(2015.3.24)
No.060-3

放射線被曝に安全量はない
-There is no safe dose of radiation

その③ 放射線被曝とはなにか?体の中で何が起こっているのか?


 (この記事は、第124回広島2人デモチラシ<2015年3月6日>を下敷きにしている。チラシに引きずられて、口調も「だ、である調」から「です、ます調」に改める。また通常記事では、敬称は一切省いているが、この記事では敬称をつけることにした)

自然放射線と人工放射線、そして人造放射線

 これまで見てきたように、宇宙は放射線だらけです。また地球には宇宙からやってきた放射性物質が地中深く眠っています。あるいはカリウム40のように、地表近く残り続けている放射性物質もあります。またトリチウム(三重水素)のように、宇宙からやってくる中性子線と水蒸気中の水素が反応して生成される放射性物質もあります。

太陽を含む宇宙からの電離放射線(中にはまだ正体のわからないものもあるそうです)、地球にやってきた放射性物質から発せられる電離放射線、これらをまとめて自然放射線(放射能)と呼ばれています。

 地球46億年の歴史の中で、これら宇宙由来の放射性物質は、核崩壊繰り返し、電離エネルギーを使い果たし、ほとんど減衰して無害化していきました。中で、3つの放射性物質が減衰しないで地球上に残っています。カリウム40(半減期約13億年)、ウラン238(同約45億年)、トリウム232(同140.5億年)の3種類です。この3種類を原子放射線核種と呼びます。(表1参照のこと)


 ウラン238の半減期も凄いですが、トリウム232はビッグバン以来の宇宙の全歴史を費やしてもまだ、半分しかそのエネルギーを減じていないという凄まじい核種です。幸いにして、カリウム40を別として、ウラン238とトリウム232は地球の歴史の中で地中深く埋もれました。人間が唯一核分裂させることができるウラン235はウラン238の崩壊系列の中から生まれます。ラドン温泉で有名なラドン222は、トリウム232の崩壊系列から生まれます。無害無益のラドン温泉は別として、希ガス上のラドンは、地中の裂け目を伝わって地表に出てくることがあります。そのための被爆健康被害が報告されています。(インドやブラジルの一部)

 話がやや先走りますが、日本語ウィキペディア『環境放射線』は面白い表を掲げています。同項目によれば、「環境放射線」とは「生活環境中にある放射線を言う」ということだそうで、あまり科学的概念とはいえませんが、次の表2はなかなか参考になります。


 この表で私が注目するのは、その年間被曝線量の推計値ではなく、その分類の仕方です。この推計を行ったUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)にしても、日本の文部科学省にしても、アメリカのプリンストン大学にしても、核の産業利用・医療利用(いわゆる「平和利用」)のための、国際組織、行政組織、学術研究組織ですから、それらが推計する数値には、核の産業利用に不利にならないように、はじめからバイアス(偏向)がかかっています。そこは若干割り引いて考えなければなりませんが、データとしてはとても参考になります。そのことよりも面白いのはその分類の仕方です。

 たとえば、自然放射線のうち「大地」から受ける被曝の源泉はラドンガスです。ラドンは、ウラン鉱脈の近くに多く蓄積しており、大地の裂け目を伝って地上に噴出してくる場所もあるのですが、現在大気中に含まれるラドンは、ウラン鉱山開発や花崗岩採掘に伴って地上に噴出しているケースが多いのです。こうして噴出してくるラドンガスを単純に「自然放射線」に分類していいものかどうか。

 また、自然放射線のうち「宇宙」から受ける放射線は、「緯度と高度に依存」とありますが、緯度が高くなればなるほど、前述の「地表を宇宙放射線から守る2重のシールド」のうち「磁気圏のシールド」が薄くなりますので、その分被曝線量が上がることになります。また同様に高度が高くなればなるほど、「大気圏のシールド」が薄くなり被曝線量が上がる、ということになります。

 それでは、次のケースはどうでしょうか?
 成田-ニューヨーク間の往復の飛行では、0.2 mSv(= 200 μSv)の放射線を受けるといわれている。また、成田-ニューヨーク間を搭乗する航空機乗務員に実際に被ばく線量計を装着させて実測したところ、年に800-900時間搭乗すると被ばく線量は年間約3 mSv(= 3,000 μSv)になるという報告がある。

 地球磁気圏内である高度400km前後の上空で周回する国際宇宙ステーション滞在中の宇宙飛行士の被曝線量は、1日当たり1 mSv(= 1,000 μSv)程度となる。地球磁気圏外の宇宙空間でも同様に被曝線量は1日当たり1 mSv(= 1,000 μSv)程度と言われている。 

 宇宙飛行士のワレリー・ポリャコフは、1994年1月8日にソユーズTM-18で打ち上げられ、ミールLD-4に437.7日間滞在し、単一ミッションでの最長宇宙滞在時間の記録を有する。この宇宙飛行での被曝線量は400mSvを超えていると推定される。」(日本語ウィキペディア『自然放射線』)

 「自然放射線(しぜんほうしゃせん)とは、人間の活動が無くても自然界にもともと存在している放射線の総称である。自然放射線による被曝の内、人間の活動により増幅された放射線による被曝は人工被曝に分類される場合もある」(同じく『自然放射線』が行っている定義)という定義によれば、これらのケースは自然放射線による『人工被曝』に分類されます。先ほどの表では単純に、放射線を自然と人工の2種類に分けていますが、被曝の観点からはさほど単純な分類はできない、まして先ほどの表にあるように、この単純な分類で被曝線量を推計するというやり方は、なにか重要なことを見落とすのではないか、と私などは思います。


人造放射能(man-made activity)

人間が人工的に作り出した放射性物質から発せられる放射線を人工放射線(人工放射能)と呼びます。

 人工放射線は、放射線の産業利用や医療利用が進んだ現在、社会の中にあふれかえっている、といっても言い過ぎではないでしょう。特に放射線の医療利用が進んだアメリカでは、医療被曝で発生する健康障害が問題になっています。(日本の実態も同じかも知れません)

 人工放射能による被曝が特に問題になるのは、これまで見たように、電離放射線の影響がほとんどない環境で生存するように進化してきた、私たちの生活空間に全く新たな健康被害要因が付け加わった点です。その最たるものは核爆発による人工放射能の拡散です。大気圏核実験は、1945年にはじまり、1963年の大気圏核実験禁止条約(日本では部分核実験禁止条約と呼ばれています)まで大ぴらに行われていました。(その後もフランスと中国は大気圏核実験を行っています)

 表3がこれら大気圏核実験で環境中に放出されたと推定される人工放射能の例です。

 大気圏核実験が、地表面に本来は存在しなかった人工放射能をいかに負荷したかがおわかりでしょう。

 中でも水素の同位体であるトリチウムは、1万8600京Bqとベラボーな数字に上っています。トリチウムは自然界でも生成される放射線核種ですが、自然界が1年間に生成するトリチウムは最大でも7.4京Bqと推定されています。(イアン・フェアリー:「トリチウム危険報告」による)

 自然界が生成するトリチウムは確かに自然放射能ですが、核実験や核燃料再処理工場・原発などから出てくるトリチウムは人工放射能です。特に核燃料再処理工場が排出するトリチウムは膨大です。
 
フランスの核コングロマリット、アレヴァ社傘下の核燃料再処理工場(ラ・アーグ)からは年間約1京ベクレルのトリチウムが環境に放出されていると推定されていますし、日本の青森県六ヶ所村にある日本原燃六ヶ所村再処理工場が、計画通りの本格稼働をすれば、これまでの試験運転からの実績(日本原燃自身の報告)から見て、年間1京から1.5京のトリチウムを環境に放出すると推定されます。また世界の原発からも大量にトリチウムが放出されています。

人間が自然界に働きかけて、地表面に誘導する放射能のことを自然放射能や人工放射能と区別して人造放射能と呼びます。

 図1は、エナジー・リソーセズ社がオーストラリアに持つレンジャーウラン鉱山です。ここで採掘されたウラン鉱からは電離放射線がでます。この電離放射線は自然の放射線なのか、人工放射線なのか?またウラン採掘の過程で、その周辺からはラドンが大量に環境に放出されます。  
 このラドンは自然放射線なのか、人工放射線なのか?これまで核の利用(軍事利用であれ産業利用であれ)を推進してきた人々は、これらを自然放射線に分類してきました。
 しかし核の利用そのものに批判的な人々は、本来地中深く眠っていた放射性物質を人間が働きかけて、地表面に引きずり出してきたのだから、これを自然放射線に分類するのはおかしい、これは人造放射線に分類すべきだ、と主張しています。(たとえば「ECRR2010年勧告」)

 ラドンはウラン岩石(精製前のウラン原鉱)1トンあたり120億ベクレルが含まれるといいます。(たとえば原子力資料情報室『ラドン222、ラドン222Rn』)そして、地球の土壌中には、1500京ベクレルのラドンが含まれています。こうしたラドンがウラン採掘などで、地表に表出し、それが被曝の源泉になっています。これらは自然由来だからといって「自然放射能」に分類していいものか?私はそうは思いません。

 本来地中深く埋もれ、私たちの地表空間、私たちの生存空間とは切り離されて存在した放射性物質を、人間活動によって、その空間に放射能を負荷したわけですから、これを自然の放射能に分類するのはおかしなことです。ですから私もこれら批判的な人々とともに人造放射線(能)(man-made radioactivity)という分類項目を支持することにします。


被曝とはいったい何か―ICRP学説信奉者の主張

 放射線被曝についてICRP学説信奉者の学者たちがどんな説明をしているのか、まずそれを見ておきましょう。
 日本語ウィキペディア『被曝』は次のように説明します。
 被曝(ひばく、radiation exposure)とは、人体が放射線にさらされることを言う。『曝』が常用漢字でないことから『被ばく』とも表記される。被曝は、放射線を受ける形態が外部被曝か内部被曝かでその防護方法が大きく異なる」

 実は「被曝」に関する説明はこれだけなのです。後は「2 被曝の形態とその防護、3 放射線防護策の選定と実施、4 日本における被曝の法規制、5 被曝と社会運動」という大項目の下にICRP学説の説明が延々と続き、「被曝」そのものは全く説明していないのです。

 次に同じく日本語ウィキペディアで関連項目の『放射線障害』を見てみましょう。
 放射線障害(ほうしゃせんしょうがい、radiation effects, radiation hazards, radiation injuries)とは、生体が放射線被曝することを原因として発生する健康影響を言う。放射線障害は被爆線量に応じて確率的影響(stochastic effects)と確定的影響(deterministic effects)の二つに大きく分類できる」

 日本語ウィキペディアの「被曝」に関する説明は、「被曝」そのものの説明はせずに、いきなり「放射線障害」に飛びます。そして「放射線障害」を「放射線被曝による健康影響」と定義します。放射線被曝による健康影響に限りませんが、一般に日常生活に支障が出るほどの影響が出る場合に「病気」とか「疾病」と見なします。その間には当然、体の中で何か異常なことが進行し、その進行がやがて「病気」という形で一種の破断点を迎えます。

 それは病気の潜伏期間という性質ものではなく、本質的には病気に至る過程だと見なすことができます。ICRP学説信奉者の大きな特徴の一つは、病気の発生原因から、その進行、そして病気の発生から死に至る過程(医学用語では機序というそうです)を全く説明しないことです。この「放射線障害」という項目にしても、それに触れた箇所はただ一カ所『放射線がもたらす生物影響の仕組み』という表題で、次のように述べている箇所だけです。

 放射線の人体への影響は、放射線と人体を構成している物質との相互作用からはじまる、物理的、化学的、生物学的過程を経て引き起こされる。
物理的過程: 放射線と人体との相互作用により、人体を構成する物質の分子(または原子)が電離あるいは励起を起こしイオン化する。
化学的過程: 発生したイオンは細胞中の水と反応し化学的に反応性の高いラジカルや過酸化水素、イオン対などに成長する。
生物作用: 発生した高い電離作用をもつラジカルなどが、生体細胞内のデオキシリボ核酸(DNA)の化学結合を切断したり、細胞膜や細胞質内のリボソームなどを変化させる。
一般に、細胞分裂の周期が短い細胞ほど、放射線の影響を受けやすい(骨髄にある造血細胞、小腸内壁の上皮細胞、眼の水晶体前面の上皮細胞などがこれに当たる)。逆に細胞分裂が起こりにくい骨、筋肉、神経細胞は放射線の影響を受けにくい。これをベルゴニー・トリボンドーの法則と呼ぶ」

 被曝のメカニズムについては、「DNAの化学結合を切断したり、細胞膜やリボソームなどを変化させる」と述べるだけで、後は延々「放射線障害」の分類とその症状の説明が続きます。これらを読んで「放射線被曝」が理解できた、という人はまずいないでしょう。

 問題はDNAをなぜ切断するのか、細胞膜やリボソーム(mRNA=メッセンジャーRNA、から遺伝情報を読み取って、それを基に必要とされるタンパク質を生成する細胞小器官)を変化させる、といいますが、その変化とはどういう変化なのか、それが細胞全体にどんな影響を与え、ひいては人体にどんな影響を与えるのか、説明されていません。

 そして次のように断定します。
細胞内において放射線の直接作用、間接作用が発生した場合、主に問題となるのはDNA鎖の切断(二本鎖切断、単鎖切断)である。・・・単鎖切断であれば酵素のはたらきによりもう一方のDNA鎖を雛形として正確な修復が可能であるが、二本鎖切断は修正不能や修正エラーを引き起こす場合があり、細胞死や突然変異(発ガン、遺伝的影響)の原因となる」

 こうして、細胞膜やリボソームに影響があるのかもしれないとしながらも、結局は、放射線被曝の主たる影響は、「DNA切断」だとし、ここから“がん”や“遺伝的影響”がその健康影響の主な症状だという結論を導き出します。(このICRP学説信奉者の説明はまことに20世紀中葉的です)

 ICRP学説信奉者の「放射線被曝の機序」無視は、「確定的影響」と確率的影響」の説明に至って頂点に達します。再び『放射線障害』から引用します。

確定的影響(deterministic effects)
主たる症状:皮膚の紅斑、脱毛、奇形など(ガン、遺伝的影響以外のすべての影響)
(しきい)線量:存在する。
大量の線量を受けると、組織・臓器を構成している細胞の多数が細胞死などにより機能喪失をしてしまう。確定的影響は組織・臓器を構成している細胞の多数の機能停止による、その組織・臓器としての機能不全を原因とする影響である。物理的に細胞死することが原因であるので、その影響は確定的である」

 「確定的影響」の症状は、「皮膚の紅斑、脱毛、奇形など」だとします。そして人体に対する影響は、「すべて」(ただし“がん”や遺伝的影響を除く)だとするきわめて納得のいかない説明を堂々と掲げています。「奇形」は遺伝的影響ではないのか?、「皮膚の紅斑」や「脱毛」は、なにも放射線影響でなくても現れるではないか?放射線の確定的影響の症状である「皮膚の紅斑」や「脱毛」といった症状は、必ず放射線影響固有の原因、機序があるはずです。ICRP学説信奉者は、それを全く説明しません。そしていきなり「大量の線量を受けると、組織・臓器を構成している細胞の多数が細胞死などにより機能喪失をしてしまう」とジャンプします。なぜ多数の細胞死が起こり、組織・臓器が機能不全に陥るのかを全く説明しません。

一方「確率的影響」は、
確率的影響(stochastic effects)
主たる症状:ガン(“がん”)、遺伝的影響
閾線量:存在しないと仮定される(LNT仮説)
放射線(主にガンマ線)による、少数の細胞の遺伝子の損傷などを原因とする影響である。生体細胞であればガン(cancer)、生殖細胞であれば遺伝的影響(hereditary effects)として現れる。
確率的影響は、ひとつの体細胞あるいは生殖細胞が放射線の影響を受けた上で生存し、がん細胞あるいは受精卵となった上で増殖・出生するプロセスの成立・不成立を確率として捉えることから、その影響は確率的である」
 と説明されています。

 つまり、確率的影響とは、γ線による少量被曝の影響で、すべての人に必ずその特有の症状(がんと遺伝的影響)が現れるとは限らない、その発症は確率的である、とするものです。確定的影響では、現れる症状は、全て、でした。ところが確率的影響では、“がん”と遺伝的影響だけだというのです。(時にはIQ低下や目の水晶体障害も確率的影響に数える学者もいます)これだと、放射線の確定的影響と確率的影響は、同じ放射線の影響でも、人体の中で発生している現象は、全く別な現象だということになります。しかし放射線の人体に与える影響の機序が、確率的影響と確定的影響とで異なるなどという話は、論理的にも現実的にも全く受け入れられません。被曝の多寡によらず、その機序は同じであるはずです。

 確定的影響で出た「紅斑」は、確率的影響では出なかったものの、「紅斑」発生のメカニズムは、体の中ですでに進行していたはずです。

 なぜ、ICRP学説信奉者が、「確率的影響」などといったおとぎ話を作り出し、それが何を目的とし、また「確率的影響」を科学的らしく見せかけるため、何が根拠に使われたのかは、このシリーズの再後半でみることにして、ここでは、「放射線被曝とは要するにどういうことなのか」「放射線によって体の中で何が起こっているのか」を見てみることにしましょう。


放射線被曝とは分子・原子の電離現象

 別図のイラストにあるように、また一般世間の常識となっているように、人体は器官・臓器・組織などからできあがっています。

 臓器・器官・組織などはそれぞれ細胞からできています。また細胞は高分子、分子さらには原子からできています。

 当たり前のことです。が、この理解が放射線被曝を考える場合非常に重要な理解となります。


放射線被曝とは、電離放射線が、人体を構成する大元である分子や原子から、電子・陽子を奪ってしまう現象(電離現象あるいはイオン化現象)のことです。
 
 図2にあるように原子は、陽子と中性子の結合からなる原子核とその周辺を飛び回る電子からなりたっています。(図2参照)

 陽子は「+」(プラス)の電荷をもち、電子は「-」(マイナス)の電荷をもち、中性子は電荷をもちませんから、+陽子と-電子が釣り合って原子は堅く結合し安定します。
 

 放射線被曝とはなにか?、体の中で何が起こっているのか?と考えてみたときに、そして臓器・器官・組織から細胞にさかのぼり、さらに細胞から分子・原子レベルにまでさかのぼって見ると、放射線被曝とは、放射線のエネルギーが、-電子を原子から奪ってしまうことだと理解ができます。(放射線被曝による細胞損傷パターンは後でも比較的詳しく見るように、これだけではありません。が、ここでは放射線被曝とは、電離放射線が原子や分子から、「-」の電荷をもつ電子を奪ってしまうことだ、と大筋理解しておくことにします)

-電子を奪われた原子は+の電荷をもちます。(プラスのイオン化)(図3参照)

 ここで、重要な概念が出てきます。すなわち「イオン」です。原子は通常前述のごとく、+陽子と-電子が釣り合って電荷は中性です。ところが、何らかの原因で、この釣り合いが壊れ、分離してしまうと、イオンが発生します。
 
従って「+」の電荷を帯びたイオンは「+イオン」、「-」の電荷を帯びたイオンは「-のイオン」となります。上記の例でいえば、電離放射線のために、原子から「電子」が奪われ、電子は原子の外に飛び出してしまうのですが、この時の電子は「-イオン」、「-」の電荷を奪われた原子は逆に「+」にイオン化した、ということができます。

 イオン化現象は別に珍しい現象でも何でもありません。たとえば有名な「プラズマ」とは物質が「イオン化」した状態を指しています。物質は、低温度では固体、温度を上げていくと液体、さらに温度を上げていくと、気体になり、さらに温度を上げていくと、プラズマになります。水に例をとると、1気圧のもとでは0℃以下で氷(固体)、0℃以上で水(液体)、100℃以上で水蒸気(気体)と様態を変化させます。さらに温度を上げていくとプラズマ(水プラズマ)の様態になります。1気圧のもとで何度にすると水プラズマになるのか、私ははっきり知りませんが、いろいろ条件を整えてやった上で、3万℃以上にすると水プラズマ現象が現れてくるようです。水プラズマの状態では、水の分子構成H2Oは壊れ、水素原子と酸素原子の状態になり、さらに水素原子や酸素原子は、-イオンと+イオンに分離した、すなわちイオン化した状態になります。


 名古屋大学名誉教授で物理学者の沢田昭二さんの講演を聴きに行ったときのこと、沢田さんは、低線量被曝について説明し、そしてイオン化について触れました。そして低線量被曝のメカニズムが一般の人たちが理解しがたい、難しいといわれているが、本当は難しくも理解しがたいことでもないのだ、という意味合いのことを述べ、ただ低線量被曝について理解するための知識や概念が一般にあまりなじみがないので、「難しい」「理解しがたい」と思い込み、最初から敬遠しているだけなのだ、という意味合いのことを述べられた後、

固体、液体、気体、と物質がその様態を変えることは、皆知っている。小学生の時から教えられているからだ。別に難しいことでも何でもない。しかし、さらに温度を上げていくと物質はイオン化し、プラズマ状態になる、というととたんに、難しい、となる。小学生の時から、物質は、固体、液体、気体、プラズマと4つの様態を見せる、と教えておくべきだ」

と述べられました。

 私も、「低線量被曝は理解に難しい、理解が大変だ」と思い込んでいたクチですから、あまり大きなことはいえませんが、要するに沢田さんがいうとおり、理解するためのキーとなる知識や概念が、あまりに日常生活とかけ離れたものを使うため、つまりそれら知識や概念が慣れないものであるため、難しい、理解しがたい、と思い込む傾向があるようです。

 さらに、ICRP学説信奉者の説明が、つぎはぎだらけの、およそ理屈にあわない説明である上に、ことさら一般には無縁の難解な用語を作り出し、「放射線被曝」は、専門家でなければ理解しがたい難しいことなんだ、という外観を装ってきたため、「難しい」「理解しがたい」にいっそう拍車がかかっているのが現状だろうと思います。

 考えてみれば、「放射線被曝は難しい、理解しがたい」と思い込ませておくことは、ICRP学説信奉者にとってきわめて都合が良いことです。彼ら、“専門家”の結論が受け入れられやすくなるからです。少なくとも「それはおかしいんじゃないの?」と言い出す人たちを圧倒的に減らす効果はもちます。

 さて話をもとに戻しましょう。イオン化現象は自然界では別に珍しくもなんともない、当たり前の現象だ、というところまでした。

 この当たり前の現象が、体の中で、しかも細胞を構成する原子や分子レベルで発生すると、とたんに当たり前でもなく、ゆゆしき大問題となります。本来イオン化(電離化)してはならないものが、イオン化するのですから。


放射線被曝とは、原子・分子レベルのイオン化現象

中性子線は厳密には電離放射線ではありませんが、原子核が中性子を吸収するとき、陽子を原子の外に押し出します。+陽子を押し出された原子は、今度は「-」の電荷をもち(マイナスのイオン化)、不安定な原子となりますので電離放射線に分類されています。(図4参照)  

-電子や+陽子を奪われた原子(イオン化原子)、それら原子が結合している分子は非常に不安定な存在となり、ほかの原子や分子から電子や陽子を奪おうとします。イオン化した原子や分子のことを「フリーラジカル」と呼びます。(図4参照)


 ここで日本語ウィキペディア『放射線障害』の中の記述を思い出してください。
放射線の人体への影響は、放射線と人体を構成している物質との相互作用からはじまる、物理的、化学的、生物学的過程を経て引き起こされる。
物理的過程: 放射線と人体との相互作用により、人体を構成する物質の分子(または原子)が電離あるいは励起を起こしイオン化する。
化学的過程: 発生したイオンは細胞中の水と反応し化学的に反応性の高いラジカルや過酸化水素、イオン対などに成長する。
生物作用: 発生した高い電離作用をもつラジカルなどが、生体細胞内のデオキシリボ核酸(DNA)の化学結合を切断したり、細胞膜や細胞質内のリボソームなどを変化させる」
 でした。

 こうしてみると、電離放射線の分子や電子に与える作用、すなわちイオン化作用(電離作用)は、別に物理的過程、化学的過程、生物作用などとことさら難しく分類する必要はなく、「イオン化作用」という一連の切れ目のない、きわめてダイナミック(動的)な細胞全般に対する作用であることがおわかりでしょう。(なぜこのことから、いきなりその主たる影響はDNA鎖の切断である、などという飛躍した結論が出てくるのか全く理解に苦しみます)

 フリーラジカルとなった原子や分子は、すでにイオン化していますから、それ自体電離放射線と同じ働きをします。(フリーラジカル:自由に飛び回る過激派分子、とはよく言ったものです)

中性子線も含めた電離放射線は、こうして原子や分子をイオン化する働きをします。放射線被曝とは、要するに人体を構成する原子や分子をイオン化する現象です。

 放射線被曝とは、本来体の中では、起こってはならない「イオン化」を引き起こす現象なのです。この意味では、放射能とは原子や分子をイオン化する能力と理解することもできます。ヒトは、生物は、細胞を構成する分子や原子のイオン化に対応するように進化してこなかったのです。

 細胞は原子や分子から成り立っていますので、これら原子や分子がフリーラジカル化すれば、当然細胞も正常に機能しません。器官・臓器・組織などは多くの細胞ができあがっており(人体は約60兆個の細胞からできあがっているといわれます)、それぞれの器官・臓器・組織などの中で、それらを構成する細胞が多く正常に機能しなくなれば、当然器官・臓器・組織などは正常に働かなくなります。そしてこれら細胞レベル、あるいは臓器・器官・組織レベルでの機能不全が、日常生活が正常に送れなくなる程度に発生すれば、これが放射線障害です。ですから放射線障害がないからといって、これら細胞レベル、臓器・器官・組織レベルの機能不全がないわけではない、ということになります。

 ここで日本語ウィキペディアの『放射線障害』の中の『確定的影響と確率的影響』の項の記述を思い出してください。『確定的影響』ではすべての病気を発症するが、『確率的影響』では、“がん”と遺伝的影響しか現れない、とする記述です。もし、確率的影響であれ、確定的影響であれ、放射線被曝の根幹的現象が、同じ現象だとすれば(同じ現象なのですが)、被曝線量の多寡によって現れる障害が全く異なる、という説はどうも怪しい、納得しがたい、ということになります。ここから、確定的影響で全ての症状が現れるものなら、確率的影響でもすべての症状が現れるのでは?、という当然至極の疑問が出てきます。今は、この疑問は、そのまま横に置いておいて先に進むことにしましょう。

 ここで特に触れておかなければならないのは、「細胞内において放射線の直接作用、間接作用が発生した場合、主に問題となるのはDNA鎖の切断(二本鎖切断、単鎖切断)である」とする日本語ウィキペディアの記述です。なぜ、DNA鎖切断だけが特に問題にされなければならないのか、細胞の構造やその各小器官の働きを知るにつけ、ますます理解に苦しみます。

 ICRP学説を信奉する学者は、「2重らせん構造のDNAは1本が切れてももう1本あるから大丈夫。また2本切れてもDNAには修復機能があるから大丈夫」と説明しますが、それはウソではないものの、放射線被曝現象のごく一部しか説明していません。イオン化現象に襲われるのはDNAばかりではないのです。

 図5はヒトの細胞のイラストですが、DNAが格納されているのは細胞核のそのまた染色体にすぎません。
 

 たとえば、細胞に対するエネルギー供給小器官であるミトコンドリアが異常をおこせば、その細胞は正常に機能できません。また、日本語ウィキも引用するリボソームが機能不全を起こせば、細胞は必要なタンパク質を生成することができず不全に陥ります。細胞膜が破れれば、細胞はその形状と機能を維持できません。特にDNAの中の2重螺旋構造だけを問題とする理由が全く見当たりません。

 また近年急速に発達している細胞に関する研究では、細胞というハードウエアだけではなく、もっとも重要な遺伝情報(ゲノム)にも、様々な異常を引き起こすことがわかっています。(たとえば、バイスタンダー効果や「ゲノムの不安定性」)日進月歩の細胞に関する研究がさらに進んでいけば、さらに複雑な細胞の働き(特に細胞間通信やそれぞれのタンパク質の機能特定など)が明らかになっていくでしょう。その時には放射線被曝の実態解明もさらに進んでいくことになります。とてもICRP学説信奉者の説明するように、放射線被曝は、DNAの2重螺旋構造を傷つけることだ、などという単純・機械的な現象ではないのです。

従って、放射線被曝とは、電離放射線の細胞全般に対する攻撃であり、細胞を衰えさせ、つまり老化させ、生きる力を奪うことなのです。


イオン化現象ばかりではない放射線被曝の細胞に対する攻撃

 実は、放射線被曝の細胞に対する攻撃は、直接のイオン化攻撃(電離攻撃)ばかりではないことを、ここでみておきましょう。これらイオン化攻撃以外の、電離放射線の攻撃については、ICRP学説信奉者は全く考慮していません。では、私がそれをどこから学んだかというと、欧州放射線リスク委員会(ECRR)2010年勧告です。私はECRR2010年勧告を読んで、自分なりに研究し、特にチェルノブイリ事故で発生した様々な健康障害を知るに及んで、これらECRR2010年勧告の記述をほぼ正しい、と結論しました。もちろん、ICRP学説信奉者は、これら見解を間違っている、と主張するものだと思っていたら、全く反論しないのです。反論しないのは、反論できないからなのか、取るに足らぬ憶説だから無視しているのか、私には判断つきません。ただ細胞に関する両者の理解の深さから見ると、ICRP学説信奉者の理解は、いまだに20世紀中葉レベルの理解にとどまっているのに対して、ECRR系学者は、最先端とはいわないまでも、ここ20年の細胞に関する医科学的研究の成果を参照しており、それら知見をできるだけ放射線被曝問題に持ち込もうとしていることだけはわかります。それで私の想像は、おそらくICRP学説信奉者は、反論できないのだな、それで沈黙を守っているのだな、と想像しています。

 それでは、ECRR2010年勧告第9章『低線量被曝時の健康影響:そのメカニズムとモデル』を引用しながら、簡単にそのいうところをご紹介だけしましょう。

 その前にこの問題(放射線被曝問題、特に低線量内部被曝問題)を眺める一つの視点をご紹介しておかないわけにはいきません。この視点から眺めるかどうかが、これから先のこの問題(放射線被曝問題、特に低線量内部被曝問題)を判断する重要な視点となると思うからです。

放射線被曝に対する防護策の一番の基本は、被曝を可能な限り少なくすることである。
われわれは自然界からの放射線に曝されて生きている。・・・ 大切なことは、その上に余分な被曝を付け加えないことである。
 余分の被曝の最たるものが、核兵器開発や原発・核燃料サイクルによる放射線被曝である。ICRPなど原発推進派は、人の健康上の判断からは、被曝を少なくすることを認めざるを得ないが、それでは原子力産業の活動が不可能になるために、原子力利用の社会・経済的利益を考慮せよと迫って、線量限度内の被曝を強要する被曝防護基準を作り上げてきた。彼らが高らかにうたいあげているICRPの精神とは、被曝を人の生命を、金勘定する精神である。原子力産業は、現代の死の商人である。彼らは被曝を可能な限り少なくしようなどとは考えはしない」(「中川保雄『放射線被曝の歴史』技術と人間社版 p236-p237)

さてECRR第9章は、
本委員会(ECRR)は、・・・このような環境に放出された放射性物質に関わる幾つかの事例において、ICRP等のリスク評価機関によってなされた因果関係(さまざまな形で発生している健康損傷と低線量放射性物質との因果関係)を退ける判断は、欠陥を含む機械的理由づけと知識の欠如に基づいてなされていると結論する。ICRPの議論は、低レベルの内部被曝は無害であるという、彼らの信念となっている機械論的哲学に基づいている(日本語PDFテキストp82)
そして、電離放射線による細胞の損傷は、次の5種類の効果による結果だとしつつ、次のようにいいます。

1. DNA などの重要な分子(critical molecules)の直接的電離。これは転位(rearrangement)や破壊(destruction)、あるいは変質(alteration)をもたらす。 
2. フリーラジカルや、移動性溶媒(mobile-solvent)によるイオン形成を通じた、DNA などの重要な分子の間接的な破壊や変質。
3. 光電子の生成を通じた電離作用の促進をもたらす高い原子番号を持つ汚染物質による、自然(あるいは医療用の)ガンマ線やX 線等の光子放射線の吸収増強。
4. 化学結合や水素結合を担っていた放射性同位元素の核壊変による元素転換を通じての、重要な分子の直接的な破壊あるいは変質。
5. ゲノム不安定性(genomic instability)やバイスタンダー効果(bystander effect)、誘導修復効率(induced repair efficiency)のような、細胞間の信号処理過程の変化をもたらす遺伝子機能変化を通じての、細胞遺伝子の間接的な変質」

 上記のうち、「1」と「2」は確かにここまでご説明してきた、電離放射線のイオン化現象に関わる被曝ですが、「3」は電離放射線の増幅効果、「4」はイオン化現象とは関わりのない形での被曝損傷、「5」に至っては、細胞内あるいは細胞間コミュニケーションの異常に関わる被曝損傷、いってみればソフトウエアの異常に関わる被曝損傷のパターンです。

 ここでは詳しい説明を省きますが、低線量被曝、特に内部被曝では、ICRP学説信奉者がまったく考慮しない形の被曝損傷があることがすでに指摘されているのです。

(以下その④)