(2015.3.19) | ||||||||||||||||||||
No.060 | ||||||||||||||||||||
放射線被曝に安全量はない -There is no safe dose of radiation その① 放射能安全神話と原発・核施設の正当化 |
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“There is no safe dose of radiation”という言葉を知った最初でした。小出さんがこともなげに言った言葉、「安全な被曝線量なんてありませんよ」を定式化したのが、この英語の、多分ラドフォードの言葉でした。私は「放射線被曝に安全量はない」と訳すことに決めました。 原発を正当化する『放射能安全神話』 原発は、稼働するだけで大量の様々な核種の放射性物質を環境にばらまいています。現在のところ、通常運転で放出される放射能は、人体に影響はないものとして、法令上容認されており、それら法令の根拠は、国際放射線防護委員会(ICRP)の諸学説です。もしこの学説が、低線量内部被曝に関して誤っているものとすれば、現在原発が通常運転・稼働で放出している放射能レベルは容認できない、ものとなります。 そして、原発が稼働し、健康や生命に影響のあるレベルの放射能をまき散らしているという見方からすれば、事故を起こさない通常運転の原発は、避難こそ伴わないものの、私たちの人格権を侵害している、ということになります。九州電力川内原発、関西電力高浜原発に原子炉設置変更許可が出された現在、原発による人格権侵害は、私たちにとって差し迫った危機、ということにもなります。ましてや、福島第一原発の原子炉からは、初期大量放出期ほどではないにしろ、まだ各種放射能を出し続けている現状(継続中の福島原発事故)、さらには敷地にほぼ無防備に置かれた各レベルの放射性廃棄物から放出される放射能が敷地外にも流れ出している現状では、ほかの原発の再稼働は、まことにもって切迫した危機に他なりません。 放射能は、低線量であれば(100mSv程度以下であれば)人間の健康に大きな影響はない、という論説を私は「放射能安全神話」と呼んでいますが、もし私の考えが正しいなら、原発や核燃料再処理工場など核施設が人格権侵害の憲法違反とならずに、合法的に運転できるのも、放射能安全神話のおかげということになります。 問題は、ICRP学説が主張するように「低線量被曝は健康に影響がない(あるいは影響があるという科学的証拠はない)のか、あるいはそれは無根拠な「神話」であり、低線量、どころか1mSv以下の極低線量被曝でも健康に影響があるのか、という点です。もし、「放射能は、低線量であれば(100mSv程度以下であれば)人間の健康に大きな影響はない」とする学説が、なんら科学的根拠をもたない、一篇の神話、『放射能安全神話』ならば、まことに原発の稼働を正当化・合理化するのは『放射能安全神話』だ、ということになります。 |
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