(2010.6.16)
No.012

オバマ政権で急速に増加するアメリカ連邦政府負債

 2010年6月アメリカ財務省が、アメリカ連邦政府の2010年3月末時点での、財務省証券発行残高を発表した。事実上のアメリカ国債だと考えても云い。本来アメリカ国債とは、アメリカ貯蓄債権基金(U.S. Saving Bonds)の発行する債券のことである。有名な例が第二次世界大戦の時の戦争債(War Bond)だ。(<http://en.wikipedia.org/wiki/Series_E_bond#The_U.S._Savings_Bond_programs>)

 しかし、近年こうしたアメリカ市民の小口の購入では、厖大な連邦政府の資金需要をまかなえなくなっている。また、アメリカ貯蓄債権基金の債券発行にはその都度特別な理由がいる。

 そこでアメリカ連邦政府の資金調達の主流はアメリカ財務省証券の発行とその販売収入から得られる資金となり、これが事実上の「アメリカ国債」となっている。

 財務省証券は、様々な種類の証券から成り立っているが、ここではその詳細に触れない。アメリカ財務省の発表数字はこれらをすべて含んでいることを確認すれば十分だろう。

 <参考資料>財務省証券(アメリカ国債)の保有者(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/05.htm>)をご覧いただきたい。

 アメリカ国債は、クリントン政権時には、一時減少傾向を見せていた。アメリカ国債総残高が減少するとは、連邦政府の年間財政赤字が解消され黒字だったことを意味している。

 というのは、アメリカ連邦政府の財政は現金主義であり、財政支出が収入を上回った時、その不足現金を穴埋めする形で、財務省が証券を発行して、その資金を調達する。財務省証券は毎年償還を迎える。償還すれば発行残高は減少するわけだが、償還を上回る発行をすれば総残高は増える。

 クリントン政権の時に、発行残高が一時減少したということは、償還が発行残高より大きかったということだ。これは連邦政府が、年次財政黒字だったということに他ならない。クリントン政権の時に一時期黒字だった、という「カラクリ」の「たね」は、これはこれで結構面白いテーマなのだが、ここではそれも触れない。

 ブッシュ政権が始まるのは、2001年1月だが、01年3月期の発行残高は5兆7737億ドル(519兆6330億円。1ドル=90円。実際には円ドル換算レートはこの通りではないが、便宜上現在の換算レート、1ドル=90円を使用する。以下同じ。)だった。クリントン政権最後の年の3月期は5兆7734億ドル(519兆6060億円)だったので、ほとんど変わらない。

 「9/11同時多発テロ」を直接のきっかけとする「アフガニスタン侵略戦争」は、2001年10月に開始されている。(今考えると随分手回しが良かったという感じもするが。)

 それでも2002年12月末の総発行残高は6兆4057億ドル(576兆5130億円)とさほどの伸びとはいえない。

 フセイン政権打倒を目指す「イラク侵略戦争」が開始されるのは、2003年3月である。アフガニスタン、イラクと2つの大規模戦争を抱えるブッシュ政権はいくら金があっても足りない。2003年12月末には6兆9980億ドル(629兆8200億円)、2004年12月末には7兆5961億ドル(683兆6490億ドル)とはっきり増勢に転じている。ブッシュ政権開始の頃と較べると、30%強の増加だ。

 ハリケーン・カトリーナがメキシコ湾岸諸州を襲ったのは、2005年5月だ。ブッシュ政権は復興資金と称して、かなり怪しい財政支出を行う。2005年12月には総残高は8兆1704億ドル(735兆3360億円)、2006年12月には8兆6802億ドル(781兆2180億円)へと膨れあがる。ブッシュ政権開始から見ると、ちょうど50%ほど連邦負債を膨らませたことになる。

 「リーマン・ショック」に端を発する世界金融危機が始まったのは、2008年9月である。(これは、単に金融危機だったのではなく、生産過剰による世界経済恐慌と金融恐慌とが複合した経済恐慌だったことは、2009年全体を通じて明らかになった。

 この対策のため、ブッシュ政権は財政支出の大盤振る舞いを開始する。ために2008年12月には10兆6998億ドル(962兆9820億円)の国債発行残高と、はじめて10兆ドルの大台を超すことになった。ブッシュ政権はその政権全体を通じてアメリカ連邦政府の総負債を85%も膨らませて退場した。

 各界から期待を受けてオバマ政権がさっそうと登場したのは、2009年1月である。「イラク」からの完全撤退、「アフガニスタン戦線の縮小」、「核兵器のない世界」を掲げて登場したオバマ政権下では、連邦負債も縮小すると誰しも予想した。(一部プロは、オバマ政権下でも負債は増大すると予想した。プロでない私は、「核兵器のない世界」はまやかしだ、と考えていたものの、イラクからの撤退、アフガンの縮小を行えば、ブッシュ政権時の野放図な財政赤字は少なくとも縮小する、と考えていた。)

 ところが、連邦負債は一向に減らない。どころかブッシュ政権時代に輪をかけて、負債は膨らみ続けている。

 オバマ就任1年目の09年3月期には11兆1269億ドル(1001兆4210億円)とあっさり11超ドルの大台を超し、その年12月には、12兆3114億ドル(1108兆260億円)と12兆ドルを突破する。09年1年間で約1兆2000億ドルも増加させていることになる。

 年間1兆ドル以上膨らませるのはブッシュ政権でも例がなかった。オバマ政権では年間1兆ドルの上乗せは当たり前となった。

 ここで2つ疑問が生まれる。一つはオバマ政権の連邦負債急増化の要因はなんだろうか、と言う疑問だ。言い換えれば、どこに金を使っているのかという点だ。もう一つは誰がまかなっているのだろうか、という疑問だ。

 先に誰がまかなっているのだろうか、という疑問から表面データに表れた事実から見ていこう。

 2010年3月末連邦総負債の残高12兆7331億ドル(1145兆9790億円)は、それ自体ブッシュ政権初期からみると2.2倍という数字だが、その42%までが、「連邦準備制度及び政府部内各基金」というカテゴリーでまかなわれている。

 「連邦準備制度」は、全米に12区域ある地区連邦準備銀行(Federal Reserve Bankも含んだ数字だろうが、連邦準備制度がアメリカ国債を買っていることになる。アメリカの連邦準備制度は、確かに連邦政府部内の一機関ではあるが、そのオーナーは連邦政府ではない。100%民間銀行が出資している。だからこれを「政府部内保有」の国債とみるのもおかしなものだ。

 「政府部内基金」というのは連邦政府が管掌している各種基金の総称である。具体的には政府は国家養老年金基金(Social Security Trust Fund)と国家高齢者・障害者医療保険基金(Medicare Trust Fund)が最大の構成要素のようだ。(前出「<参考資料>財務省証券(アメリカ国債)の保有者」の「連邦準備制度及び政府部内各基金のカテゴリー」の項参照の事。)

 国家養老年金基金(Social Security Trust Fund)にしても国家高齢者・障害者医療保険基金(Medicare Trust Fund)にしても、その徴収は任意ではなく、強制である。まったく税金と同じ扱いである。税金と違うところは、年金として、あるいは医療費として将来国民に還元されるべき性質のお金である。いわばそのお金は連邦政府のお金ではなく、預かりものだ。

 基金では、「毎年の支出より収入が大きいため、剰余金が生じます。その剰余金で財務省証券を購入します。」と説明しているが、こうした基金に本当に剰余金が生じているのかどうか、という疑問がひとつ。つまり無理して買っているのではないか、という疑問である。

 次の疑問はこのカテゴリーで、「連邦準備制度」と「政府部内各基金」の内訳はどうなっているのか、という疑問。

 しかし、このカテゴリーは、単一カテゴリーとしてはアメリカ国債の最大の購入者だとしても、その比率は確実に低下している。ブッシュ政権初期では50%を越えていた比率が、次第にその比率を下げ、2010年3月期では、42.1%まで落ちている。

 その逆に比率をどんどん高めているのが、「外国政府及び外国投資家」のカテゴリーだ。ブッシュ政権初期では17%程度だった比率が、オバマ政権では30%を越すまでになった。

 総負債そのものが急増している中で、その比率を突出して伸ばしているわけだから、「外国政府及び外国投資家」のカテゴリーが、アメリカ政府財政を支えている柱の一つ、という言い方をしても言い過ぎにはならない。

 たとえば、2000年クリントン政権末期約1兆6000億ドル(144兆円)規模だった連邦政府の歳出は、2002年ブッシュ政権時には、2兆ドル(180兆円)となり、末期の09年には3.1兆ドル(279兆円)となった。オバマ政権の2010年には3.6兆ドル(324兆円)、2011年予算では3.8兆ドル(342兆円)と見込まれている。(<http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_federal_budget>)

 ところが、2009年では連邦政府の総収入は2.7兆ドル(243兆億円)しか見込まれていない。現金主義をとる連邦政府としては、約4000億ドル(36兆円)の現金が不足する。それを財務省証券(アメリカ国債)の発売現金収入で埋め合わせようというわけだ。

 2009年「外国政府及び外国投資家」のカテゴリーは約6200億ドル(55兆8000億円)増加している。だから、09年のアメリカ政府の財政赤字は、ほとんど「外国政府及び外国投資家」がまかなったという事になる。(2009年連邦政府の歳入見込み2.7兆ドルは現実には、これに達していなかったと見られる。)

 次に「<参考資料>アメリカ財務省証券(アメリカ国債)国外保有者2009年の推移 2010年5月17日 連邦準備制度・財務省発表)」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/06.htm>)というデータを見ると、「外国政府及び外国投資家」というカテゴリーの中で、1位の中国は09年1552億ドル、2位の日本は1501億ドル、合計すると約3500億ドル(31.5兆円)増やしている。だから、09年アメリカ連邦政府の財政は、実は中国と日本の政府および支えた、という言い方をしても過言とはならない。

  さらに、「誰がアメリカ国債を買っているのか」という問題では、注目しておく現象がある。それは、「その他投資家」のカテゴリーである。2008年半ば頃このカテゴリーは、3000億ドルから4000億ドルの残高だった。ところがブッシュ政権の末期から鰻登りに上がっていく。2008年12月期6256億ドル、2009年9月期9176億ドル、2009年12月期1兆0011ドル(90兆円)に達している。

 「その他投資家」というカテゴリーは、どんな投資家かというと、財務省の説明では、すべてアメリカ国籍で、個人、政府系企業、ブローカー、ディーラー、銀行(この場合の銀行は預金業務を行わない銀行、個人投資信託基金、企業、個人企業、その他の投資家ということだ。いろいろな推測ができるが、一番有力な推測は、銀行(その多くは連邦準備制度の株主である大手銀行や国際銀行の関連会社である。)が、連邦準備制度から直接間接に融資を受けて、その融資金で財務省証券(アメリカ国債)を購入するパターンであろう。もしこの推測が当たっているとすれば、「その他投資家」は、実は「連邦準備制度及び政府部内基金」というカテゴリーのダミーということになる。

 次に「オバマ政権の連邦負債急増化の要因」の問題を見てみよう。

 オバマ政権は、連邦負債は急増すると見ている。たとえば、「<参考資料> アメリカ連邦政府総負債の推移とGDP比率 2010年2月」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/07.htm>)を見てみると、オバマ政権は連邦負債は、2010年13兆7866億ドル(1240兆円)に増加すると見ている。

 要因としては、2010年さらに税収が落ち込むと見ていること、景気回復のための大幅な財政出動、軍事費の恒常的な増加、などがあげられる。

 しかしそうとすれば、2011年以降も引き続き、連邦政府負債が増加すると見ている説明にはならない。

 2011年以降は、アメリカ経済は回復するはずであり、税収入(個人所得説、法人所得税など)も増加し、景気回復のための大幅な財政出動も一段落するはずだ。

 たとえば、2010年2月ホワイトハウスの運営予算局が発表した連邦政府負債の推移は、2011年末15兆1440億ドル、12年末16兆3357億ドル、13年末17兆4535億ドル、14年末18兆5323億ドル、15年末19兆6833億ドル(1771兆4970億円)と見通している。しかも、12年以降は毎年5-6%のGDP成長を遂げると見通した上でのことだ。

 これは一体どうしたことだろうか?

 オバマ政権は知っているが、我々には知らされていない何かがあると考えざるを得ない。

 ここからは全く推測になるが、要因の一つは国家養老年金基金の破綻ではないか?

 国家養老年金基金(日本で云うと国民年金と厚生年金に相当する)は、これまでアメリカ連邦政府のドル箱だった。例えば1997年クリントン政権の時には、約5362億ドルの収入に対して3648億ドルの支出だった。約1950億ドルの剰余金が発生していた。(これは剰余金と説明されているが、本来は預かり金であり、連邦政府が自由に出来る金ではない。)

 ところがアメリカ社会の高齢化現象と収入と支出の逆転現象がはじまっており、それが年を追うごとに大きくなっていくのではないか、という疑問である。連邦政府はこうした年金支出増に備えて、本来積み立てを厚くしていなければならないのに、現実は国家養老年金基金には金がなく、年金支払い急増を、借金でまかなおうとしているのではないか、という疑問である。

 もう一つの疑うべき要因は、アメリカ連邦政府の会計制度そのものにある。冒頭述べた通り、アメリカの会計制度は現金主義である。発生主義ではない。従ってすでにコストとして発生していても、そのコスト要因はアメリカ連邦政府の年次の赤字には反映しない。

 アメリカの連邦政府財政には、こうした未発生のコストが隠れている、という見方である。そして隠れたコスト(それは将来必ず顕在コストになる)を負債でまかなおうとしているのではないか、という疑問である。

 次の問題は、こうした旺盛なアメリカ政府の資金需要を、これから誰がまかなうのか、と言う点である。

 アメリカ国内に、こうした資金需要をまかなう財源が残っているのかというと、もし仮に国家養老年金や高齢者医療保険、障害者医療保険の基金にその余力がないとすれば、ただ一つしかない。

 それは連邦準備制度だ。連邦準備制度は民間大手銀行やニューヨークを本拠とする国際金融資本が実質的な株主でありながら、唯一ドル通貨発行権を持つといういともおかしな存在だ。しかもそのドル通貨発行には、事実上上限がない。だから連邦準備制度は、「ドル崩壊」のその日まで、ドル通貨を発行し続けることができる。

 「外国政府及び外国投資家」のカテゴリーでは、中国が引き続きアメリカ国債を引き受け続けるかどうかは、全く不透明だ。資金力があって、引き続き買い続けられる要素をもった国であって、アメリカが確実に当てにし続けることが出来るのは、対米従属下の、事実上アメリカが支配している日本だろう。

 それではその日本のどこに金があるのか。

 唯一残った要素は旧郵政公社の持つ資産だろう。これは郵便貯金であり、保険の掛け金だ。一般日本市民の金である。

 小泉政権の時に郵政民有化が推進されたが、この狙いは旧郵政公社が持つ金融資産を、アメリカに移転しやすくすることが目的だったのではないか、と私は疑っている。