要がありはしないか?ECRRがその目的の一つに、ICRPに替わる放射線リスクモデルを提出することを目的としていることはよく理解できるにしても、ICRPの体系を拡大、延長することによってその代替が出来るものだろうか?

 これが現在私が有する疑問だし、これはそのままECRRの提出するリスクモデル(それは後でも出てくるが、ICRPのリスクモデルの係数的拡大・延長にすぎない)に対する批判ともなる。

 例えば、「非特異的老化」そのものを定量化できないか?もしそのことに成功すれば、「特異的老化」に基づく、「生活の質」の低下も定量化することが出来ようし、電離放射線の危険もより実際に近いものとなる。しかし、今のアプローチでは「非特異老化リスク」を定量化できない。非特異老化は疾病ではないからだ。ICRPは電離放射線のリスクを「がん」や「遺伝」に限定した。その他の疾病は生じているものの、放射線との関係は医学的に証明できないとして事実上無視してきている。

 ECRRはそのリスクを疾病一般に拡大延長した。つまり電離放射線の危険をより実際に近いものとして扱っている。しかしそれでもなおかつ不十分である。放射線による人の老化の促進までは定量化できないからだ。それを表現するには全く別な体系が必要なのだが、それは2010年勧告では実現できていない。


 ICRPが想定した荷重係数「N」

 ともあれ、定量化に対するECRRのアプローチを見てみよう。

 ここでもECRRはICRPの定量化システムの批判からその議論を開始している。ICRPは、放射線リスク評価においてもっとも重要な量は、照射された細胞における電離エネルギー密度である、という。この点誰しも異存のないところであろう。エネルギー密度が高ければ高いほど、電離は頻繁であり、原子で構成される分子の集合体たる細胞が異常をおこす確率が高くなるからだ。つまりリスクは高くなる。

 それでは、この電離エネルギー密度をICRPはどんな量で表現しているかというと、それは吸収線量である。いいかえればシーベルトという単位である。前述のごとくシーベルトは、1Kg当たりの平均量として表現されている。

 放射線のリスクは、放射線の線質(ガンマ線、アルファ線、ベータ線などの区別)や吸収する臓器によって変わってくる。だからICRPも放射線の線質によってリスクに対する荷重係数を用意している。また臓器によっても放射線の感受性が異なるので、臓器荷重係数も準備している。だからICRPは吸収線量に対して、2重の荷重係数を用意していることになる。

 しかもECRRによれば、当初ICRPはこの放射線荷重係数や臓器荷重係数以外に、全く別の荷重係数「N」を想定していた、という。

 この荷重係数「N」とはいったい何か?

 荷重係数「N」は、放射線リスク係数のうち、放射線荷重係数や臓器荷重係数以外のすべての、荷重要素を含んでいる。

 「N」は様々な荷重係数の積として表現されるのだが、ECRRは荷重係数「N」の重要な構成要素の一つは、放射線のDNAに対する親和度だ、という。たとえばストロンチウム90(Sr-90)、バリウム140(Ba-140)、ウランの同位体などは、DNAとの親和性が高い。
 
 これら同位体はDNAとの親和度が高い。ということは、吸収線量とは別に、DNAを傷つけるリスクが高いということだ。
 
 「N」がどんな要素で構成されているかここではその全体的提示はない。

 結論として言えば、ICRPは「N」を採用することを放棄した。ICRPは放射線リスクの荷重係数を線質(放射線荷重係数)と臓器(臓器荷重係数)に限定したのである。


 ICRP体系をすてるか、修正するか

 ICRPがなぜ「N」を放棄したのか、ECRR勧告もはっきり記述していない。ただ次のように記述するのみである。

 『 線量の単位を修正するという考えが、線量当たりのリスク係数の修正を有効に進めるために放棄されたのである。』

 さらに、そのリスクは時間軸の変化によっても変動する。というのは、放射線の線質は、核崩壊によって刻々変化しているからだ。線質が変化するということはリスクもまた変動する。この点もICRPは事実上無視してきたが、というより放射性物質は半減期があるので、あるいは体外に排出されるので軽減するとしてきたが、それは本当ではない、とECRRは考える。

 外部被曝の場合は、外部から浴びた1回切りの放射線の線質は当然変化しない。しかし内部被曝の場合はそうではない。放射線源が体の内部にあるからだ。放射線源は刻々その姿を変えていく。言い換えれば、時間の経過とともにリスクの中身もその姿を変えて行っている。リスク源が体の外にあるか中にあるかは、放射線リスクを考える上で決定的な違いとなる。

 その決定的な違いに起因するリスクを単に最初に体内に取り込んだ時の線質(放射線の種類)と臓器荷重係数だけで表現しようというのが土台無茶な話なのだ。

 だから、内部被曝の場合、リスクの定量化体系そのものを全く別に考えなければならない。場合によれば「単位」そのものも外部被曝とは別途の「単位」を考えなければならないかも知れない。というのは吸収線量の単位「シーベルト」は、「1Kg当たり」という平均化概念をすでに含んでいる。外部被曝の場合この単位はあるいは有効かもしれない。

 しかし内部被曝の場合は全く不適当だ。しかも低線量内部被曝の場合は全く当てはまらない。内部被曝の場合リスク源は点である。「1Kg」という分子レベルからいえば超巨大な物理量全体が平均して被曝をするという想定自体が現実には起こりそうにない。つまり「シーベルト」は内部被曝を考えるには全く不適切な単位なのだ。

 従ってECRR2010年勧告は次のように言う。

 『 ECRR は、体内の放射線核種の点線源が関係する細胞レベルにおける定性的に異なった被ばくを解釈するために、ICRP の教義体系を修正するのか、あるいは完全に作り直すのか、という問題に直面した。』(日本語テキスト49p)

 ICRPの教義体系とは、その使用する単位、シーベルトやグレイから始まるすべての理論体系のことである。これを修正して使うのか、あるいは完全に作り直すのか、という絶対的な2者択一問題に直面したというのだ。

 これはむしろ当然なディレンマであろう。内部被曝、特に低線量内部被曝を考えるに当たって、ICRPの理論体系はその使用する単位から使えない。しかし、新たな体系を作るのは簡単ではない。時間的にもどの程度かかるかわからない。つまりいいとはわかっているが現実的な選択とは言えない。

 そこでECRRは、

 『 本委員会は、一方では第一の原理からはじめて細胞レベルでの電離事象によるエネルギー付与を正確に記述するモデルを開発することは好ましいことであると考える。しかし、最初の例としては、ICRP モデルに基づいた歴史的な被ばく線量計算が健康欠損(health deficit)についてのより正確な情報を与えるように修正した単純な体系であることが必要であろう、と決定した。』

 と結論するのである。


 「原爆ぶらぶら病」は説明できない

 具体的に言えば、ICRPの現存の体系を使いながら、より現実に近いと思われる荷重係数を付加し、リスクを定量化する手法である。しかし、この手法は、根本的誤りをもともと含んでいる体系に、どんな荷重係数を掛けても答えは誤りになるという矛盾を含んでいる。また存在するリスクを物理量(定量化)で表現できない場合は、そのリスクを結果として無視することになる。たとえば、広島原爆の後発生した「原爆ぶらぶら病」のリスクを、この方法でどうやって定量化するのか?「原爆ぶらぶら病」は疾病として認められていない。しかし、現実に福島原爆事故で発生した放射線障害ではこの「原爆ぶらぶら病」は意外と大きなファクターになると考えられるし、「生活の質」の劣化に直結する現象でもある。

 ある広島の放射線研究者に聞いた話だが、その人の現地直接調査によっても、劣化ウラン弾の被害に苦しむイラクの兵士や住民の間でも、チェルノブイリの住民の間にも「原爆ぶらぶら病」と極めて近似した症状が出ているということだ。

 電離放射線の人体に対する影響の根幹、すなわち「生きる力を全般的に破壊する」という破壊能から考えると何の不思議もない話だが、これは現在のICRPの体系を使っていては理解不能な、非科学的世界の話になってしまう。

 私(哲野)個人は、このECRRの決定は誤りと考えている。また、ICRPの教義体系全体を根幹から批判しながら、その教義体系を拡大・拡張してリスクモデルを構築すると云う手法自体が論理矛盾と考える。

 しかし、当面の低線量・内部被曝のリスクをわかりやすく表現して提示したいというその要求もよく理解できる。いずれにしても難しい選択だ。

 もしECRRの歴史が長く、議論と研究の積み上げがもっと厚みを増していれば、ICRPの体系を完全に放棄して、全く新たな体系を作ることもまた可能だろう。いやこの仕事は、福島原発事故を眼前ににらみながら、日本の市民全体が電離放射線の危険に曝されている現状では、政治の課題だと言うべきだろう。

 さてECRRが取った妥協策は、

 『 結果としてECRR は、ICRP の元のモデルにあった荷重係数N を復活させ、採用することを提案する。

このアプローチは、内部あるいは特異な形態での被ばくによる低レベル線量における新しいリスクはICRP によって想定されたものよりも多少大きなものになるかも知れないが、最大許容線量に関係する現行の法的な枠組みを変更する大きな必要性はないという、大きな利点を持っている。』

 手直しの一環として荷重係数「N」を復活させる、また手直しは、現在各国で行われいる放射線防護の法体系そのものを大きく変更する必要がない、という利点をもっている、とECRRはいう。

 したがって、手直しの重点は「N」の内容、どんなファクターで構成されるかに集中することになる。ECRRはこの「N」を損害強調荷重係数と名付けた上で次のように言う。

 『 別途、計算されるのも線量そのものである。こうしてECRR は、損害強調荷重係数(Hazard Enhancement Weighting factor)N に組み入れられる、様々な被ばくに対する損害荷重係数のとるべき範囲を開発したのである。』


 吸収線量、線量当量、放射線荷重係数、臓器荷重係数

 ここで、これまで使われている単位や概念の整理をしておこう。

 まずよく使われる吸収線量。単位は生体の場合はシーベルト、物質の場合はグレイである。単位質量あたりに吸収された電離エネルギーと定義することができる。単位質量は1kgである。従って吸収線量をDと表示すれば、

  D=エネルギー/質量
  
  となる。この場合、エネルギーの単位はジュール(J)を使う。

 しかし放射線の種類によって、電離効果は異なる。エネルギー密度が違うからだ。従って放射線の種類によって組織に対する電離能力は異なる。これをICRPは「線量当量」という概念で吸収線量と区別する。線量当量は放射線荷重係数を掛け合わせることによって表している。従って、

 線量当量=放射線荷重係数X吸収線量

という関係が成り立っている。

 また吸収線量は内部臓器によっても異なり、これをICRPは臓器荷重係数を用いることによって調整している。

 したがってある臓器や組織における線量当量は、

 ある臓器または組織における線量当量=臓器荷重係数X放射線荷重係数X吸収線量

 という関係が成り立っている。
 
 (ICRPのいう「臓器荷重係数」はいかにもへんてこりんなシロモノだが、それはこの章の後で見てみることにする。)

 福島原発事故で放射線リスクを考える際、ほとんどのケースで「吸収線量」だけを考えているが、ICRPによっても実は線量当量でそのリスクを考えなくてならないことがこれでわかる。一般に表示されているのは吸収線量(より正確には線量率)であって、線量当量ではないから、それだけでも、リスクを過小評価される可能性がある。


 ICRPの放射線荷重係数
 
 ICRPによる放射線荷重係数を以下に示す。

表:ICRPによる放射線荷重係数
 放射線の種類  放射線荷重係数
 X線、ガンマ線  1
 電子(ベータ線)  1
 アルファ線  20
 中性子、陽子  エネルギーに応じて5から20

 この表を見ても、たとえば、ガンマ線とベータ線がいずれも荷重係数1というのはおかしいとわかる。電離エネルギー密度が全然違うからだ。また飛距離の短いベータ線で外部被曝をした時のリスクと内部被曝をした場合も同じリスク係数というのもおかしな話だ。つまり外部被曝による細胞の損傷は内部被曝とほぼ同等だろうという仮定に基づいている。さらに言えば、この仮定をICRPは法則とみなしているので、検証されたことは一度もない。

 内部被曝の場合、放射性物質が体内に入り、放射線を出す。ところが体内に入った放射性物質は核崩壊して別な同位体となり多くは異なる線種の放射線をだす。こうした電離作用を見極めた上で、放射線リスクを考えなければならないが、そのために上記の表を使うというとまるで役に立たない。

 たとえばヨウ素131は体内に入るとベータ線を放出するが、一方で時間の経過につれて核崩壊し、キセノン131に変わる。キセノン131はガンマ線を出す。さらにキセノン131はさらに核崩壊して安定した元素キセノンに変わる。キセノンには放射性はない。

 こうした一連の体内における電離放射線のリスクを上記の表にそって計算することは出来ない。放射線源が対外にある場合と体内にある場合は、全くメカニズムの異なった放射線被曝をするもとだと考えておかねばならない。

 現実に1980年代、ICRPにおいても、こうした放射線源による違いによるリスクを計量化するため、トリチウムについては荷重係数を2、オージェ電子放出体については5を荷重係数とすべきではないか、という議論があったという。

 オージェ電子というのは、電離放射線によって原子核の近くの電子が捕獲分離した時、自分で外側(外殻)にある電子を捕獲した時の電子を指す。(冒頭に示したラザフォードの原子核模型を参照の事)オージェ電子はそれ自体かなりのエネルギーを放出する。だからオージェ電子放出体自体が新たなリスク源となる場合がある。

 ECRRによれば、80年代にICRPにあったこの議論は結局実現しなかった。

 『 1980 年代にあった、ICRP 内部における何回かの提案が、原子力産業に対してあったと思われる配慮のために採り入れられなかったという事実を確認している。』


 アルファ線の荷重係数

 さらにアルファ線の荷重係数が20とはどういうことか?アルファ線は飛距離が短い。別な言い方をすると透過力が弱い。

 さしあたり、ICRPの牙城、放射能影響研究所の説明を紹介しておこう。

 『 2個の陽子および2個の中性子(すなわち、ヘリウム原子核)から成る粒子線であるアルファ線は、ラジウム、プルトニウム、ウラニウム、ラドンなどの特定の放射性原子の自然崩壊によって発生します。アルファ線は質量が大きく、正電荷を帯びているため、水中では通常短い距離(1 mm未満)しか進めません。紙1枚でもアルファ線を容易に止めることができます。従って、アルファ線被曝により健康影響が現れるのは、アルファ線を放出する物質が体内に摂取された時(体内被曝)のみです。』
(<http://www.rerf.or.jp/radefx/basickno/whatis.html>)

 この記述によれば、アルファ線とはヘリウム粒子の一連の流れで透過力が小さく、抵抗力が大きい水中では1mmも進めない。ちなみに空気中でも数cmしか進めない。従ってアルファ線で外部被爆することは線源に密着しない限りまずあり得ない。だからリスクは体内被曝に限定することが出来る。

 だから、ICRPの放射線荷重係数で「20」としているのは事実上体内被曝のリスクを考えていることになる。透過力が弱いのに荷重係数が高いとはどういうことなのか?透過力が弱いということは、衝突で放出するエネルギーが大きいということでもある。水中を進むに当たっては水の分子と衝突を起こす。その際放出するエネルギーが大きい。衝突の時の放出エネルギーが大きいため遠くへ飛べない、ということでもある。この場合のエネルギーとは電離エネルギーである。アルファ線の放出する電離エネルギーはガンマ線の数千倍から数万倍ある。電離能力が高いということでもあるし、危険が大きいということでもある。放影研の説明では、水中を1mmも進むことが出来ない、ということであるが、細胞レベルでは1mmは損傷を与えるには十分の大きさである。細胞レベルでは単位は「ナノ」(1mの10億分の1)なのだから。アルファ線を放出する放射性物質が体内に入った場合そのリスクはガンマ線に比べて比較にならないほど大きい。だからICRPの放射線荷重係数でも「20」としている。といって「20」という数字に科学的根拠があるわけではない。ま、こんなもんだろう、という数字だ。

 放影研のアルファ線に関する説明は、放出する電離エネルギーが極めて大きく、体内に入った場合特に危険、という説明を省略している。ある意味狡い説明である。電離放射線の危険はその電離能力にある。そこに触れない説明だからだ。

 また放影研の説明では何故「水中」を例に出しているのだろうか?というのは普通アルファ線に関する説明では空気中の飛距離を例に出すからだ。例えば日本語ウィキペディア「アルファ粒子」では空気中を数cmしか進めないとして、紙1枚で遮断することができる、と説明している。私の想像だが、放影研にとって空気中を何cm進むかは全く意味のない説明だからだろう。放影研にとって意味のある説明は「水中」でなければならない。細胞は70%以上水で出来ているのだから。


 ECRRの損害強調荷重係数「N」

 さて話は、ECRRが開発したという損害強調荷重係数「N」のことであった。おさらいになるが、内部被曝は、特に低線量の場合は、外部被曝とは全く異なるメカニズムで生体に損傷を与えている。低線量内部被曝を単に高線量外部被曝の直線的延長と考える方が間違いである。あるいは恣意的、意図的ファンタジーである。

 ECRRの直面する問題は、この分野をいかに定量化するか、だった。本来であれば、シーベルト、グレイと言った損傷を平均化する概念をもった単位からやり直して全く新しい定量化体系を作り出すべきである。しかしそれには恐らく厖大な時間と検討すべき課題が横たわっている。現実的な方法論として、ECRRは既存のICRPの定量化体系を修正する方法を選んだ。それには「今運用している放射線防護の法体系が、その枠組みとして、そのまま使えるという利点もある。」

 その修正の一つとして、ECRRは損害強調荷重係数「N」の採用を提案する。損害強調荷重係数「N」は、ICRPによって採用されている放射線荷重係数や臓器荷重係数以外の荷重要因の積という性質をもった係数として扱われている。

 Nの構成成分は、生物物理学的損害係数と同位体生化学的損害係数の2つである。

 『 NE(損害強調荷重係数)は、遺伝子の変異や他の関係する生物学的損傷を導く異なった過程に関連する数多くの損害強調係数からなっている。個々の内部線源S からの各々のタイプの被ばくについては、その被ばくと関連する損害について荷重があると仮定されることになる。この荷重は積として現れる生物学的なあるいは生化学的な諸因子からなっている。』


 生物学的等価線量

 そしてこれまでのICRPが仮定している等価線量に対して生物学的等価線量を想定する。
従って、

生物学的等価線量=生物学的損害荷重係数X臓器または組織の吸収線量(ICRPの等価線量)

という関係が成り立つとする。

 ECRRによって取りあえず決定された低線量域生物学的損害係数は以下の表で示される。

被曝の種別 損害係数 備考
1.外部急性被曝 1.0  
2.外部延長 1.0 線量率低減は仮定せず
3.外部:24時間で2ヒット 10~50 修復の妨害を考慮
4.内部原子単一壊変 1.0 例えば、カリウム-40
5.内部2段階原子壊変 20-50 崩壊系列と線量に依存
6.内部オージェあるいはコスタ・クローニッヒ 1-100 部位とエネルギーに依存
7.内部不溶性粒子 20-1000 放射能と粒子サイズ、線量に依存
8.内部重元素によるZ4 因子 2-2000 外部ガンマ線量率因子を乗ずる

 「1.外部急性被曝」の場合はさして説明を要しないだろう。低線量での外部被曝が人体に与えるリスクは極めて低いと言わざるを得ない。「2.外部延長」も同様である。この場合放射線によるヒットは恐らく1回と想定されている。「3.外部:24時間で2ヒット」は、1回目のヒットで細胞は修復機能が働き異常を修復しようとしていることだろう。しかし24時間以内に2回目のヒットが襲えば、修復は阻害される可能性が高い。そのリスクを考えると「10-50」の係数評価となる。


 長崎大学山下キョージュの詐術

 話は変わるが、2011年3月21日、福島市で長崎大学医学部教授の山下俊一が高村昇とともに「放射線と私たちの健康との関係」と題する講演会を行っている。この講演会の講義録をウェブ上で読むことができる。(<http://ameblo.jp/kaiken-matome/entry-10839525483.html#>)

 正確なテキスト起こしなのでほぼ両人の発言を正確に伝えているものと思う。中で山下は次のように述べている。

 『 放射線はエネルギーとして、1つ覚えてください。1ミリシーベルトの放射線を浴びると皆様方の細胞の遺伝子の1個に傷が付きます。簡単!100ミリシーベルト浴びると100個傷が付きます。これもわかる。じゃあ、浴びた線量に応じて傷が増える。これもわかる、みんな一様に遺伝子に傷が付きます。しかし、我々は生きてます。生きてる細胞はその遺伝子の傷を治します。

いいですか。1ミリシーベルト浴びた。でも翌日は治ってる。これが人間の身体です。100ミリシーベルト浴びた。99個うまく治した。でも、1個間違って治したかもしれない。この細胞が何十年も経って増えて来て、ガンの芽になるという事を怖がって、いま皆さんが議論している事を健康影響というふうに話をします。まさにこれは確率論です。事実は1ミリシーベルト浴びると1個の遺伝子に傷が付く、100ミリシーベルト浴びると100個付く。1回にですよ。じゃあ、今問題になっている10マイクロシーベルト、50マイクロシーベルトという値は、実は傷が付いたか付かないかわからん。付かんのです。ここがミソです。』

 この山下の発言と、上に掲げた「低線量域生物学的損害係数」表とを比較すると、山下は上記の表の1と2のケースのみについて話をしていることがわかろう。しかも、山下は1ミリシーベルトについて、細胞1個の損傷、と云っているので例にあげている放射線は恐らくは電離エネルギーの密度が低いガンマ線について言っているのだろう。細胞1個を損傷させるエネルギー(原子から電子を電離させるエネルギー)は10電子ボルトとされている。だから山下の話はウソとは言えない。が、福島に現実に住んでいる人たちに山下が例にあげた被曝は現実には起こりそうにない。

 むしろ現実に起こっているのは「3」以降のケースであろう。外部被曝のみに限ってみても、1回切りの被曝、と云うケースは山下や高村のようにたまたま福島を訪れて講演したらさっと帰って行くような人たちにはあるいは当てはまるかもしれない。しかし底に住んで生活している人たちには全く当てはまらない。むしろ低線量であっても24時間以内に2回のヒットどころか毎日・毎時ヒットされているよ考えた方が現実的である。

 しかも、福島で起こっているケースを「ガンマ線」に例をとって話をしてみてもなんの参考にもならない。福島で出ている放射性物質は、ヨウ素-131やセシウム系列の同位体であり、いずれも電離エネルギーがガンマ線に比べて数千倍高いベータ線なのだ。飛距離の極めて短いベータ線が低線量外部被曝で高いリスクで障害を起こすと考える学者はECRRにもいないであろう。ベータ線が怖いのは内部被曝のケースだ。ということは福島で起こっているケースはむしろ上記表の「3」ですらなく、「5」「6」以降のケースだろう。そこで暮らす限り、放射性物質を体内に取り込まないと考える方が非現実的であろう。

 仮に「5」のケースの最大値の係数を取ってみよう。係数は50である。だから山下が細胞に「傷がつかない」と断言している10マイクロシーベルトの吸収線量は、簡単に500マイクロシーベルトの等価線量になってしまう。これが毎日起こっているとすれば、10日間で5ミリシーベルト、100日間で500ミリシーベルトの等価線量ということになる。ヨウ素などという半減期の短い同位体ではこうした計算は成り立たないが、半減期が30年と長いセシウムの同位体では、上記の計算は十分成り立つのだ。

 こうした放射線の線種による、あるいは内部被曝によるリスクの違いを無視して、外部低線量、1回切りの被曝を例にとって福島には放射線リスクはないかのように描き出す山下らのいいかたは、医科学者の体面と権威に周囲をくるんだ「流言蜚語」といっても差し支えないだろうし、まさしくこの点が彼らの「ミソ」である。

(以下その③へ)