(2011.3.2)
No.021

他国をダミーに大量のアメリカ国債(財務省証券)を保有していた中国


 いや、驚いた。2009年6月に食らわされた手をまた食らわされた。こんなことを続けているとアメリカ連邦政府発表の数字を誰も信用しなくなる。(失業率についてはもう誰も信用していない。)
 
 アメリカ財務省・アメリカ連邦準備制度が定期的に発表している「アメリカ財務省証券国外の主要保有者」(“MAJOR FOREIGN HOLDERS OF TREASURY SECURITIES”<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/20110228.txt>)という資料(2011年2月28日発表)のことである。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/06.htm#0を参照の事>)
 
 この発表は、2010年12月末現在までのアメリカ財務省証券(事実上のアメリカ国債)の保有者が国別に表示されている。
 
  今回発表では、2010年6月度の数字にさかのぼって事実上、訂正されており、2010年6月から新しい財務省証券シリーズが開始されたことになっている。新シリーズの名称は「新5/シリーズ」でそれまでの「旧5/シリーズ」に変わってスタートしたことになっている。
 
 新シリーズのデータによれば、中国は2010年6月時点で、1兆1121億ドルの保有高なのだそうだ。それではそれまで発表してきた8437億ドルという数字は一体なんだったのかという事になる。
 
 もちろん中国が大幅にアメリカ財務省証券を買い増していて、それをアメリカが8ヶ月後に発表したのかというとそうではない。
 
 旧シリーズによる外国保有総額は2010年6月末で4兆101億ドルだった。新シリーズの総額は同じ6月で4兆699億ドルだった。その差は、598億ドルでしかない。
 
 一方中国の旧シリーズによる保有は8437億ドルだから、一挙に2684億ドルも増えたことになる。もし中国がこの時点で買い増しをしていたなら、外国保有総額は一挙に3000億ドル以上増えていなければならない。
 
 だから、考えられることは唯一つ。本来中国(本土)系金融機関や投資会社が保有していた財務省証券が、ダミーを通じて中国以外の国の保有とされていて、それを今回、アメリカ財務省及び連邦準備制度が表面に出した、という事だ。
 
 すなわち中国が保有するアメリカ財務省証券(日本では通常これをアメリカ国債と呼んでいる)は、実はこれまでの発表よりもはるかに大きかったのである。同じことは、2009年6月にも起こっている。
 
 それではどこの国籍のものと発表されていたのかということになる。外国保有第2位の日本の数字は、2010年6月度、7996億ドルの旧シリーズ発表数字が8437億ドルの新シリーズ発表数字になっているからその差441億ドルで、中国のダミーが日本に隠されたいたものとは思えない。むしろ日本は新シリーズが発表された時に買い増していたと考えた方がいい。
 
  一番疑わしいのはイギリス国籍とカナダ国籍だ。イギリスは、2010年に入ってからアメリカ財務省証券を異常に買い増してきた。2009年12月1780億ドルに過ぎなかった保有残高は、2010年3月末に2790億ドル、2010年6月末に3622億ドル、同年10月末には4776億ドルと1年足らずの間に3倍近くに伸ばしていた。
 
 カナダも同様だ。カナダは2009年12月には528億ドルだったのを2010年10月には1252億ドルに伸ばしている。そのほか怪しい国が数カ国ある。
 
 イギリスは旧シリーズの発表では、2010年6月時点、総国外保有の9.03%までを占めていた。ところが新シリーズでは一挙に2.6%に落ち込む。イギリスが保有していたとされる財務省証券のほとんどは、実は中国が保有していたことは確実だろう。
 
 こうしてみると新シリーズで中国の保有残高は、2010年12月末時点で、1兆1601億ドルと2位の日本の8823億ドルを3000億ドル近く引き離してダントツの一位である。
 
 しかし、その中国保有もよくよく見てみれば、徐々に保有を減らしているのがわかる。

 見かけ上、中国のアメリカ国債保有は増加しているように見えるが、2010年6月時点で表に出てきた中国の保有分、約2700億ドルをそれ以前のピーク、2009年9月の9383億ドルに上乗せしてみると、ピーク時中国は約1兆2000億ドル保有していたと考えられるのである。(もちろん、中国がなおも他の国をダミーとして使っている可能性は大いにある。)
 
 そのピーク時1兆2000億ドルは、2010年12月末1兆1600億ドルと徐々に減らしてきていると考えられるのである。
 
 ここで浮かぶ大きな疑問は、アメリカ財務省は、中国が他の国をダミーとして使っていることを知らなかったのだろうか、と言う点である。知らなかった、とは非常に考えにくい。アメリカ財務省・連邦準備制度は当然知っていた、と考えるのが自然であろう。
 
 考えてみると、中国から見れば、アメリカ財務省及び連邦準備制度の発表は、中国のあずかり知らぬことでアメリカが勝手に発表しているに過ぎない。中国が不正を行っているわけではない。
 
 そう考えると、なぜこの時期に、アメリカ財務省と連邦準備制度は、「実は中国はアメリカ国債をまだまだ大量にもっています。」と発表したのだろうか、という疑問がでてくる。
 
 アメリカ財務省証券(アメリカ国債)はじりじり信用を落としている。昨年10月アメリカ連邦準備制度が、向こう8ヶ月間で新たに6000億ドルのアメリカ財務省証券を買い入れると発表して(金融緩和の第二ラウンド)、恐らくその通りにしているのだろうが、もしこの発表がなければ、アメリカ財務省証券は「売れ残る」という事態が起こっていたかも知れない。
 
 10年ものアメリカ財務省証券(市場で譲渡可能であり金利が変動する)の信用は相対的に下がっている。2009年9月1日、ロンドンの先進国10年もの国債の金利市場では、アメリカ10年ものの金利は、3.38%だった。その約15ヶ月後の2010年12月半ば、アメリカ10年ものの金利は3.34%だった。金利は下がったように見える。信用が増したかに見える。しかし問題はそこにはない。国債金利は相場ものであり、現在のドル過剰時代においては投機の対象でもある。2010年9月1日、アメリカ国債10年もの金利より低い先進国10年もの国債は、カナダ、スエーデン、ドイツ、スイス、日本の5カ国だった。それが、15ヶ月後の2010年12月17日には、オランダ、フィンランド、デンマーク、ノルウエィの4カ国を加えて、アメリカ10年もの金利は9カ国の金利より高くなっているのである。しかもフランスとの差は0.07%でしかない。着実にアメリカ国債の信用は先進国の間で相対的に下がっている。
 
 今回の中国保有高の修正発表は、「アメリカ国債の信用はまだまだ厚い。中国は1兆ドル以上も保有している。」という一種のデモンストレーションではなかったか・・・。