(2011.3.6)
No.022

「イラクの忘れられた革命」-オバマ政権「民主化・人権」外交のいかがわしさ

 2011年3月3日付のアラビア語紙『アル・クドゥス・アル・アラビー』紙の「イラクの忘れられた革命」と題する社説である。この記事は東京外語大学の「中東ニュース」に翻訳掲載されていたもの。(<http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=21705> 翻訳者は、山本薫。)

 『アル・クドゥス・アル・アラビー』(Al-Quds Al-Arabi)は、1989年亡命パレスティナ人がロンドンで創刊したアラビア語の日刊紙。発行部数は5万部とされている。英語の題字名は、"Arab Jerusalem"(「アラブのイエルサレム」)。編集長のアブダル・バリ・アトワン(Abd al-Bari Atwan)は、1950年にパレスティナ・ガザ地区の難民キャンプで生まれた。論調は反イスラエル・反アメリカである。(以上英語Wiki“Al-Quds Al-Arabi”<http://en.wikipedia.org/wiki/Al-Quds_Al-Arabi>を参照した。)

 チュニジア、エジプト、リビア、バーレーンなどで民主化運動が起こっている。(アメリカ・イギリス、イスラエルはシリア、イランや中国でも同様の「民主化」運動が発生していて、政権が危機であるかのように描いているが、これはちょっと違うようだ。)特にオバマ政権は、いったん手を握ったカダフィ大佐のリビアの民主化にはことのほか熱心で、反政府勢力に対してリビア政府が空爆する恐れがあるので、リビア空域を封鎖することも検討している。他の国の主権もなにもあったものではない。ヨーロッパ諸国、特にイギリスとフランスも、リビアの「反政府運動武力弾圧」に激しい非難を浴びせ、制裁措置を検討している。(断っておくが、私はカダフィのリビア政府が正しい、といっているのではない。外国勢力が武力干渉するのは全く別な話だ、と云っている。)

 そうした華々しいアラブ世界の民主化運動に対して、イラクでの民主化運動は簡単に治安維持部隊によって弾圧され、本来豊かなイラクは、現在世界で二番目に汚職のはびこる国になってしまった、とこの社説は嘆いている。そして

 民主主義や自由と人権の尊重をうたっている新生イラク政府がこれらのデモや抗議行動を禁じ、犠牲者を出してでも、あらゆる武力を使ってそれを弾圧するとは異常なことだ。アラブメディアと国際メディアはどちらも、これらの抗議行動と正当なイラク人の要求の側に立つべきだ。イラク人が求めているのは、職やパン、汚職撲滅だけでなく、米国による占領によって産み落とされ、直接・間接に少なくとも100万人のイラク人の殺害に関与し、国とその地理的・社会的統一性を引き裂いた政権の打倒なのだ。』

 とこの記事を結んでいる。アメリカ・オバマ政権はこれまで中東の専制主義的な諸国を支援してきた。民主化運動が起こりこれまで支援してきた政権が崩壊すると、さっさと見限って次の親米政権作りに躍起となっている。またこれらの「民主化・人権擁護」に名を借りて、イラン、シリアでも同じような「民主化運動」を起こさせ、自分にとって都合の悪い政権を倒そうとしている。こうしたオバマ政権の「反民主主義性格」は、この社説の指摘するとおり、イラクにおいてもっとも顕著に表出している。

 以下社説本文。中に一部私の註で補ったカ所がある。註は小さめ、青字のフォント。

 イラク政府は本日早朝から次の通達までの間、サラーフッディーン県全域に、あらゆる乗り物の通行禁止令を発動した。これは公共サービスの改善と行政の腐敗撲滅および失業・住宅危機の解決を求める民衆デモの再発を防ごうという、あまり効果が期待できない試みである。

「サラーフッディーン県」。イラクには全部で18の行政県(州)がある。サラーフッディーン県は、そのうち首都のあるバクダッド県の北部に拡がる主要な地域。県都はティクリート。イラク元大統領サッダーム・フセインの出生地であり、サッダーム政権時代には有力政治家や高級官僚・高級軍人の多くがティクリート出身者から抜擢され、市内には大統領宮殿やモスク等の施設も建設された。現在でも反政府運動の拠点である。話は違うが「サラーフッディーン」の名は中世アラビア世界の英雄「サラディン」にちなむそうだ。また「ティクリート」は「チグリス河」にちなむそうだ。歴史の長いイラク人は誇り高い。(以上日本語Wiki「イラク」、「サラーフッディーン県」、「ティクリート」を参照した。)

 クルド治安部隊は民衆デモを解散させるためにあらゆる種類の武力を行使した。中でも最大級だったのは、汚職とコネの横行や、少数の人間がクルド民衆の命運を握っていることに抗議して、スレイマニヤで起きたデモだった。

「スレイマニア」は「サラーフッディーン県」の東側にあるイランとの国境の「スレイマニア県」の県都。クルド人が多く住むクルディスタン地域を構成する。また重要な油田も集中している。この記事のいう「デモ」は2月17日・18日にかけて発生した。治安部隊はデモ参加者に発砲し多数の死傷者が出た。スレイマニア県保健部によると53人が死亡し4人が重態だという。(<http://www.dinarrumor.com/showthread.php?20982-Death-toll-rises-to-Sulaymaniyah-demonstration-and-53-people-dead>

 イラクで起きたこれらのデモでは、非武装の参加者たちが治安部隊の発砲によって数多く死傷したにもかかわらず、アラブ諸国のメディアも海外メディアも関心を払わなかった。

 腐敗した独裁体制を打倒する激しい革命が起きているいくつかのアラブ諸国よりも、イラクの生活状況ははるかに劣悪である上に、政権は宗派主義的で、基本的な公共サービスはほぼ皆無であり、治安も無いに等しい。

 「新生イラク」は他のあらゆるアラブ諸国と異なっている。それはイラクが占領下に置かれ、5万人以上の米兵がイラク領内の要塞化した基地内に存在しているという、単純かつ基本的な理由による。だが、汚職と失業を筆頭に、多くの共通分母も存在するのである。

 国の透明度を調査する団体のリストによれば、イラクはソマリアに次いで世界で2番目に汚職が蔓延している国であり、複数の独立した国際機関の推計では、政権に近い者たちによって横領された金額は、500億ドルを超える。BBCが放映した「パノラマ」という番組は、イラク政府の要職を占めた閣僚や高官らによって盗まれたイラク国民の資産は260億ドルだとの証拠を示した。イラク人が汚職や失業に抗議し、基本的な公共サービスの改善を要求するのは正当な行為だ。失業率は30パーセント以上、電気の供給は1日4時間以下にまで減っており、保健衛生は最悪で、教育についても同じ状況が指摘されている。

 イラクは豊かな国だ。原油輸出により、年間800億ドル以上の歳入がある。それにもかかわらず国民の大半がいまだに貧困ライン以下の生活を送っている一方で、政治エリートや有力者たち、なかでも米国による占領と共にやってきた連中が、ポストと特権をめぐって争い合っている。イラクの議員の月給はスウェーデンよりも高い上に、手当として入ってくる収入もばかにならない。

 民主主義や自由と人権の尊重をうたっている新生イラク政府がこれらのデモや抗議行動を禁じ、犠牲者を出してでも、あらゆる武力を使ってそれを弾圧するとは異常なことだ。アラブメディアと国際メディアはどちらも、これらの抗議行動と正当なイラク人の要求の側に立つべきだ。イラク人が求めているのは、職やパン、汚職撲滅だけでなく、米国による占領によって産み落とされ、直接・間接に少なくとも100万人のイラク人の殺害に関与し、国とその地理的・社会的統一性を引き裂いた政権の打倒なのだ。 』