(2009.6.17)


(その2へ)

<参考資料> NPT加盟呼びかけに対してイスラエルが激しく反発

その@ 核条約、イスラエルの署名は世界の病巣の奇跡的治療にはならない
Making Israel sign nuclear treaty won't be miracle cure for world ills

この記事は、ハーレツ紙(Haaretz)の電子版に掲載されたもの。
<http://www.haaretz.com/hasen/spages/1083236.html> 
ハーレツ紙はイスラエル最古の日刊新聞でヘブライ語と英語で発行されている。北米では週刊紙の形で読むこともできる。<http://en.wikipedia.org/wiki/Haaretz>

以下本文。
 



バラック・ラビッド(ハーレツ特派員)及びロイター
2009年6月5日6時18分


 イエルサレムの高官は、水曜日(*5月6日)アメリカがイスラエルに核不拡散条約―原子兵器の拡散を制限する意味合いのグローバルな平和条約―への参加を要求したのを知って驚いた。

 核不拡散条約はいかなる国であろうと核兵器を獲得することを妨げる事に失敗してきた。」とイエルサレムの情報筋は語った。「リビア、イラクの例、最近ではイランの例、いずれも条約に署名してはいるものの、それは表面のデモンストレーションだ。従って世界の病巣を奇跡的に治療するものとして、イスラエルに署名を主張してもそれは理解を得ることはむつかしい。」

 NPTの189カ国署名国が集まっての2週間に及ぶ会議の2日目、アメリカ国長官補佐官、ローズ・ゴットモーラーは、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮はこの平和条約に署名すべしと主張した。

 「NPT自身への世界的な遵法性という意味では、インド、イスラエル、パキスタン、そして北朝鮮も含めて、その問題はまたアメリカの基本的目標として依然として残っています。」とゴットモーラーのこの会合で語った。この会合は来年の再検討会議で、条約の全体手直し計画及び議題について合意を期待するものだ。

 イスラエルの外務相は、まだゴットモーラーの発言が正しく引用されたのかどうかを確認中である。そしてこの問題をきれいに処理するために、相当するアメリカの高官と接触しようとしている。

 「われわれに関する限り、ワシントンとの親密な対話関係には変化はない。」とイスラエル外務省のスポークスマン、ヨシ・レビー(Yossi Levy)は云う。レポーターに語るところによれば、ゴットモーラーが実際にイスラエルにNPTに加盟するよう新たなステップをとるとか、イスラエルが保有する核兵器をギブアップするよう圧力をかけてくるとかすることには消極的なようだ。イスラエルは、軍事管理の専門家が問題とするようなそれ相当の原子力兵器敞を保有しているかどうかについては否定も肯定もしていない。

 彼女(*このスポークスマンは女性)は、「バラク・オバマ大統領の政権はすべてのホールドアウトにこの条約への参加を促してきた。」という。

(*  彼女がホールドアウト<holdouts>と表現しているのは面白い。これはカードゲームで遣われる言葉で、いかさまの隠し札のことである。NPT成立時に核兵器保有国だったアメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国の核兵器は正規札だが、それ以降の核兵器保有国、インド、イスラエル、パキスタン、北朝鮮の核兵器はホールドアウトだと云っている。)

 火曜日(*5月5日)、ゴットモーラーは、米印民間取り引き(*米印原子力協定)を正しいものとして擁護した。それはニューデリーをNPT体制の外に置くものだとして、発展途上国が不満を表明したものである。核武装をしているインドとパキスタンはこれまで条約(*核兵器不拡散条約)に調印してこなかった。北朝鮮は2003年に(*条約を)脱退した。そして2006年に核兵器の実験を行った。

 NPTの会合(*再検討準備委員会会合)で、発展途上国は、45カ国の核供給グループによる米印核協定に対する承認を批判してきた。核供給グループというのは核関連技術をもった世界のトップ製造者による非公式のクラブである。

 このグループは(*2008年)9月に、この条約を承認し、1974年のインドの最初の核実験以降課してきたインドに対する核取引禁止を撤回したのである。

 貧困国の代表は、米印協定の承認は、(*核兵器不拡散)条約の外にいて、秘密に核兵器を開発してきたインドに対する“ご褒美”(*rewarding)にも等しいものだとして、異議を申し立てた。対照的に、発展途上国はしばしば、核拡散の危険があるものとしてこうした先鋭的な技術に触れることすら否定されてきた。


(*  たびたびの中断で申し訳ない。脱線は私の特権である。自国の核兵器保有を正当化するイスラエルの新聞が、問題を的を射た指摘をしていることが、非常に面白い。

 07年、08年の2年間続いたシュルツらの「核兵器のない世界」論文
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/A_World_Free_of_Nuclear_
Weapons.htm>

08年11月に、外交問題評議会の機関誌「フォーリン・アフェアーズ」に発表された「ゼロの論理」、大統領オバマの出現、09年オバマの「プラハ演説」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_04.htm>
5月のゴットモーラーの準備会合における演説
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_05.htm>
・・・と繋いでいって見ると、ここに一つの「シナリオ」が浮かび上がってくる。

 そのシナリオに従えば、「核兵器のない世界」を旗印にして、平和目的であろうが軍事目的であろうが、すべての核技術・核分裂物質・核関連部品の地球的な独占を計るグループが存在する。それは21世紀、原子力発電が厖大な市場に発展することを視野に収めるグループだ。かれらはそのイデオロギーの構築に時間をかけて準備してきた。それが「核兵器のない世界」を実現するための「徹底した核不拡散」イデオロギーである。

 このため彼らは、世界を二つのグループに分ける。一つは「核技術」をもつグループ、もう一つはもたないグループ。言い換えれば、この厖大なマーケットを支配しそこから利益を得るグループと核エネルギーを単に消費し、そこから利益を吸い上げられるグループということになる。

 このシナリオでは、来年のNPT再検討会議の最大のテーマが、上記グループ分けを承認させ、一つの世界体制にすることという事になる。しかし、これは従来のNPT体制の重大な変質を迫ることになる。NPT体制では、「核兵器の保有を放棄する代わりに、平和目的の核技術の取得及びその利用はNPT体制が加盟国に等しく認めた権利」である。ここでは、「核技術を有しそれを供給するグループ」と「核技術を取り上げられ単に消費するだけのグループ」などは認めていない。このシナリオを貫徹しようとすれば、NPT体制を変質させる他はない。

 しかし、現在核技術をもたず、しかもこれから厖大な核エネルギーの利用を必要としている多くの発展途上国は、このシナリオを見抜いている。来年NPT再検討会議での最大の争点の一つが、このシナリオを巡る攻防であることは間違いない。

 脱線ついでに。ここでこのシナリオにおける日本の役どころは何だろうかと考えてみたい。2000年代に入って、三菱、東芝といった日本の巨大メーカーは積極的に世界の原子力平和利用関連の生産設備の買収・取得に力を入れてきた。ドイツやフランスのメーカーに匹敵するか、あるいはそれを上回るだろう。従って日本の役どころは、原子力発電所関連施設、システムの製造と供給と云うことになるだろう。このグループの総帥たるアメリカの役割は、恐らく永年培ってきた基礎技術を中心とした技術・ノウハウの提供及びファイナンスだろう。1990年代以降、世界の資本主義はとうとう金融資本主義ともいうべき最後の段階にたどり着いた。ものをつくるより、金融で利益を上げた方が手っ取り早いのだ。新しい画期的な産業分野を育てるより、投機的なあるいは詐欺的な金融操作で莫大な利益を上げていくという手法は、かえって自らの基盤を危うくすることも、08年のリーマン破綻をきっかけに表面化した世界金融恐慌で学んだ。そうしたアメリカを中心にした金融資本主義にとって、厖大な市場が見込まれる「原子力発電市場」を中心とした新エネルギー市場の創設は、彼らの過剰流動性の奔流先として、最適な投資先であろう。このシナリオの背景にはこうした金融資本主義の思惑が見え隠れしている。

 こうした発展途上国グループの抵抗の筆頭がアハマディネジャドのイランだろう。イランは平和目的の核開発はウラン濃縮を含めて、NPT加盟各国に等しく認められた、奪い得ない権利であると一貫して主張している。そしてこれは正論だ。アメリカがイランを目の敵にして非難するのも、こうした文脈から捉えられなければならない。)


 ゴットモーラーは、(*米印原子力)協定を正当化して、「インドは核不拡散体制に近づいて来ている。」という。彼女によれば、インドは兵器級の核物質のこれ以上の製造を禁止する国際条約(*カットオフ条約のこと)の成立を押し進めるワシントンと、核の輸出管理を改善することによって喜んで協働すると述べている。

 イランの副外務相、ムハマド・アリ・フセイニーは月曜日(*5月4日)、アメリカに毒づいて(*railed against)、“シオニスト体制”(イスラエル)に対する核支持を続けるものだ、と述べた。西欧の外交官たちはこれをイラン自身の核計画から目をそらせる試みだと評した。

 ゴットモーラーの演説の中で、少なくとも1回はイランに触れる事に失敗した。ゴットモーラーは、NPT会議をイラン、北朝鮮非難の場として使ってきた前ブッシュ政権以来の伝統を破ったのである。ゴットモーラーは、「ルールを破ったり、条約から脱退したりすることの結果責任」を負うべき必要性に触れた時、イランが間接的にこの明言に近づいてきたと云ったのである。オバマは、幅広い話題、核問題も含め、についてイランと直接対話をすることを呼びかけている。テヘランは、“人質事件”以来ほぼ30年近い厳しい関係にあるこのアメリカの前奏曲に対して冷たい態度をとっている。

 西側はイランが民間原子力開発計画を隠れ蓑にし、核兵器開発をしているのではないかと疑っている。この嫌疑をイランは否定している。

 ゴットモーラーは、先月(*09年4月)オバマがプラハでした演説にしつこく繰り返し言及した。彼女はアメリカは20年間の長きにわたってアメリカは核実験を凍結してきた、だから他の国もそれに追随すべきだと主張するのである。

(*  これで記事は終わっている。イスラエルの核兵器保有は正当で、イランは核兵器開発をしているに違いないしこれは不当だ、とするイスラエルの新聞の立場を割り引いてみても、ゴットモーラー発言を誤って解釈している箇所を含め、ゴットモーラー発言の意外性に動揺を隠せないイスラエルの雰囲気をよく伝えている。)



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